天野龍太郎「Mikiki編集部の田中と天野がこの一週間に海外シーンで発表された楽曲から必聴の5曲を紹介する連載〈Pop Style Now〉。先週に続き、この週末も〈コーチェラ・フェスティヴァル〉が生配信されてましたね。僕、全然観られなかったんですが」
田中亮太「Perfumeの配信も終わりましたね。編集部の酒井さんは仕事をしながらガン観してたとか。明日更新される週間邦楽連載〈Mikikiの歌謡日!〉で言及されるのかどうかが楽しみです」
天野「Perfumeの配信、盛り上がってたみたいですね。あとはカニエがイースターの〈Sunday Service〉というパフォーマンスのなかで新曲“Water”を披露したり、テーム・インパラのライヴにエイサップ・ロッキーが出てきたりと、話題に事欠きませんでした。後から観た感じでは、カニエの〈Sunday Service〉はあまりにも宗教色が強すぎて、あのやりすぎ感に僕はちょっとノれなかったんですが……」
田中「とはいえ、この一週間のポップ・シーンとびっきりの話題といえば、今年のコーチェラではなく昨年のあれなわけで。そんな流れから行っちゃいましょう。今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉!」
Beyoncé “Lift Every Voice And Sing”
Song Of The Week
天野「〈SOTW〉はビヨンセが4月17日に発表したライヴ・アルバム『Homecoming: The Live Album』から、“Lift Your Voice And Sing”です。アルバムはNetflixのドキュメンタリー『HOMECOMING』と同時にサプライズ・リリースされました」
田中「多くのメディアや評論家たちから〈歴史的〉と評され、語り草となっている2018年の〈コーチェラ〉でのパフォーマンスを捉えた作品ですね。ニューオーリンズ・ブラス風のホーンやマーチング・ドラムを用いた編曲、デスティニーズ・チャイルドの再結成、バルマンの衣裳とエンブレムなどなど、さまざまな要素が盛り込まれた強烈なものでした。単なる〈フェスでの一回限りのパフォーマンス〉という枠組みを超えた、まさに歴史的なものだと言えるでしょう」
天野「過不足のない説明! 〈Beychella〉と呼ばれるあのライヴ、〈コーチェラ〉史上初めて黒人女性であるビヨンセがヘッドライナーを飾ったという点でも意義のあるものでしたが、彼女はそれにふさわしいパフォーマンスをしたというわけですね。で、『Homecoming: The Live Album』のなかでも話題なのは、ボーナス・トラックとして収録されたメイズのディスコ・ソングのカヴァー“Before I Let Go”。でも、〈PSN〉的にあえてこの“Lift Your Voice And Sing”を選んでみました」
田中「普通だったら“Before I Let Go”を選ぶべきですが、今回これを選んだのは、この曲が〈アメリカ黒人国家(Negro National Hymn、Black National Anthem)〉と呼ばれる曲だからなんです。もともとはエイブラハム・リンカーンの誕生日に披露された1900年の詩『Lift Ev'ry Voice and Sing』。その5年後に曲を付けたものがこの曲です」
天野「全米黒人地位向上協会の公式ソングとして採用され、50~60年代の公民権運動で愛唱された曲でした。オーサカ=モノレールの中田亮さんが詩を訳してますが、〈さあ 栄光を勝ち取るまで行進しましょう〉というフレーズで締め括られることからもそのメッセージは伝わるはず。ゴスペル・シンガーやヴォーカル・グループ、ジャズ・ミュージシャンにも広く演奏され続けてます。そんな曲を〈コーチェラ〉の舞台で歌った、そのビヨンセの熱意と見事なパフォーマンスには胸を打たれます」
田中「ジャズ・ミュージシャンのなかでも、とりわけ作品を通して人種差別に抗議していたマックス・ローチも『Lift Every Voice And Sing』(71年)というアルバムをリリースしてますね。そんなわけで、ビヨンセの偉大なライヴ作品から〈PSN〉が讃えたい一曲を今週は選んでみました!」
Beck “Saw Lightning”
田中「2曲目はベックの新曲“Saw Lightning”。最近のベックは、映画『ROMA/ローマ』のインスピレーション・アルバムへの楽曲提供やケイジ・ジ・エレファントの楽曲“Night Running”への参加など、なんだかアクティヴですね」
天野「この曲はファレル・ウィリアムスとタッグを組んだことで話題です。ちょっと意外なんですが、この2人がコラボレーションするのは初だとか。ベックは『Midnight Vultures』(99年)の頃から〈ネプチューンズとやってみたい!〉と思ってたみたいなんですが」
田中「ベックがネプチューンズのプロデュースによるスヌープ・ドッグの大ヒット曲“Drop It Like It’s Hot”(2004年)を絶賛していたことを、いま思い出しましたよ。それにしてもこの曲、ゴキゲンですよね。ダンサブルな曲調はベックの前作『Colors』(2017年)の延長線上でありつつ、声ネタの挿し込みやパーカッシヴなビートはファレル流で」
天野「僕が一聴して感じたのは、『Mellow Gold』(94年)~『Odelay』(96年)の時期のダスト・ブラザーズによるサウンドへのオマージュです。スライド・ギターの音色とか、終盤に出てくるブルース・ハープとか、明らかにそんな感じで。でも、ファレルらしさもあっていいですよね」
田中「なるほどー。そう考えると、ファレルにとっては彼が参加したジャスティン・ティンバーレイクの2018年作『Man Of The Woods』でやりきれなかったことへの再挑戦でもあるのかな……と。あのアルバムにはフォークやアメリカン・トラッドをモダナイズするというテーマがあったと思うんですけど、作品としては徹底しきれなかった印象だったので」
天野「すっごい失敗作だって評価でしたけど、どうなんでしょう(苦笑)。嫌いではないんですが。ちなみにこの曲は、Beats by Dr. Dreのワイヤレス・イヤフォン〈Powerbeats Pro〉のCMにも使用されています。監督は“This Is America”(2018年)や『アトランタ』など、チャイルディッシュ・ガンビーノとの仕事で知られるヒロ・ムライ。このCMの映像も安定のカッコよさで」
田中「日本人ボルダリング選手である野中生萌さんも登場されていますね。“Saw Lightning”も収録されるベックの新作『Hyperspace』については、リリース日などは発表されていませんが、そう遠くない日に出そうな予感。新作ではさらなるビッグ・コラボも聴けるという噂もありますし、楽しみですね」
Madonna feat. Maluma “Medellín”
天野「3曲目はマドンナの“Medellín”。〈うおっ。マドンナ攻めてるな~!〉と思った新曲です」
田中「6月14日(金)に通算14作目となるニュー・アルバム『Madame X』がリリースされるということで、すでにかなり話題ですよね。この“Medellín”はそこからのシングル。なんといっても、マルマがフィーチャーされていることに注目です」
天野「マルマはコロンビアのレゲトン/ラテン・トラップ・シンガー。94年生まれ、現在25歳という若さながら、ラテン・ポップ界のスターです。シャキーラやリッキー・マーティンなどなど、共演者も数多い人気者ですね」
田中「今年に入ってからも、歌手/俳優のベッキー・Gと共演した“La Respuesta”や新曲“HP”でヒットを飛ばして絶好調。そんなラテン界のスターを新曲に抜擢したヴェテランのマドンナの姿勢がカッコイイですよね。しかも、ありがちな〈イマドキの流行りに媚びた曲〉みたいな情けなさやダサさがないのが素晴らしいところで。さすがキャリアの節目節目でラテン音楽に接近してきた彼女でもあるなと」
天野「ホントにそうですね。僕が去年から勝手に〈ラテン・インヴェイジョン〉って呼んでる、ラテン音楽のポップ・シーンへの浸透については〈PSN〉でもずーっと言ってることですが、このマドンナの新曲も明らかにその状況を受けたものです。リズムもラテンですし。でも、あざとさがなくて、2人の良さが活きた一曲ですよね」
田中「マドンナのウィスパー・ヴォイスや抑制された歌と、マルマのブレスを効かせた声との絡み合いが実にセクシー。マドンナはここ数年、ポルトガルのリスボンに住んでるそうですが、そこからの音楽的な影響がはっきりと打ち出されてますね。英語・ポルトガル語・スペイン語が入り乱れる点も刺激的な、新作が楽しみになる一曲です」
Intellexual feat. Knox Fortune & Norelle “Roxstar”
天野「次はニコ・セガールとネイト・フォックスによる新たなプロジェクト、インテレクシュアルの“Roxstar”。ニコ・セガールはもともとドニー・トランペットの名前で活躍してたトランペット奏者で、〈ドナルド・トランプと同じ名前なのが嫌〉と言って改名したミュージシャンです」
田中「チャンス・ザ・ラッパーがいるシカゴ・シーンのアーティストですよね。プレイや音色が特徴的で、音を聴いて一発でわかるプレイヤーです。そしてネイト・フォックスも同様にシカゴ・シーンの作曲家/プロデューサー。チャンスの出世作『Acid Rap』でも“Juice”や“Chain Smoker”といった名曲を手掛けてた人ですね」
天野「もっとわかりやすく言えば、2人ともチャノとのバンド、ソーシャル・エクスペリメントのメンバーです。その2人によるインテレクシュアルが4月12日にリリースしたセルフ・タイトル作から、とりわけ感動的でポップなこの曲を選びました」
田中「チャンスたちが所属するコレクティヴ〈セイヴマネー〉の一員でもあるノックス・フォーチュン、そしてLAのシンガーであるノレルが客演した華やかな曲ですね。どんどん音が加わっていき、ムードが高まっていくドラマティックな構成が実に〈らしい〉というか。チャンス・ザ・ラッパーの音楽にそっくりとも言われそうですが、より音数が多めでサイケデリック。個人的には初期アヴァランチーズにも通じるミュージカル・ジャーニー感がツボでした」
天野「アルバム『Intellexual』にはエスペランサ・スポルディング、ヴィック・メンサ、フランシス・アンド・ザ・ライツのフランシス・フェアウェル・スターライトといったミュージシャンも参加。周辺の仲間たちが参加した豪華なアルバムって感じですね」
田中「ちなみに、〈Pitchfork〉の評価は超辛口で、〈彼らのポスト・ジャンルでマッシュアップされたプロダクションは薄くてヴァイブスに欠ける〉というような評価をくだしてます」
天野「そんなに悪くないアルバムなんだけど、厳しいな~。とはいえ、シカゴ・シーンの音も結構模倣されちゃいましたからね。ちょっと高望みかもですが、オリジナルである彼らからはネクストなサウンドも聴きたいなと思ってます」
Liss “Talk To Me”
田中「今週最後の一曲はデンマークのインディー・バンド、リスの“Talk To Me”。かなり久しぶりの新曲ですね」
天野「この3年間、情報がほとんど出ていなかったので、まだバンドとして存続してたんだ……と思っちゃいました(笑)。やっぱり彼らの登場は鮮烈だったじゃないですか。デビューした2015年当時はアイスエイジ以降というか、コペンハーゲンを中心にダニッシュ・インディーが注目されてましたし」
田中「しかもノイジーでアヴァンギャルドというイメージが強かったレーベル〈Escho〉からのリリースというのも驚きましたよね。リスのサウンドは、ロック・ステディーやニューウェイヴ・ファンクの要素を採り入れた超甘口のアーバン・ポップだったから。しかもグリーン・ガートサイド(スクリッティ・ポリッティ)ばりのエンジェル・ヴォイスで」
天野「当時、BIG LOVEで彼らの7インチや12インチのレコードを買ってたんですけど、入荷してはすぐに売り切れてたことを覚えています。2016年にはXLと契約してEP『First』をリリース。〈これでブレイクするぞ!〉って予想してたんですが、そこからパッタリと動きが止まって……。ライヴはしてたのかもしれませんが」
田中「そうなんです。この“Talk To Me”は6月18日(火)にリリースされる、復活作と言うべきEP『Second』からのリード曲。ロマンティックで清涼感溢れるサウンドは以前と変わらずですが、ビートがなかなかおもしろいです。小刻みなドラミングでスキップしているような軽やかさがあって、ちょっと昔の2ステップを想起させる感じ」
天野「ヴォーカリストのソーレン・ホルムはこの曲のテーマについて〈この世界で若者であることに付随する浮き沈み、セクシュアリティーや人間関係、そしてセルフケア〉と語ってますね」
田中「彼らも、ここ数年いろいろあったんだろうな……と思わせる言葉ですね。『Second』はXLからではなく自主リリースのようですが、“Talk To Me”を聴くかぎり、バンドは自分たちの美学をしっかり貫いている気がしました。早くEP全編を聴きたいですね!」