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音楽そのものの楽しさ

 まずは有名な逸話から始めよう。77年の大晦日、今年ドキュメンタリー映画も公開されたNYのセレブリティー御用達ディスコ〈スタジオ54〉でのこと。グレイス・ジョーンズのライヴに招待されたナイル・ロジャースと相棒のバーナード・エドワーズは手違いで入店を拒否された。そこで思わず叫んだひと言〈Aaaaaah, fuck off!(クソ喰らえ!)〉をヒントに、〈Aaaaaah, freak out!〉を歌い出しにして作ったのが、〈おしゃれフリーク〉の邦題で知られる全米No.1ヒット“Le Freak”(78年)だった。実はこの話には、彼らが楽屋口から入ろうとしたため断られたというオチがあるのだが、ともあれ、そうした狂乱の中で、NYから全米、そして世界へと羽ばたいたのがシックだった。

 揃って52年生まれのナイル・ロジャース(ギター)とバーナード・エドワーズ(ベース)は10代の頃から数々のセッションで腕を磨き、苦労を共にしていた。彼らは、“I'm Doin' Fine Now”(73年)のヒットで知られるトム・ベル肝煎りのヴォーカル・グループ=ニューヨーク・シティのバック演奏を担うビッグ・アップル・バンド、及びボーイズというバンドで活動。そこに参加していたのがドラマーのトニー・トンプソン(54年生まれ)だった。が、ビッグ・アップル・バンドは76年のディスコ・ヒット“A Fifth Of Beethoven”で有名なウォルター・マーフィのバンドと同名だったため、バーナードの発案でシックと改名(正確な発音は〈シーク〉とされる)。オハイオや西海岸のファンク・バンドとは違うNYの洗練されたイメージを打ち出すべく、かつてデューク・エリントンやカウント・ベイシーがパリで人気を得たことなどをヒントにフランス的なモードを気取ったとナイルは言う。もともとジャズの影響を受けていた彼らは、ハービー・ハンコック、ノーマン・コナーズ、ハービー・マン、クルセイダーズといったジャズ・ヒーローがクロスオーヴァーなヒットを出していたことに刺激を受けてシックをスタート。当初ブッダから発表された77年のデビュー曲“Dance, Dance, Dance(Yowsah, Yowsah, Yowsah)”の〈Yowsah〉も、その昔ベン・バーニー(20世紀前半に活躍したジャズ・ヴァイオリニスト/バンド・リーダー)がラジオDJをする際のキャッチフレーズとして使っていた掛け声に由来するものだ。そして、同曲の再発を皮切りに、新たに契約したアトランティックから作品を出していくことになる。

 匿名のスタジオ・プロジェクト的な性格が強かったファースト・アルバムには、ナイルとバーナード、トニーを含む演奏陣に加え、メインで歌うノーマ・ジーン(・ライト)を中心に、アルファ・アンダーソン、ディーヴァ・グレイ、ルーサー・ヴァンドロス、ロビン・クラークといったNYのセッション・シンガーが集結。その後ルーシー・マーティンが加わり、ノーマ・ジーンとのツイン・リードとなるが、ノーマがソロ活動のため独立し(78年のソロ作はナイルとバーナードが制作)、アルファ・アンダーソンがリードに格上げとなる。やがてコーラス陣からルーサーが抜け、後にフォンジ・ソーントンやジョセリン・ブラウンらが加わるが、83年作『Believer』までは、ナイル、バーナード、トニー、ルーシー、アルファの5人を中核メンバーとして活動を続けていくことになる。

 乱暴に言えばシックの音楽スタイルは“Dance, Dance, Dance(Yowsah, Yowsah, Yowsah)”に集約されている。和音を動かしながらカッティングを刻むナイルのギター、ズンズクズンズクと力強く地を這うようなバーナードのベース、鋭くステディーにビートを刻みながらグルーヴを生むトニーのドラムス、そしてエレガントで洗練された女性シンガーたちによるユニゾン歌唱。ゴージャスな雰囲気を醸し出すストリングス(78年の2作目『C'est Chic』からはジーン・オルロフ指揮のシック・ストリングスが登場)も忘れられない。“Everybody Dance”“Le Freak”“I Want Your Love”“Good Times”といった77~79年にかけてのヒットもその延長線上にあり、これらは同じリズムを繰り返しながらもメロディーはキャッチーなため中毒性が高い。そのスタイルがいかに革新的であったかは、シュガーヒル・ギャングが“Rapper's Delight”(79年)で“Good Times”を引用して(弾き直して)ラップ/ヒップホップの扉を開いたという事実からも明らかだろう。そのベースラインなどを真似てクイーンやブロンディもディスコ・ソングを作った。一方で、シックの個性として語られることは少ないモダンでジャジーなスロウやミディアムも、一連のダンス・ナンバーに引けをとらないものだ。

 では、歌の内容はどうだったのか? 今回の新作『It's About Time』では、アンダーソン・パークがペンを交えた“Till The World Falls”で〈狂った世界でもダンスフロアなら安心だ〉と歌い、旧知のトム・ベルに捧げたという“Queen”ではエルトン・ジョンとエミリー・サンデーが女性の地位向上をテーマに歌っている。こうした思いは、かつてブラック・パンサー党員としてNYロウアー・マンハッタン地区のサブ・リーダーを務めていたナイルがシックを始めた時から抱いていたものだが、しかしシックはあからさまにメッセージを打ち出さず、あえて隠すDHM(Deep Hidden Meaning)というポリシーを貫いてきた。つまり、言葉で語らずとも音楽そのもので人々をハッピーにして享楽の世界に導くことがメッセージなのだと。だからこそ彼らの鳴らす音には説得力があったのだろう。