天野龍太郎「毎週金曜日にMikiki編集部の田中と天野がお送りしている〈Pop Style Now〉です。RIPスタン・リー……(涙)」
田中亮太「いつまでも生きていそうな(そして、永久にカメオ出演で楽しませてくれそうな)、ホントに異世界のヒーローみたいな存在だっただけに、いまだに現実味がありません。弱者や虐げられてきた者たちへの優しい視線、魔法的なヴィジョン……彼がポップ・カルチャーに与えた影響は計り知れないです。もちろん、彼がいなければ、いまの〈MCU〉シリーズの隆盛もなかったでしょうし」
天野「そうですね。音楽を含めて、ポップ・シーン全体が悲しみに包まれた出来事でした。心からご冥福をお祈りいたします。で、〈カニエ通信〉的にはキッド・カディとのユニット=キッズ・シー・ゴースツのライヴとか、新作『Yandhi』の再々リリース延期とかがありました」
田中「キッズ・シー・ゴースツのライヴでは、ロードのステージ・セットをパクった疑惑などもありましたね。あいかわらず燃やすなー」
天野「ロードのセットも実はオリジナルでないとか、なんだか複雑な感じになってきてますね。閑話休題で、まずは〈Song Of The Week〉です!」
Saba feat. Mick Jenkins & Xavier Omär “Stay Right Here”
Song Of The Week
天野「今週の〈SOTW〉は、今年4月にリリースしたアルバム『CARE FOR ME』も最高だったサバの新曲“Stay Right Here”です! 〈サバ〉ってカタカナで書くと魚みたいですね……」
田中「〈サバ〉という名前は、〈サボタージュ〉から来ているそうですね。本名がタージ・マリク・チャンドラーで、中学生の頃〈サバタージ(Sabatahj)〉と名乗って遊んでたとか。微笑ましい」
天野「トリビアですね。で、そんなサバはシカゴのラッパーです。シカゴっていったら、〈サマソニ〉でのパフォーマンスも話題だったチャンス・ザ・ラッパーですよね~。もちろんサバはチャノとも交流があって、“Angels”に代表される共演曲もいくつかあります」
田中「シカゴ人脈でいうと、去年来日したノーネームの新作『Room 25』にも、いま話題のスミノと一緒に“Ace”で客演してます。あれもいい曲でしたね!」
天野「ですねー。ピヴォット・ギャングというクルーの中心人物だったり、トピックの多いサバですが、本題の“Stay Right Here”に移りましょう。この曲に参加しているのは、ミック・ジェンキンスとザヴィエル・オマーの2人です」
田中「ミック・ジェンキンスは〈PSN〉の会議でもよく名前が挙がってたシカゴのラッパーですね。10月リリースの『Pieces Of A Man』はユニークなヒップホップ・サウンドが最高でした。この“Stay Right Here”では独特のバリトン・ヴォイスで最後のヴァースをキメてます」
天野「一方のザヴィエル・オマーは、ザヴィエル・アダムズやSPZRKT(スパッジー・ロケット)名義でも活動するテキサスのミュージシャン。いろいろな活動をしてて不思議な人なんですが、ノーネームの『Telefone』(2016年)にも参加してますね。この曲では、コーラスの手前で歌声を披露してます」
田中「センチメンタルで優しい調べに乗って、早口かつメロディアスなラップをするサバの声も心地いいですね。こうやって聴くと、声質やフロウがチャンス・ザ・ラッパーにけっこう似てます」
天野「確かに。この曲で聴けるトランペットはもちろん、シカゴ・シーンの重要人物、ニコ・セガール fka ダニー・トランペットでしょうね。サウンドでいうと、アフリカの親指ピアノの優しい音色も印象的です」
田中「サバ自身もプロダクションには関わっているようですが、愛や希望にあふれたリリックと相まって、素晴らしくスムースでハートウォーミングな楽曲に仕上がっています。ちょっと泣けますね。まさに今週の一曲にふさわしいのではないでしょうか!」
88GLAM “Lil Boat”
天野「2曲目は88グラムの“Lil Boat”。11月9日リリースのセカンド・アルバム『88GLAM 2』の収録曲です」
田中「キックと同時に鳴らされる太いベースがブーミーでしびれます。疾走感はないですけど、長谷川町蔵さん風に言うと、〈カーステレオで聴きたい〉サウンドですね」
天野「ヘヴィーでドロッとしてるけど、不思議な浮遊感のある音ですよね。飲んだことないけど、リーンでダウナーになるってこんな感じなのかな……。それはともかく、88グラムです。カナダはトロントのオンタリオで2017年に結成されたデュオで、メンバーはデレク・ワイズと88カミノの2人」
田中「ファースト・シングル“12”のビデオには、同郷のウィークエンドもカメオ出演してたんですね。で、彼らがヒットさせたのは、こちらも同郷のナヴをフィーチャーした“Bali”」
天野「それでこの“Lil Boat”なんですけど、この曲名、明らかにリル・ヨッティのことを指してますよね。ヨッティは〈Lil Boat〉ってシリーズのアルバム/ミクステも出してますし。そういうこともあって、この曲がちょっと話題になってたんですよね」
田中「ヨッティは宝石が大好きで、コレクターとしても知られてますが、88カミノが歌うコーラスの歌詞は、〈アイス(宝石)に囲まれて俺は小さなボートの気分/フェラガモが欲しい アイスが欲しい〉というもので」
天野「ブリンブリンですね……。それに続くのが、リル・ウージー・ヴァートの曲名にもなってた〈新しいパテック オールライト イェー オールライト〉という歌詞。びっくりするくらい中身なさすぎなんですが……(笑)」
田中「確かに(笑)。でも、こういうキャッチーなラインがパーカッシヴに響く、覚えやすくて歌いやすいラップ・ソングが、いまや主流ですよね」
天野「ですね。〈サブスクとフェス〉という、いまの音楽市場における2つの大きな場所に適応し、特化した音楽だっていう、皮肉な見方もできるんですけどね~。なんて、意地悪なことも最近はよく考えます。たまに、〈それって退廃じゃないの?〉とか思ったりもしますし。〈ポップとは何か?〉というのも、自分的にはこの連載の密かな裏テーマだったりするんです」
A.CHAL feat. Darell “La Dueña”
天野「さて。次はA・チャルの“La Dueña”です。この曲は映画『Superfly』のサウンドトラックに入っていた曲のリミックス・ヴァージョンで、新たにダレルが参加しています」
田中「〈Superfly〉っていうと、カーティス・メイフィールドの音楽で有名なブラックスプロイテーション映画ですよね!」
天野「たぶんJ-Popのシンガーの方を思い浮かべる人のほうが多いと思うんですが(笑)。そうなんです。その72年公開の映画のリメイク版が今回の『Superfly』。日本公開はあるのかな? サウンドトラックをラッパーのフューチャーが手掛けてて、話題でしたよね」
田中「そうですね。この“La Dueña”は、曲名からしてスペイン語ですが、A・チャルはペルーのシンガーだそうで。イントロから裏で鳴ってるシンセとか、A・チャルの哀感あふれる切なげな歌声とか、突然現れるマリアッチなギターの響きとか、ラテン・フィーリングがそこかしこから感じられますね」
天野「ええ。バッド・バニーをご紹介したときにラテン・トラップについて説明しましたが、今年は本当にラテン・ポップが欧米に浸透した年だと思います。〈ラテン・インヴェイジョン〉といいますか。プレイリストを作ってても、ラテン・アメリカの楽曲やラテン・ポップから影響を受けたものが絶対に入ってきますし」
田中「それは確かに感じます。カーディ・Bの“I Like It”のヒットもありましたしね。元フィフス・ハーモニーで、ソロ・アーティストとしての才能を開花させたカミラ・カベロはキューバ系ですし」
天野「すっごく単純化して言うと、それだけラテン系の人々が欧米圏を巻き込んで文化的影響力を持ち、大活躍してるっていうことなんですよね。で、このA・チャルの“La Dueña”に参加しているのが、プエルトリカンのダレル。レゲトン/ラテン・トラップのシーンで活躍してるアーティストです」
田中「太い歌声のパワフルなラップを披露してますね。この曲の英訳詞を見てみると、曲名にもなってる〈la dueña〉っていうのは〈the owner〉の意味だそうで」
天野「魅力的でパワフルな女の人に惹かれて、うっとりしているような歌詞ですよね。〈僕は犬で、彼女が飼い主(la dueña)〉なんだと」
田中「ゴクリ……僕たちみたいなM男子には堪りませんね。ワンワン!」
天野「〈僕たち〉? 知らなくてもいい亮太さんの性癖を知ってしまいました……。えーっと、ペルーやプエルトリコのカラッと乾いた空気感、それとセクシーな女性に見惚れるラテン系の若い男性っていう画が浮かんでくるような曲でしたね!」
Fontaines D.C. “Too Real”
田中「4曲目は、フォンテインズ・D.C.の“”Too Real。ダブリン出身の5人組で、おそらく4枚目のシングルになります」
天野「このタイミングでNYはブルックリンのレーベル、パルティザンとの契約が発表されましたね。シルヴァン・エッソやジョン・グラントなどのリリースで知られています。最近ではアイドルズのセカンド・アルバム『Joy As An Act Of Resistance』がここからでしたね」
田中「実際、フォンテインズ・D.C.の音楽性は、アイドルズと遠くないですよね。不穏さと激しさを持ったポスト・パンクで」
天野「あと、最近のバンドでは、やっぱりシェイムを想起せずにはいられません。と思ったら、いままさにシェイムとはUKツアーの真っ最中みたいで」
田中「ロンドンのユース・カルチャー最前線のガイドとして、日本でもインディー・キッズから絶大な支持を集めるジン、『So Young Magazine』がいまプッシュしているバンドといえば、わかる人にはわかる感じでしょうか」
天野「〈わかる人にはわかる〉範囲が局所的すぎますよ! 僕はいままでちゃんと、このバンドのことはチェックしてなかったんですけど、この曲、確かにカッコイイですね。ポスト・パンクっていうか、NYのノーウェイヴみたいで。特に、中間部で聴けるストレンジでサイケデリックなギターは、ちょっと60年代っぽいんですけど、『No New York』(78年)のマーズみたいでもありますし。カップリングの“The Cuckoo Is A-Callin”からは、パーケイ・コーツみたいな親しみやすさも感じますね」
田中「ねー。性急なキック・ドラムに合わせて、思わずイアン・カーティスやジェームズ・チャンスばりの痙攣ダンスをしちゃいます。フロントマン、ゲイリー・チャッテンのポエトリー・リーディング的で、単語を吐き捨てるようなヴォーカルもカリズマティックですな」
天野「リリックのインスピレーション源にT.S.・エリオットを挙げたり、ジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を引き合いに出して楽曲やビデオの説明をしたり……いかにもな文学青年で、めんどくさそうなインテリっぽいところにも痺れますね」
田中「このMVの循環構造についても、〈経験が反復されるとき、それは同じようでいて、魂には変化が起きていることを表した〉と語っています。ニーチェの永劫回帰思想みたいなものでしょうかね。何はともあれ、掘り下げ甲斐のあるヤング・バンドなので、注目していきたいです。来年の春には大規模なUSツアーも行うようで、もしかしたらもしかしますよ!」
Girlpool “Hire”
天野「最後はガールプールの“Hire”。このハーモニー・ティヴィダードとクレオ・タッカーによる2人組については、約1か月前の〈PSN〉でも、“Lucy's”を取り上げましたが、今回もあまりに良い曲だったので……」
田中「早くも再登場となったわけですね。2本のギターがアルペジオを優しく伴走させるイントロから、すでに漂う〈THE名曲〉の予感」
天野「その後の柔らかなドラムのフィルインと、〈マチネを作ってもいいかな?/新しい生活 それは輝かしいものになるはず〉という優しい歌い出しで、目頭が熱くなりましたよ。〈マチネ〉って、たぶんカクテルのことでしょうね」
田中「楽曲の構成としては、ヴァースとコーラスのシンプルなリフレインなんですが、常にギリギリの一線で感情を保っているような緊張感があって、まったく飽きさせませんね。そして、終盤で音程を上げてコーラスを歌うときのカタルシスといったら!」
天野「どんどん盛り上がってく構成なんですよね。以前ご紹介した“Lucy’s”同様、今回もタッカーの〈男声〉がリード・ヴォーカルですね。その歌声や〈存在の曖昧さ〉を引き受けることを宣言したような歌詞に、バンドの新たな一歩を感じさせるものでした。この“Hire”にも、やっぱりそういうテーマがあるのかな?」
田中「だと感じました。歌詞にも出てくる〈hire=雇う〉は、〈受け入れられる〉と捉えることもできますし、新たな人生を歩み出そうとする自分を、どうかあなたに認めてほしいと願うラヴソングなのかなと」
天野「なるほど。この“Hire”やシングル2曲を含むニュー・アルバム『What Chaos Is Imaginary』は、来年の2月1日(金)にリリースされるとのことです。しかも、レーベルはアンタイ。バンドのステートメントによると、シンセやドラム・マシーン、さらには弦楽八重奏をフィーチャーしたという、チャレンジングな作品になってるとか」
田中「あらゆる面で〈変化〉を刻んだアルバムになってそう。早く全編を聴きたいですね。では、今週はこのへんで。あ! 明日、土曜日の〈Mikiki Pit〉でお会いしましょう~」