冒頭からハッとさせられる、シンプルゆえの新しさ――瑞々しく甘美なグルーヴと原点に立ち返った言葉が映し出す、等身大の彼女の姿は……
シンプルが新しい
日々、膨大な数の作品がリリースされては瞬く間に消費されていく昨今の音楽シーンにあって、昨年2月の発表以来、ロング・セールスを記録しているiriのセカンド・アルバム『Juice』。優しくフェミニンな印象と同時にある種のエネルギーを与える色でもあるピンクの色彩で染め上げたアートワークが象徴するように、彼女がグルーヴに乗せて放つ歌声の力は多くのリスナーを触発した。
「振り返ると、前作『Juice』はエネルギッシュなアルバムだと感じるんです。自分自身、張り切って作った作品でしたし、強さが感じられるリッチな印象の一枚だなって。だから、今回のアルバムでは音数を減らしたり、歌のテンションを緩めたりすることで、もう少し肩の力を抜きたかったということもありますし、その一方、今までの自分の曲とは違う視点から作った新しいサウンドで、リスナーをハッとさせる曲をリードに持ってきたいなと思ったんです」。
昨年8月のシングル“Only One”で新たな世界が切り拓かれつつあることを告げていた彼女は、今回初めて大沢伸一をプロデューサーに招聘。ミニマルにして、ダイナミクスの付け方がエモーショナルな作風が際立って耳新しいタイトル曲と共に、約1年ぶりとなるニュー・アルバム『Shade』を幕開ける。

「ここ最近の大沢さんは、MONDO GROSSO名義の作品然り、外部プロデュース曲然り、若い女性アーティストを数多く手掛けられていて、どれを聴いてもハッさせられたこともあって、声を掛けさせていただきました。当初、私としては大沢伸一名義の音がバキバキな作風に寄せたかったんですけど、作業を進めていくなかで、〈音数が多くて、わかりやすくノリやすい曲が主流の今、あえて音数を減らして、シンプルにすることが新しいと思う〉という話になり、確かにその通りだなって。ピアノと歌のみのイントロから始まる“Shade”はそうやって作っていきました」。
iriの作品をこれまで支えてきたTokyo RecordingsのYaffle、ESME MORI、STUTS、ケンモチヒデフミとの関係性の深まりが反映された充実の楽曲に加え、本作は新たに参加したプロデューサー、アレンジャーが瑞々しく甘美なグルーヴを作品にもたらしている。
「tofubeatsくんとの“Flashlight”は、最初は80sマナーを織り込んだ曲がやりたくてトラックを依頼したんですけど、彼がオートチューン使いで歌を入れたトラックを送ってきてくれたので、それを活かすことになったんです。データのやり取りを経て、歌入れの時に彼がスタジオに来て歌い方のディレクションをしてくれて、その歌を踏まえてトラックを調整することで音と歌詞の一体感を高めていく、っていう作業が印象に残ってますね。かたや、大学生の時にSoundCloudで見つけて以来、ずっと好きで聴いてきたgrooveman Spotさんが手掛けたダンス・トラック“cake”はお会いせずに曲を完成させました。私の作品がそうであるように、彼もまたヒップホップのビートもダンス・トラックも両方いける方ですし、スムースなやり取りで曲は完成しました」。
好きにやっちゃってください
また、前作のテーマでもあった生音を活かしながら、クルーズするように滑らかに曲が展開していく“Sway”では、バイラル・ヒットを記録したSIRUP“LOOP”をプロデュースしたShingo.Sを迎えている。
「“Sway”は、Shingo.Sさんにオファーさせていただいた時、2人ともよく聴いていたアンダーソン・パーク“Tints”の生っぽいアレンジを参考にしつつ作業を進めていきました。彼からは〈iriちゃんがいつもやっていることとは違うけど、それでも大丈夫なんですか?〉と言われたんですけど、私のほうからは〈もっと好きにやっちゃってください〉と後押しさせていただきました(笑)」。
そうしたトラックメイカーたちとのコラボレーションの経験値が高まったことで余裕や大胆さが生まれ、アレンジの精度が飛躍的に上がっている一方、本作にはペトロールズのベーシストの三浦淳悟、SANABAGUN.のドラマーの澤村一平とギターの隅垣元佐、Kan Sanoから成る気の置けないバンドマンたちと作り上げた“mirror”も。『Shade』は、この曲がひときわ映し出す等身大の彼女、その飾らない魅力が光る作品でもある。
「一平くんと元佐くんが作ったCOMA-CHIさんの“Cycle”がすごい格好良かったので、最初に2人に声をかけたんですけど、ベースをどうしようかという話から淳悟くんの名前が浮上して。最初にみんなで飲みに行ってからスタジオに入って試行錯誤していったんですけど、淳悟くんがDTMで作ってきてくれたデモが素晴らしかったので、それを土台にしたセッションから曲を発展させて。最後に一平くん、元佐くんと一緒にライヴをやったりしているKan Sanoさんにまとめていただいたんですけど、実は全員が神奈川出身という繋がりもあったりします(笑)」。
原点に立ち返って
テンションを緩め、肩の力を抜いているのは、何もサウンドだけの話ではない。〈陰〉を意味するアルバム・タイトル『Shade』が示唆しているように、その歌詞においても背伸びしたり、無理に取り繕うことなく、彼女の内面に落とす影や、やり場のない思いをありのままに描き出している。
「私が音楽を始めて、歌詞を書きはじめた時、誰かに何かを伝えたかったというより、自分の内面にあるやり場のない暗い部分や悲しみ、どうしていいかわからない気持ちを言葉にしていたんですね。ファースト・アルバム『Groove it』にはその名残があったんですけど、聴いてくれる人が増えていくなかで作った前作『Juice』は誰かに何かポジティヴなことを伝えなきゃいけない、力を与えなきゃいけないという思い込みが常に頭の片隅にあったんですよね。そうやって生まれた曲にはもちろん満足しているんですけど、今回は自分が曲を作りはじめた原点に立ち返って、自分のなかにあるもどかしい気持ちや、『Shade』というアルバム・タイトルにあるような影の部分をもう少し表現したいなと思ったんです。暗い曲を書くことは決して悪いことじゃないし、最終的に希望を持てる言葉を必ず曲に含ませなきゃいけないということもない。むしろ、自分はポジティヴなメッセージだけ発信し続けることを得意とするミュージシャンではないんだろうなという気付きもあって、私は私らしくあるべきだなって思ったんです」。
過去最大規模の全国ツアーを控えたiriが改めてiriらしさに立ち返ったアルバムでもある『Shade』だが、その眼差しは真っ直ぐ未来に向けられている。
「いまはノレる曲だったり、〈チル〉という言葉に代表されるような聴いていて心地良い曲が広く支持されていて。私もそういう曲はもちろん大好きなんですけど、大沢さんとの“Shade”がそうであったように、今までとは違う何か新しいアプローチの曲を模索していきたいですね。それから、今まではトラックを聴きながらのレコーディングが多かったんですけど、バンドで制作した“mirror”は自分のテンションとかモチベーションが大きく変わることに気付いたきっかけでもあって、この先は生音のグルーヴも極めていきたいなと思っています」。
iriの作品。
『Shade』に参加したアーティストの作品。
関連盤を紹介。
『Shade』と通じるムードとモードはこちらにも
ソウル~R&BにJ-Popの文脈から向き合い続けてきたオリジネイターが本作ではディスコなモードに。mabanuaやSWING-Oらが繰り出すモダンなサウンドを、無二のスウィートな歌声を絡めることで我流のグルーヴに転換する様が圧倒的だ。その成熟した所作は『Shade』とも重なるものが。 *澤田

ELLA MAI Ella Mai 10 Summers/Interscope/ユニバーサル(2018)
90sのムードを纏った本作に収録の“Boo'd Up”でグラミーの最優秀R&Bソング賞を獲得! いまやアンビエントな作風が本流となったR&B界において、ジョルジャ・スミスやSZA、H.E.R.らと共に新鮮な存在感を放つ実力派シンガー。インディー耳にも馴染む音はiriとも通じるものだ。 *土田

Shingo.SらのバックアップによるEPでデビューしたシンガー・ソングライター。本作ではオーセンティックなR&Bのメロウネスを汲みつつ、ビートに縛られないオーガニックなサウンドとしなやかな歌唱でライトに聴かせてくれる。『Shade』にも参加するESME MORI製の楽曲も最高。 *澤田

G.RINAやMONDO GROSSOの客演で名を挙げたシンガーが飾り気のない語り口で編んだ初アルバム。トロピカル・ハウスを援用したアッパーな楽曲で軽妙に振る舞い、浮ついた空気を醸造しながら、iriさながらのシティーでアーバンな音使いで全編をスタイリッシュにまとめ上げている。 *澤田
ヒップホップ/R&Bに根差したスムースなサウンドと抜きん出たパフォーマンスでデビューするなり注 目をさらったシンガー・ソングライターの最新作。『Shade』参加のShingo S.が設えた“LOOP”に顕著に見て取れる90年代の意匠を全編で採り込み、現行の質感に更新して提示している。 *澤田
20年のキャリアを持つシンガーは、本作でTAARをプロデューサーに招聘。iriのアップ群とも近い手触りのモダン・ブギーを軸に、多様なスタイルのダンサブルな楽曲を展開している。『Shade』のアレンジも担う三浦淳悟(ペトロールズ)が参加した“Bittersweet”などのスロウがまた絶品。 *澤田

先だってのグラミー賞でR&B枠の2部門を勝ち取った若き才媛の編集盤。『Shade』で聴けるネオ・ソウル流儀のスロウ“飛行”は、本作に収録のバラード“Best Part”をイメージしたデモが元になっているのだとか。アルバム全体の90sなムードもiriのあれこれとシンクロする。 *澤田

CLARK Death Peak Warp/BEAT(2017)
iriが大沢伸一にそもそも求めていた〈バキバキの音〉――その方向でお気に入りのアクトがこのUKテクノの鬼才だそうで、本作は持ち前の硬質なビート上に人間の声をアトモスフェリックなウワモノとして重ねた最新アルバム。ここまで肉体的なトラック上で躍るiriの歌も聴いてみたい。 *土田


