Danika Lawrence

活況の英国ジャズを更新するサックス奏者の、新しい音楽を携えた壮大な旅路――常に変化し続ける人生の冒険は彼女の野心的な挑戦をどう響かせる?

 UKジャズのニューウェイヴを牽引する旗手としてシーンを活気づけているヌバイア・ガルシア。ノース・ロンドン出身のサックス/フルート奏者、作曲家である彼女は、カムデンの音楽学校や公的な教育機関で培われたスキルを駆使して目覚ましい躍進を見せている。2017年の初リーダー作『Nubya’s 5ive』に続く翌年のEP『When We Are』が広く注目を集め、2020年にコンコードから発表した『SOURCE』はマーキュリー・プライズにノミネートされて名声も獲得した。情熱と思慮深さを感じさせるテナー・サックスの音色がジャズの偉人たちを想起させる一方で、ダブやブロークンビーツにも接近し、『SOURCE』では自身のカリビアン・ルーツに踏み込みつつクンビアにも挑戦。そうした懐の深さは同作のリミックス企画『SOURCE ⧺ WE MOVE』からも窺えた。女性中心のセプテットであるネリヤや、ジェイク・ロングたちとのマイシャといったグループでの活動も音楽の幅を広げたことだろう。客演もスウィンドルから(ライヴでの)クルアンビンまでと幅広い。近年は、ロンドンの新世代ジャズ勢がマイルス・デイヴィスの名作50周年を祝して集ったロンドン・ブリューへの参加もあった。

NUBYA GARCIA 『Odyssey』 Concord/ユニバーサル(2024)

 こうして4年ぶりに到着したのが新作『Odyssey』である。前作に続いて共同制作者にクウェズを迎え、演奏陣も鍵盤のジョー・アーモン・ジョーンズ、ダブル・ベースのダニエル・カシミール、ドラムスのサム・ジョーンズが中核となるが、アプローチはこれまでと異なる。今回は大半の曲でストリングスを導入し、そのアレンジをヌバイア本人が手掛けているのだ。そもそも管楽器の前にヴァイオリンなどの弦楽器を学んでいた彼女にとっては原点回帰とも言える。が、〈常に変化し続ける人生の冒険〉を謳った本作は、本人いわく「自分自身の道を真に歩み、こうあるべきだという外部の雑音をすべて捨て去ろうとすることを表現した」と話すように、未来にも向かっている。先行シングルの“The Seer”はそんなテーマを象徴する曲で、強い打鍵のピアノやスピード感のあるドラムと一体となってサックスを吹き鳴らす。“Solstice”も同様で、昨年発表したUKガラージ路線のシングル“Lean In”に連なる尖鋭感でジャズの拡張を体現している。

 壮大な宇宙空間を想起させる表題曲“Odyssey”でヌバイアのサックスと共に崇高な響きを放つのが、チネケ!オーケストラによるストリングスだ。2015年に設立された同楽団は黒人を中心に多民族で構成され、2022年にはボブ・マーリーの曲にストリングスを被せて再構築したアルバムを出していた。ムーディーな“Clarity”やラテン・スタイルの“In Other Words, Living”におけるアプローチはビッグバンドに近い。繊細な弦アレンジが光る“Water’ Path”は、ジェイムス・ダグラスのチェロを中心に弦音で水滴や水流を表現したかのようでもある。

 旅路に同行する黒人女性ミュージシャンたちにも注目したい。冒頭の“Dawn”でミスティックな声を放つのはエスペランサ・スポルディング。ジャンセン・サンタナのパーカッションが律動を刻む“We Walk In Gold”では、前作のリミックス盤にも関与したジョージア・アン・マルドロウが歌う。ファンキーなジャズ・ヒップホップといった“Set It Free”で声を添えるのはリッチー・セイヴライト。リッチーは、本作にもトランペット/フリューゲルホルンで参加したシーラ・モーリス・グレイ率いるアフロビート系ジャズ・バンド、ココロコのトランペッターでもある。そして、ダブ/レゲエ趣味を反映した“Triumphance”では、ヌバイアのスポークンワーズ風の歌にザラ・マクファーレン、キアンジャ、ベイビー・ソルといったアフリカにルーツを持つ女性たちが声を重ねる。男性優位の音楽シーンに抗う共闘者として起用された彼女たちの声は、どれも気高い。ゲストの人選も含めて、ヌバイアの音楽的才能と知見が十二分に発揮された『Odyssey』。ストリングスを交えてストレートアヘッドからエクスペリメンタルまでを表現した壮美なアルバムからは、大いなる前進が感じられる。

ヌバイア・ガルシアの作品。
左から、2017年作『Nubya's 5ive』(Jazz Re:freshed/Pヴァイン)、2020年作『Source』、2021年作『Source ⧺ We Move』(共にConcord)、クルアンビンとのライヴ盤『Live At Radio City Music Hall』(Dead Oceans)、客演したナラ・シネフロの2024年作『Endlessness』(Warp)

『Odyssey』参加アーティストの関連作。
左から、ミルトン・ナシメント&エスペランサ・スポルディングの2024年作『Milton + Esperanza』(Concord)、ジョージア・アン・マルドロウの2018年作『Overload』(Brainfeeder)、ココロコの2022年作『Could We Be More』(Brownswood)、ザラ・マクファーレンの2024年作『Sweet Whispers: Celebrating Sarah Vaughan』(Eternal Source Of Light)、ダニエル・カシミールの2024年作『Balance』(Jazz Re:freshed)、ジョー・アーモン・ジョーンズが在籍するエズラ・コレクティヴのニュー・アルバム『Dance, No Ones Watching』(Partisan)