10周年のブレインフィーダーが贈る強力な連打に最重要作が到着! 〈現代のニーナ・シモン〉と評された西海岸アンダーグラウンドのカリスマが描く新しい宇宙は斬新な煌めきで溢れている!

もともとこういうことをやってる

 「そもそもブレインフィーダーのサウンドが私たちのサウンドとそんなに違うとは思っていないわ。私のサウンド全般は彼らのとすごく関連性があると感じているのよ。どちらも同じ領域、同じ地域のサウンドだから、ブレインフィーダーに来たからといって私のサウンドが変わるとは思わない。聴いてみれば、私の言っていることがわかるわよ。私はこういうことを長年やってきたんだから(笑)。これは私にとって至って自然なコラボレーションなのよ」。

 恐らくブレインフィーダー移籍にまつわる感想を問われる機会が多いからだろうか、誇り高き才女は自分たちがずっと追求してきたことと、フライング・ロータスとの自然な繋がりを強調する。日本でも大絶賛される人気レーベルと比べれば知る人ぞ知る存在ということになるのだろうが、知る人の支持はさぞや濃厚なものに違いない、ジョージア・アン・マルドロウ。83年にLAで生まれ、カルロス・ニーニョやサー・ラーとも活動しつつ歌とラップとトラックメイクを行うセルフ・プロデュース路線で自作を組み立ててきた彼女のセンスは、2006年にストーンズ・スロウから全国デビューしてきた時点ですでに別格だった。そんなLAアンダーグラウンドのカリスマともいえるジョージアがブレインフィーダー入りしてニュー・アルバム『Overload』を完成させたのだ。アリス・コルトレーンをメンターと仰ぐ彼女だけにロータスとも昔から知り合いだったようだが、彼がインターンとして働いていたストーンズ・スロウでもニアミスしていたわけで、彼女をブレインフィーダーに迎えることはロータスにとっても感慨深い出来事なのかもしれない。

GEORGIA ANNE MULDROW Overload Brainfeeder/BEAT(2018)

 ここに至るまでのジョージアは、ソロや別名義、ユニット作などを含め、10年強で複数のレーベルに20枚近いアルバムを残す一方、エリカ・バドゥやモス・デフの作品にプロデューサーとして起用され、近年もロバート・グラスパーやノシズウェ、キーヨン・ハロルドやブラッド・オレンジなど、膨大な制作/客演仕事を手掛けている。そんな多作な彼女ながら、自身名義のアルバムは2015年の『A Thoughtiverse Unmarred』以来3年ぶりと、今回はいつになくブランクを置いてのリリースとなった。

 「ちょっと時間がかかったのは、他のアーティストとのコラボを月1くらいのペースでやっていたから。人をプロデュースするのもすごく楽しいし。私にとってソロ・アーティストであることはそんなに重要じゃなくて、本当に好きなのはアーティストのプロデュースを手掛けることなのよ。でも実は今回のアルバムは2~3年前に完成していて、要はリリース先を探していたの」。

 そこでブレインフィーダーを選んだのは、デクレイムことダドリー・パーキンスのアイデアだったという。90年代からマッドリブらと活動してストーンズ・スロウにいた彼は、ジョージアの初作『Olesi』を監修した後に揃って独立した、彼女の公私に渡るパートナーでもある。2008年のソロ作『Astormsacomin』の頃からロータスをプロデューサーに起用するなど、古くから交流があったのは言うまでもない。

 「ダドリーがロータスにアプローチして、出来上がっていた22~25曲ぐらいを聴いたロータスが気に入ってくれて、こうなったのよ。よりインパクトのある作品にするために彼はアルバムの整備を手伝ってくれた。インパクトのない曲を外したり、彼がすごく気に入った曲は今後の別プロジェクトのために取っておいたり、選曲を彼に任せたのよ。私たちは彼のことをずっと前から知っているし、長年に渡ってファミリーの一員なの」。

 

いろいろなことを楽しく試せた

 先述したように多作ぶりも個性としてきた彼女だが、それらアルバムごとに自身の役割を変えることで作風を切り替えているのも特徴だ。前作『A Thoughtiverse Unmarred』はクリス・キーズにビートを委ねてラッパーに徹したアルバムだったし、逆に多数のMCに主役を任せたプロデューサー作品『Ms.One & The Gang』(2009年)もあれば、歌もビートもフル自作自演の『Umsindo』(2009年)、マッドリブ全面制作下で歌った『Seeds』(2012年)、コズミックなインスト集『Vweto』(2011年)、ジョティ名義のスピリチュアル・ジャズ作品など、創作スタイルがそのまま作品のコンセプトに直結していることも多い。その意味でいうと、外部制作陣による曲とセルフ・プロデュース曲の混在した今回の『Overload』は、「私がいろんな人と行なってきたコラボのコンピレーションのようなもの」だという。メインストリーム仕事も多いLAのマイク&キーズが当世流のヒップホップ作法で3曲を手掛けたほか、そこに絡むカリル、さらにはロッテルダムのムーズ、マニラのラストベースと、手合わせした新進ビートメイカー陣の人選もユニークだ。

 「ラストベースとやった“Vital Transformation”はもともと彼のために作った曲だったのよ。でもあまりにも気に入ってしまったし、勢いのある曲を入れたかったから、〈こっちでも使っていい?〉って頼んだ。ムーズとの“Aerosol”も同じで、コラボを通じてこっちの作品に参加してもらった。マイク&キーズは彼らのほうから私たちと一緒にやりたいと言ってきて、最初はプロデューサーとしてコラボレーションしてたの。彼らのために70年代のファンクみたいなサンプルをまっさらから作って用意したりして。そのお返しに彼らは素晴らしい曲を提供してくれた。“Overload”も“Blam”もそこから生まれたし、彼らにはすごく感謝しているわ」。

 四方八方から降ってくるような彼女ならではヴォーカル処理とモダンに刻まれるビート空間が融合した先行カットの“Overload”やブーミンな“Play It Up”はこの制作プロセスの成果をとりわけ鮮明に映し出すものだろう。一方で半数以上の楽曲はジョージアのセルフ・プロデュースで、いつもながらに先進的な作法で独自のスピリチュアル・ソウルを披露している。ただ、今回は比較的キャッチーさを選んだような部分もあり、ダドリーの希望で取り上げたというギャップ・バンドのカヴァー“You Can Always Count On Me”も美しい出来映えだ。これらの選曲がロータスの采配だとしたら、それこそがブレインフィーダーにこの才能が迎えられた意味なのかもしれない。

 「今回のアルバムでは歌に対するアプローチとかいろいろ新しいことをやってみてるし、よりわかりやすいサウンドになったとも思う。いつもの私なら〈こんなの簡単じゃない! 私はチャレンジしたいのよ!〉って言ってるけど(笑)、人はチャレンジングなものを聴きたがらないこともあるんだって気付いたの。シンガロングしたいことだってあるわよね。それは家族に歌いかけられるものってことよ。これはあえてそうした。家族や友達、私の音楽を愛してくれてる人たちが私と一緒に歌えるようにしたのよ。おかげで『Overload』の曲はパワフルになったと思う。うちの娘も歌いたがるような曲よ。私が最初に作った時、娘も歌いたがったんですもの。娘はティーンエイジャーだから〈super cool〉って言ってくれたわ(笑)。いろんな年代の人と分かち合うことが大事なのよ。というわけで、これはまた違った体験だったけど、とても楽しかったわ。自分を抑えることとか、すごく集中することとか、聴こえてくるすべてのハーモニーからシンプルなメロディーを抜き出すこととか、いろいろと学んだわ。あれこれ考えずに、自然と出てくるものもあった。とにかく、いろいろなことを楽しく試せたわ」。

 揺るぎない個性がまた振り幅を広げ、その音宇宙はさらに拡大していく。この『Overload』はその瞬きの瞬間を刻み付けた傑作だと言えるだろう。

 

ジョージア・アン・マルドロウの作品を一部紹介。

 

関連盤を紹介。

 

ジョージア・アン・マルドロウが客演やプロデュースで参加した作品を一部紹介。