「親愛なる名手」のための協奏曲3曲を携え、ソロの腕前を天下に示す!
長く様々の取材をしてきたが、実演に接したことも面識もなく、ディスク1枚で準備した演奏家との初対面ほど、緊張する仕事はない。だがベルギーのクラリネット奏者、ルーラント・ヘンドリックス(1969~)が夫人を伴って約束の場所に現れたときは温かく柔らかな空気が瞬間に広がり、驚くほどスムーズにインタヴューが進んだ。その人柄は2018年4月7日~9日にロイヤル・ウッド・ホールでマーティン・ブラビンス指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団とセッション録音した協奏曲3作のCDで感じた、あたかも人間の肉声のような息遣い、情感に富んだクラリネットの響きと完全に一致した。
英国の作曲家ジェラルド・フィンジの《クラリネットと弦楽オーケストラのための協奏曲》、モーツァルトの《クラリネット協奏曲》、ブルッフの《クラリネットとヴィオラのための二重協奏曲》。「最初は名曲中の名曲、モーツァルトを良いオーケストラ、指揮者と録音したかったのです。ヴァイオリニストがチャイコフスキーの協奏曲を入れたければ、カップリングにはメンデルスゾーン、シベリウスなどの定番がありますが、クラリネットでは難しい。そこで指揮者のブラビンスを訪ね、相談すると『なぜ、君が好きな3曲でまとめないのか?』と言われました。残り2曲を選んだ時点で、3曲すべてに通じる面白い共通点に気付いたのです。どれもが、作曲時点で最も親しいクラリネットの名手のために書かれていました」。1949年にフィンジを世界初演したフレデリック・サーストンはヘンドリックスの恩師であるシーア・キング(1925~2007)の夫。モーツァルトはバセットクラリネットの名手アントン・シュタートラー、ブルッフは息子のプロ奏者マックス・フェリックスのために協奏曲を捧げた。
「フィンジ作品に魅せられ、レパートリーに取り入れようとしたころキング先生を訪ねると初演当時の思い出を語られ、後日、サーストン氏と作曲家がやり取りした手紙のコピーを送ってきてくださいました」。〈Evil Penguin Classic〉と英国風ブラックユーモアに満ちたレーベル名のディスクのブックレットには、手紙の数々の画像がふんだんに挿入されている。モーツァルトは緩徐楽章を「最上の美しさでリリカルに再現したい」と考え、バセットではなく現代の普通のクラリネットで吹いた。ブルッフのヴィオラはアントワープ交響楽団の首席で若手のサンダー・ギエルツ。「制作側はローレンス・パワーを考えていましたが、私は若い才能を紹介する義務も感じ、サンダーを指名しました」。その息の合った共演を聴きながら、改めて「良い人々の奏でる音楽だ」と感じ入った。