ケンドリック・ラマーやエリカ・バドゥ、ブラッド・オレンジら才能溢れるアーティストの作品に貢献し、その歌声は〈現代のニーナ・シモン〉とも称されるジョージア・アン・マルドロウ。フライング・ロータスの主宰レーベル、ブレインフィーダーへの移籍もニュースになっていた彼女が、同レーベルからの第一弾アルバム『Overload』を発表した。共同プロデューサーとしてフライローも名を連ね、モダンなビート感覚と神々しい歌声を重ねたスピリチュアル・ソウルを創造。すでに〈2018年ベスト・アルバム最右翼〉など賛辞のやまない本作について、「文化系のためのヒップホップ入門2」などの著書で知られるライター、長谷川町蔵が解説した。 *Mikiki編集部
ニューオーリンズ~カリブ海を経ての、アフリカ回帰
グン、グン、エグングン イェ
グン、グン、エグングン イェ
ともかくも私に見えた世界はただ一つ
それはリズムに満ちていた
ジョージア・アン・マルドロウが、3年ぶりにリリースした最新作『Overload』の冒頭曲“I.O.T.A. ”(Instrument Of The Ancestors、先祖の楽器とでも訳すべきか)において、彼女はこう歌ってみせる。エグングン(Egungun)とは、西アフリカのヨルバ語で〈死者(先祖)の魂〉を意味する。アフリカ系アメリカ人の多くはルーツを西アフリカに持ち、もともとはナイジェリア、ベナン、トーゴに住むヨルバ人が話すこの言葉を喋っていたとされている。しかし奴隷としてアメリカ大陸に連れてこられたときに白人たちに話すことを禁じられ、やがて言葉自体忘れられてしまったのだ。
しかしヨルバ語は、カリブ海を経由して港町ニューオーリンズに伝わったブードゥー教(アフリカの伝統的な信仰とカトリックが融合して生まれた民間信仰)の呪文としてひっそり生きながらえていた。ブードゥーの儀式はやはり白人に禁止されていたアフリカのリズム感覚を内包しており、その言語感覚、リズム感覚はニューオーリンズ生まれのジャズに決定的な影響を与えていく。ジョージアはヨルバ語を歌詞に織り込むことで、ニューオーリンズから出航してカリブ海を経てマザーランド、アフリカへの回帰を試みているのだ。事実、この曲のトライバルなパーカッションはアフリカ音楽への深いリスペクトに満ちている。
ストーンズ・スロウでデビューし、LAアンダーグラウンドのカルトヒーローへ
こうしたナンバーで幕を開け、ジャズ、ブルース、ファンクといったアメリカの黒人音楽の伝統を総ざらいしていく『Overload』の構成は、ナイジェリアが生んだアフロビートの帝王フェラ・クティのトリビュート曲“Time Travelin'(A Tribute To Fela)”からスタートするコモン2000年の傑作『Like Water For Chocolate』を彷彿とさせる。
『Like Water For Chocolate』はNYでレコーディングされたアルバムだが、多くの曲をプロデュースしていたトラックメイカーのJ・ディラは、2004年に拠点をLAに移す。マッドリブをはじめ友人たちが多く住んでいたからだ。そこで彼が拠点としたのが、ピーナッツ・バターウルフが設立したインディー・レーベル、ストーンズ・スロウだった。そしてディラが亡くなった2006年にストーンズ・スロウ初の女性アーティストとして『Olesi: Fragments Of An Earth』でデビューし、ニーナ・シモンの再来と絶賛されたのがジョージア・アン・マルドロウなのだ。すべては繋がっている。
83年LA生まれのジョージアはこの時点で、歌とラップ、トラックメイキングをみずから行うジャジーでソウルフルな音楽性を確立していたのだが、〈Olesi〉を製作するうえで、同じくストーンズ・スロウに90年代から在籍していたラッパー、デクレイムのサジェスチョンが大きな役割を果たしたことは記しておいてもいいだろう。本名のダドリー・パーキンス名義でシンガーとしても活動している彼は、まさにジョージアのソウルメイトであり、現在まで公私に渡るパートナーである。
ふたりは〈Olesi〉をリリース後にストーンズ・スロウから独立すると、ロサンゼルスのアンダーグラウンド・シーンでおびただしい作品を発表するようになった。特にジョージアはゲスト・ラッパーを招いた『Ms.One & The Gang』(2009年)やインスト集『Vweto』(2011年)といったプロデューサー的なアルバムを発表する一方で、プロデュースをマッドリブに依頼したソウルフルな歌もの『Seeds』(2012年)やクリス・キーズにビートメイキングを任せたラップ・アルバム『A ThoughtIverse Unmarred』(2015年)といったパフォーマーに徹した作品もリリースするなど、〈女性シンガー・ソングライター〉という定義すら否定する意欲作を連発、カルトヒーローとなった。もっともこれは〈ジョージア・アン・マルドロウってどういう人なの?〉という質問に対して回答となるような入門編的なアルバムが発表されなかったことで、どんどん通受けになっていったことの裏返しでもあるのだが。
『Overload』は久々の入門編となりうる作品集
そういう意味で『Overload』はジョージア・アン・マルドロウにとって、久々の入門編となりうる作品集だ。アルバムはセルフ・プロデュース曲と外部制作陣による曲が巧みなバランスで配されており、ポップなものからアブストラクトなものまで幅広いタイプのナンバーが収められている。
外部プロデューサーとしてまず目を惹くのは、以前はフューチャリスティックス名義で活動し、スヌープ・ドッグやT.I.、G・イージー、ジェイ・ロック、ドモ・ジェネシスなどを手がけてきた売れっ子のマイク&キーズ。彼らが手がけた序盤の3曲――“Play It Up”“Overload”“Blam”は、カーステレオで聴きたくなるブーミンな低音といまっぽい細かいハイハット・パターンが印象的。なんでもジョージアが彼らにサンプリング用のブレイクを提供する仕事のお返しとしてプレゼントされたトラックを使用したのだという。
また“Vital Transformation”と“Aerosol”ではそれぞれマニラのラストベース、ロッテルダムのムーズという非アメリカのトラックメイカーを起用しているが、これらも彼らのアルバムにフィーチャリング・アーティストとして参加する予定だった曲を、もらいうけたものだという。スピリチュアルなタッチに生まれ変わったギャップ・バンドのカヴァー“You Can Always Count On Me”も素晴らしい。こうしたナンバーが、ジョージアにまとわりついていた孤高の色を薄めてビギナーに取っつきやすいムードをもたらしている。
現代のアメリカ社会を覆う憎悪や恐怖に打ち勝つものは愛
『Overload』がこうした〈開かれた〉アルバムに仕上がった理由はふたつあると思う。ひとつはフライング・ロータスが主宰するブレインフィーダーと契約したこと。いまもっともクールなレーベルとジョージアを繋いだのは、2008年のソロ作『Astormsacomin』ですでにロータスをプロデューサーに起用していたデクレイムだという。ロータス自身も、ジョージア在籍時のストーンズ・スロウでインターンとして働いていたことから、彼女をレーベルに迎えることに熱心で、今作はすでにレコーディングされていた20以上のトラックからロータスが選んだ曲で構成されているそうだ。
もうひとつの理由は、この3年間のアメリカ社会の劇的な変化だろう。2016年の大統領選によってドナルド・トランプが大統領に就任し、排外主義的な言動が平気でまかり通るようになった。趣味的な音楽をやっている余裕など、もはやない。音楽に自己の全存在をぶつけていかないと社会には響かない。そんな危機意識がジョージアにもあったのではないだろうか。
折りしも近年、ジョージアは、ロバート・グラスパーが映画「マイルス・アヘッド」のために製作したイメージ・アルバム『Everything's Beautiful』(2016年)、その「マイルス・アヘッド」でマイルスのトランペット・パートを担当したトランペッター、キーヨン・ハロルドのソロ作『The Mugician』(2017年)、ブラッド・オレンジ『Negro Swan』(2018年)といったメジャー・アクトのアルバムでフィーチャーされる機会が急増していた。時代が彼女をシーンの最前線に押し出そうとしていたのだ。
そんな彼女にとっての勝負作ともいえるアルバムだけに、てっきり歌詞は社会的正義や反抗を訴えたメッセージ・ソング中心なのかと思いきや、意外にも熱烈なラヴソングが多くを占めているのが興味深い。しかしこれもまた現代のアメリカ社会を覆う憎悪や恐怖に打ち勝つものは愛、それも永続的な愛なのだ、というジョージアのメッセージにちがいない。ジョージアの永遠の愛の対象、それはもちろんデクレイム=ダドリーだ。ちなみに彼との間にもうけた娘はすでにティーンで、本作のことを〈Super Cool〉と評したという。赤の他人ではあるけど、ぼくもその感想に激しく賛同したい。
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