井上銘(ギター)、類家心平(トランペット)、渡辺翔太(ピアノ/キーボード)、山本連(ベース)、福森康(ドラムス)という、ジャズ・シーンを軸に活動する気鋭ミュージシャンが集結したプロジェクト、STEREO CHAMP。彼らがセカンド・アルバム『MONO LIGHT』を11月14日にリリースした。
昨年のファースト『STEREO CHAMP』では、井上が率いるプロジェクト〈MAY INOUE STEREO CHAMP〉としてのリリースだったが、今作からは〈STEREO CHAMP〉と名義を変更。それぞれが主役を張れる実力と個性を持つ彼らが、バンドとして互いの魅力をうまく引き出しながら刺激的なアンサンブルを奏でている。井上が軸となってはいるものの、今作は制作においてもメンバーで進めることが多かったそうだが、サウンドを聴けば、その変化も十分に感じられるだろう。また本作にはKento NAGATSUKA(WONK)をフィーチャーしたバンド初のヴォーカル曲“Dan”というトピックも。
今回Mikikiでは、バンド・メンバー3名――井上銘、山本連、渡辺翔太にインタヴュー。聞き手は音楽評論家の柳樂光隆が務めた。アルバムと、メンバーひとりひとりにフォーカスを当ててバンドの現在地にじっくりと迫りながら、このたび『MONO LIGHT』と同時リリースされた井上のソロ・ギター・アルバム『Solo Guitar』についても訊いている。 *Mikiki編集部
★参考記事:『STEREO CHAMP』リリース時に掲載した井上銘と西田修大との対談記事
もう何も生まれない状態になったら、メンバーに助けを求めにいくんです
――『MONO LIGHT』は、どういうきっかけで作りはじめたんですか?
井上銘「年に一枚くらいのペースで出していきたいね、という話はみんなでしていて。本当はもうちょっと早くリリースしたかったんですけど、僕は作業が遅いほうなので、一番急いでこの時期になりました(笑)」
――ジャズ・ミュージシャンはライヴが多くて、その合間に作るからなかなか難しいですよね。今作は元々コンセプトがあってスタートしたんですか? それとも、溜まっていた曲を集めた感じ?
井上「前作ではMAY INOUE STEREO CHAMPだったのが、今回から正式にSTEREO CHAMPというバンド名義のアルバムになって、よりバンド感を出したいというのが基本のコンセプトです。3曲は前作が出来た直後にもう出来ていて、そこからレコーディングすると決まってからほかの曲を作っていきました」
――ライヴですでにやっていた曲もありますよね。
井上「“New Introduction”と“Links”、“Nishinoomote-Kou”ですね。今年4月のブルーノート東京公演用に急いで作った、STEREO CHAMPとしては初めてのヴォーカル曲の“Dan”と、あとの3曲は今回のレコーディングに合わせて作ったものです。“Dan”は行き詰まったときに連くんの家に行って作り上げましたね」
――行き詰まった?
井上「はい。作曲はなるべく最初は自分でやったほうがラクなんですけど、何も出てこなくなったときに、連くんや翔太くんとかメンバーに訊きにいって。“Dan”のときも、もう何も生まれないっていう状態で連くんに助けを求めにいったら、〈こういうのは?〉〈いいねえ!〉みたいにすんなりと決まって」
渡辺翔太「それ、バンドの良さだよね」
井上「そうだよね。“Dan”はその後、ドラムのパターンを相談しに(福森)康くんの家にも連くんと行ったよね。康くんの家はスタジオがあってドラムが叩けるので、次々に3~4パターンくらい叩いてもらって」
山本連「最初は攻めた、コアなヤツで、最終的にポップなのをくれましたね」
――曲は基本的に井上さんがガッツリ書いてるけど、一部メンバーと相談して作っていると。レコーディングは3日間だったそうですが。
井上「俺は全員でセッションしながら作ることって、あまりできないんですよね。なので、みんなで音を出すときには事前に形を決めていきます」
渡辺「構成とか、一人一人のワークも銘くんの頭の中にある状態から始まりますね」
井上銘は昭和のミュージシャンっぽい
――元からあった曲は前作の延長っぽいんですけど、新しい曲はちょっと違う感じがありますよね。新曲はどういうイメージで作ったんですか?
井上「“Dan”は、メロディーが出来た時点で歌を入れたいなと思ってたんですよね。それで誰が合うかなと考えたときに、すぐにKento(NAGATSUKA、WONKのヴォーカル)が思い浮かんだんです。実はKentoとは、2016年の年初から春にかけてくらいの頃、彼がWONKのデビュー・アルバムが出る少し前に連くんと3人で数回ライヴをしていた時期があったんです。一緒に合宿とかして……野方(東京・中野)でね」
山本「野方の、自宅にスタジオがある知り合いの人のところで」
井上「それで曲を一緒に作って、2回くらいライヴもしたんですけど、それ以降はいろいろ行き違いで、ふわっと流れてしまった(笑)。KentoもちょうどWONKが本格的に動き出して忙しくなっちゃったし、俺らもそれぞれの活動があったので。シンガーってその人の世界の中で輝く人が多いというか、それがシンガーの本望だとも思うんですけど……Kentoがいいなと思うのは、彼はどんな場所でも歌えるような〈透明感〉があるなと。だから、今回のようなスタイルで歌ってもらうのは合ってたと思います」
――WONKで普段から英語で歌ってるのもあるけど、彼の歌は言葉というよりサウンドという感じもありますよね。
井上「今回、歌詞についてもいろいろ考えてくれて。友人にもらったダンエレクトロっていうギターがあるんですけど、そのエピソードを元に考えてくれたんです。そういうメッセージはあるんだけど、アウトプットしたときに聴く人がフラットに聴けるような歌を歌ってくれましたね」
――“Dan”は、歌というよりかはテーマっぽくて。歌モノというより、普段のジャズ・ミュージシャンの作る曲の延長のような、でもやってることはもう少し歌寄りというか、絶妙なバランスですよね。先ほど言っていた、山本さんのアドヴァイスを訊きにいく時点ではどこまで曲は出来ていたんですか?
井上「冒頭の何回も出てくるサビというか、Aメロだけですね。それで連くんがベースラインを弾いてくれて、その上にメロディーやハーモニーを乗せた感じです」
――そう言われると確かに、この曲は井上銘っぽくないかもしれないですね。
井上「そうかもしれないです。だから自分一人だったら絶対作れなかったと思います」
渡辺「ラインも連っぽいよね。でも、バンドって、ベース・リフから曲を作ることもあるじゃないですか? それでリフのイメージで曲が変わっていくみたいな。それはいいやり方ですよね」
――井上さんが一人で作ってたらベースのリフから曲を作るなんてなさそうですもんね。
井上「そうですね、自分はコードとかメロディー先行型なので」
――福森さんからはどういうアイデアをもらったんですか?
井上「俺、ドラムは音楽の中で一番わからないんです。自分で作曲するときに、ハーモニーとかベース・ラインとかはわかるんだけど、ドラムはまったくアイデアが出てこない。なので、基本的には康くんに曲を聴いてもらって、俺からの前情報がない状態で叩いてもらったのを何回かリハしていく中で全部録っていって、〈ここでさっきのこのパターンでやってもらうのがいいかもしれないです〉とか伝えながら作っていくことが多いです。今回のドラムのパートに関してはほとんど康くんが作ってくれている感じですね。“To The Light”だけはドラムもベースも細かく指定してますけど」
渡辺「“To The Light”はデモの時点で完成されてたよね」
井上「実は最近、Logicを買って。この曲はLogicで作ったんです。ちょうど扱い方がわかってきてハマっていってた時期だったので、ドラムの打ち込みにもめちゃくちゃ凝ってしまって。今までもすべて譜面にして渡していたんですけど、そんなに細かく指定せずにコードだけ書いてあるような感じだったので、この曲だけはドラムもベースもかなりみんなに制限を与えちゃいました」
――井上さんは、わりと昭和のミュージシャンっぽいところがあるじゃないですか。パソコンすら使わなさそうなイメージがあるので、ちょっとびっくりですね。
渡辺「〈手書きがいい〉とか言いそうですもんね」
井上「譜面は手書きですよ」
――そもそも、なぜLogicを導入しようと思ったんですか?
井上「自分の作ってる曲が、打ち込みがないと非効率的だと思ったんですよね」
――へえー。〈音楽は効率とかじゃないっす〉とか言いそうな感じがするのに(笑)。
山本「言いそう!」
渡辺「〈回り道がすべてだ〉とかね」
山本連はいつも音楽に対して自然体
――井上さんが参加してるクラクラ(CRCK/LCKS)も基本みんなLogicとかで作ったものを持ってくるんですよね?
井上「それも同じ時期なんです。小西(遼)がパソコンを新調したのが俺と同じ今年の2月くらいで……それを機にクラクラはデータでやり取りをする空気になったんですよね」
一同「(笑)」
井上「俺は元々それのために買ったわけじゃなくて、たまたま同じタイミングで買っただけだけど」
渡辺「(石若)駿もLogicで作るもんね」
――なるほど。微妙に繋がってるんですね。
井上「ですね。使いはじめて一番いいなと思うのは、自分の中のイメージを今までは抽象的にしか伝えられなかったのが、Logicがあることで具体的に伝えることができるようになったことですね。自分はキーボードの音色とかも詳しくないから、〈ここはファ~って感じの音で〉とか言うと、翔太くんなんかは優しいから〈こんな感じかな?〉とか言ってやってくれていて。いつも〈悪いな〉と思っていたので。
あとは、あえてLogicを使わないで作るパターンと使うパターンを作るとか、制作の選択肢がひとつ増えましたよね」
――今回〈あえて使わなかった〉のはどの曲ですか?
井上「“Thank you”はそうですね。自分が作曲するときに、段階というか関門が3つあって。まず最初の〈降りてくる〉段階があって、それを最初の工場に持っていくんですけど、そこで客観的に審査するんですね。〈このアイデアはかっこいいのか悪いのか?〉〈何かに似てないか?〉〈自分にとって新鮮か?〉とかと。ここが一番厳しい審査になるんです。大体、8~9割はこの段階で戻されて、〈やり直してこい〉ってなって、やり直して、最終関門に行くと。それを4小節単位でやっていったりするので、自分は一曲作るのに2週間とか1か月くらいはかかってしまうんです。
でも、“Thank you”は、いきなり飛び級しました。この曲、全然何かの曲に似てると思うし、全然凝ってもないんですけど、そういうのがひとつあっても楽しいかなと。関門を通さないでいきなりOKを出したので、たったの5~7分で出来たんですけど、意外とこういう曲がライヴでお客さんが反応してくれてたりするんですよね」
――それを聞いて思い出したんですが、少し前にmabanuaさんに新作『Blurred』のインタヴューをしたときに、〈何も考えずにむしろ手癖とかがたくさん出るように作った〉と言ってて。〈流行りとかを考えすぎずに、自分の一番核になっている部分だけ出るようにしたらこんなふうになった〉と。
井上「その話、すごく興味深いですね。でも、“Thank you”はやっぱり連くんと康くんのリズム隊なんですよ。それぞれのキャラクターがはっきりしてるから、ふたりがグルーヴを刻んでるところを想像しながら書いたらすぐに出来ました」
――そのリズム・セクションのふたりのキャラクターは具体的に言葉にできますか?
井上「まずは連くんの、特に好きなところは、〈抜け感〉ですかね。一緒に演奏してて、肩に力が入ってきてしまったときにふと後ろを向くと、〈たのし~〉ってなってる(笑)。連くんはいつも音楽に対して自然体で、そういうグルーヴ感がすごく気持ちいいんです。あと、エレキ・ベースでこういう人って少ないんですよね。何て言ったらいのかな……」
渡辺「もっとゴツっとした人とか多いよね」
井上「そう。自分たちの音楽は、タテのリズムがはっきりした曲が多くて。それはエレべのサウンドなんですけど、音楽のやり方はアコースティックな部分が強かったりするんですよね。そういう行き来を柔軟にできるエレべの人ってあまり見当たらないんですけど、連くんはそれをナチュラルにやってて、すごいと思います」
――山本さんは元々どういう音楽、ベーシストが好きなんですか?
山本「ベースを始めたのは14歳の頃なんですけど、音楽の入り口としてはダニー・ハサウェイとかキャロル・キングでした。ティーンの頃って速い曲とかバキバキな曲が好きだった人が多いと思うんですけど、僕は柔らかくて落ち着いたのが好きでしたね。で、ジャズは父親にジャコ・パストリアスの『肖像』(76年)を貸してもらって、好きになって。それから地元のジャズ・クラブとかに行くようになった感じです。ベーシストとして最初に好きになったのは、ウィリー・ウィークスとか、(ジェームス・)ジェマーソンとかですね」
渡辺「14歳でキャロル・キング、ダニー・ハサウェイ……シブいな(笑)」
山本「その後はタワー・オブ・パワーとかで、そこからファンクを好きになって。それが高校生くらい。僕、ロックを通ってないのがコンプレックスなんです」
――ソウルとかファンクだけど、そこにジャズとかのセンスも入ってるハイブリッドなのが好きなんですね。
山本「アコースティックっぽいのが好きなんですよね。10代の頃はジェームズ・テイラーとかも好きだったので。最近はPJモートンとか好きですね」
渡辺「俺も好きで、先日来日行きました。いいですよね、PJモートン」
――山本さんがPJモートン好きな感じすごくわかります。ちなみに最近のベーシストはどうですか?
井上「けっこうチェックしてるよね、Instagramとかで。連くんはベースめっちゃ好きだと思う。楽器屋とか行くとすぐベース弾いてるし」
山本「たしかに、特に最近〈キッズ〉かもしれないです(笑)。最近のベーシストだと、ノウワーのベーシストのサム・ウィルクスとか、あとはダニー・マッキャスリンのアルバム(2018年作『Blow』)で弾いていたティム・ルフェーヴル。ロックでもブルースでもすごいけど、ジャズもいけていいなと」