かぎりなく完璧なサウンドで、永遠の夏をパッケージ
きっと夢で逢うものだと思っていた。夢で逢えたらもうそれでいいと。ある人は、こうして夢が叶い続けるのも味気ない、なんて呟いていたが、未知なるものへの欲求を止めることのほうが人生を味気なくさせる。とにかくすごいものがいろいろ出てくるが、一向に慣れない。けっして慣れたくないとも思う。といった、さまざまな思いが過ってしまうのは、今年のナイアガラの日(3月21日)にリリースされた『NIAGARA CONCERT’83』を手にしてのこと。今回果たされたのは、あまりに貴重なライヴ音源の商品化である。これまで音盤に収められたライヴ・トラックといえば、古くは『DEBUT』の一部で、また最近だと『NIAGARA MOON -40th Anniversary Edition-』のボーナス・トラックなどで実現してきたものの、ひとつのライヴを丸々収めた作品はこれまで存在しなかった。それもただのライヴではない。レコーディングに参加した一流プレイヤーたちに加えて、新日本フィルハーモニー交響楽団のストリングスまでバックに配した異例づくしの豪華ライヴを完全収録したアルバムなのだ。きっと多くの人が、文字から得た情報を駆使して、いろんなイメージを膨らませながら長年過ごしてきたことだろう。
開催日は1983年7月24日。場所は西武ライオンズ球場。〈ALL NIGHT NIPPON SUPER FES.83/ASAHI BEER LIVE JAM〉と題されたイヴェントに出演した際のライヴ・パフォーマンスが収められている(本フェスにはサザンオールスターズとラッツ&スターも出演している)。ひょっとしたら、最後のオリジナル・アルバム『EACH TIME』がリリースされていたはずの夏である(6月に発売中止の報が伝えられている)。ということで、セットリストは前々年の『A LONG VACATION』と前年の『NIAGARA TRIANGLE VOL.2』の曲がメイン。夏のひとときを心地よく過ごすために抜群の効力を発揮するラインナップとなっており、リゾート系楽曲の編集版『B-EACH TIME LONG』やどのアルバムよりも、永遠の夏がパッケージされているような印象を受ける。
オープニングから続くのは、新日本フィルの演奏。インスト・アルバム『NIAGARA SONG BOOK』の再現である。開放的な夏空の下、さぞかし気持ちよかったに違いない。ただ、ふと思う。こちらは、あらかじめオーケストラの演奏が長く続くことを情報として知っているから安心して身を任せることができるわけだが、まさか出てこないなんてことはないよな……とか不安が過ってしまった人も若干数いたんじゃないか、なんて。これは大滝流のじらしに違いない、と受け止めた人だってなかにはいたのでは? そこまで想像を膨らませれば、あの日の会場の雰囲気がよりいっそう色鮮やかに浮かび上がってくるようで、楽しい。
やがて大滝の歌が加わると、めくるめくナイアガラ・サウンドがワイドに広がっていく。名手たちの素晴らしい演奏に支えられ、随所で開放感あふれる歌声を披露しており、ただただ和まされる。が、演奏にじっと耳を凝らしていると見えてくるのは、スタジアムという空間においてどれだけスタジオのドリーミーな音像を再現ができるか、という試行錯誤の跡。ナイアガラ・マジックを十全に働かせるための必要な準備としてどれだけの労力が払われたのか、と考えはじめたら、和み気分もどこへやら。というわけでサウンドはかぎりなく完璧。2016年作『DEBUT AGAIN』で先に発表された薬師丸ひろ子の“探偵物語”や“すこしだけやさしく”のセルフ・カヴァーといったライヴならではの趣向も楽しく、いい意味でゴージャスな歌謡レヴューを味わっている気分になる。うっすらとだが、ところどころで観客の歓声も記録されており、そのなかに〈ロンバケ〉以降一気に増えたであろう女子ファンの黄色い歓声も混じっている。確かにこんなホレボレするような男前な歌声を聴かされたら、歓喜の声が黄色くなってもおかしくはない。そう、あの頃彼は確かにスターだった。そんな世間の大滝詠一像を忠実に再現しようとしているかのような歌唱もやけに印象深い。
ところで、今回は初回限定盤の内容がとにかくすごい。まずはディスク2の〈EACH Sings Oldies From NIAGARA CONCERT〉。70年代まで遡り、数々のライヴ音源からアメリカン・ポップスなどのカヴァーを網羅した内容となっているのだが、本編であるディスク1がジャパニーズ・ポップス界随一のクルーナーの魅力を堪能させてくれるのに対して、こちらは〈ロックンローラー・大滝詠一〉にバッチリフォーカスしてくれるという、なんというかこの帳尻を合わせるような作りになっているところが本アイテムの優れたところだ。スウィートなバラードもあるけれど、それ以上に雄々しく躍動する彼を捉えたテイクが素晴らしすぎる。アネット/森山加代子の“恋の汽車ポッポ”カヴァーと自身の名CMソングをメドレーにした“Train Of Love~Summer Lotion”のスウィンギーなヴォーカルのカッコよさったら。まさか!とハッとさせられたのは、ビートルズの“Yesterday”。これは彼が岩手の高校生だった頃、予餞会で披露した演奏なのだが、なんといい声だろうか。まさか少年時代の大滝詠一にまで魅了させてもらえるだなんて、そんなことがあっていいのだろうか、とすら思う。
さらにディスク3が圧巻。1977年に制作されたライヴ・フィルム〈THE FIRST NIAGARA TOUR〉まで蔵出しされてしまったのだ。これまで何度か限られた場所で上映されていた映像だが、よもやみずから所有できる日がくるとは。これを観れば、ディスク1はなんと整然としているのかと思わずにいられないだろう。字幕入りの“福生ストラット”とか最高だし、映像でもやはり可憐なシリア・ポールにときめかずにいられないけれど、やっぱりすべてをかっさらっていくアミーゴ布谷に尽きる。シルクハットに腰弁ならぬピストルを下げて会場中を練り歩く彼のあまく危険な香り。70年代ナイアガラのアナーキーな世界観が凝縮された名品だ。でもなんだかんだいって感動的なのは大滝が歌うシーンの数々で、ドアップのカットを眺めているだけでなんだかウルっときてしまう。
やっぱり多面的・多角的でないとナイアガラじゃない、ってことを如実に伝える重量作品『NIAGARA CONCERT’83』。幻の〈ロンバケ・コンサート〉や〈ヘッドホン・コンサート〉に逢えるのももはや夢ではない気がしているのは私ひとりだけじゃないはず。われわれをもっと欲張りにさせる罪なアイテムだ。
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