For Tracy Hydeの新作『New Young City』が、称賛を集めている。もともと国産ギター・ポップ/ドリーム・ポップの新たなる希望として注目されてきた5人組だが、この新作はソングライティング、プロダクションとともに過去最高のクォリティー。特に強力なメロディーは、J-Popのなかに置いても埋もれない輝きを放っている。今回は、リリース後のアジア・ツアーも大盛況に終わり、10月16日(水)にリリース・ライヴの最終公演となる東京・渋谷WWWでのワンマンを控える彼らから、リーダー/首謀者の夏botが登場。ソングライターとしてアレンジャーとして、インディー界隈で熱く支持されているbot氏に、音楽家としての自分を形成した10作を選び、その理由を語ってもらった。

For Tracy Hyde New Young City Pヴァイン(2019)

 

都会が持つ光と影の両方に目を向けたうえで生活の美しさを描く

――今回は〈夏botを形成した10枚〉という企画ですが、その前にFor Tracy Hyde(以下、フォトハイ)の新作『New Young City』でどんな作品をめざしたのかを教えてもらえますか?

「僕はここ数年のシティ・ポップ・リヴァイヴァルの表層的というか、都市生活の華やかな部分だけを切り取って礼賛する感じにずっと違和感があったんです。そこで前作『he(r)art』(2017年)からは、都市生活の光と影の両方を見据えつつ、あらためて都市の美しさとや生活の美しさみたいなものを描こうとしてきた。ただ、前作はあえてシティ・ポップ的な音作りを採り入れることで、内側から表層を壊そうとしたんだけど、やっぱりシティ・ポップと捉えられることが多くて(笑)。

今作では原点に立ち返って、もともと聴いてきたギター・ポップやシューゲイズ、ネオアコなどのジャンルに根差した音楽性でシティ・ポップと戦っていこうとした。タイトルに〈New Young City〉と付けたのも、その意思の表れですね。いままでのシティ・ポップ的な文脈からシティを切り離して、まっさらな状態で自分なりに都市を表現しました」

『New Young City』収録曲“櫻の園”
 

――シティ・ポップが描かなかったシティのサウンドトラックだと。それが結果的にロック回帰になっているのが興味深いです。

「僕たちは今作ではじめてトリプル・ギターのバンドとしてアンサンブルを構築したんですけど、結果的にいままで以上に無駄のないアレンジで、ギターに根差したシンプルなサウンドに立ち返ることができました。曲や歌詞の良さを見直せたし、自分たちとしても最高傑作だと認識しているんですけど、それくらいの手応えはあります」

――原点に立ち返ったとおっしゃってましたけど、決して過去の遺産の焼き直しにはなっていませんよね。

「安易な再生産ではなくて、あくまでもJ-Pop的な文脈に自分の好きなUSインディーとかUKのシューゲイズとかの要素を落とし込んで、日本でしか表現できない、でも日本的だからこそ海外でも通用するような音楽になったと思います。今作はインディー・ロックが好きな人にもJ-Popが好きな人にもアニソンが好きな人にも響く作品だと思うけど、その3つの文脈すべてを理解して、はじめてわかる部分が多い作品だとも思う。ひとつの文脈からでも十分魅力的だけど、より幅広い視点で捉えたときに全体の魅力がわかる、そうした作品になっていると思います」

 

音楽家・夏botの起点となった60年代の金字塔

――では、〈夏botを作った10枚〉にいきましょう。最初はビートルズの『Revolver』(66年)。

THE BEATLES Revolver Apple/Universal(1966)

  「はじめて買ったビートルズは『Rubber Soul』(65年)なんですけど、それをきっかけに彼らのことをすごく好きになりました。そのあとTVでビートルズについての番組を観たとき、(『Revolver』収録の)“Tomorrow Never Knows”を聴いて、〈こんなよくわからない音楽がこの世にあるんだ〉と驚いたんです。僕はまだ小学生の4年生くらいで、それがサイケデリアの原体験(笑)。この曲が入っているアルバムってどんなんなんだろうって図書館で借りてみて、完全にぶっとばされました。

ちょうど父がビートルズの全曲解説みたいな本を買ってくれて、そこで『Revolver』の解説を読んでいくと、この曲はテープの逆再生が大胆に使われたポピュラー・ミュージック史上初の楽曲だとか、この曲はジョン・レノンが同じ曲を2回歌うのをいやがったので、同じテイクのヴォーカルを2本重ね、微妙にずらして疑似的にダブル・トラックを作っているとか、そういうことが逐一書いてあったんです。僕はそれをきっかけに、プロダクション・テクニックへの知識が身についた面も大きくて。

なので、いまの自分の音楽制作への礎になっている作品でもあるし、あと純粋にそれぞれの曲がすごく好き。レノン=マッカートニーは言うまでもないにして、ジョージ(・ハリソン)もこの頃にはもうソングライターとして高いレヴェルに到達していて。自分にとって指標になっている作品のひとつかもしれませんね」

――曲単位で好きなものをあげるとすれば?

「すごく難しいですけど、やっぱり“I’m Only Sleeping”の歌詞とかはいまだに聴いていてグッときます(笑)。シンパシーを感じる部分がありますね。僕、ずっと眠いんですよね。ホントに。仕事とかぜんぶ面倒くさいタイプの人間なんで」

ビートルズの66年作『Revolver』収録曲“I'm Only Sleeping”

 

――次はビーチ・ボーイズの『Pet Sounds』。さっきの『Revolver』と同様に66年のリリースです。

THE BEACH BOYS Pet Sounds Capitol(1966)

 「もうあまりに大きすぎて説明するのが難しいくらい。ことあるごとに立ち返るアルバムというか、人生でいいことがあったときも聴いているし、落ち込んでいるときにも聴いています。自分がアルバムを完成させると燃え尽きるんですけど、それから2~3週間くらいはひたすら『Pet Sounds』を聴いて、〈この名盤と比べると自分が今回作れたアルバムはまだダメ〉だとか反省して。自分は、コンセプチュアルで1曲も飛ばせないような作品を作ろうという意識が強いんです。それがどこから芽生えてきているのかっていうと、やっぱり『Pet Sounds』からの影響が大きい気がします。

いまだにこんなに感情を揺さぶられ続けていて、聴き返すたびに発見があるアルバムはほかにない。モノラルとステレオを聴き比べるだけでも印象が変わるし、膨大な数のセッション集とかもあるし、掘り下げても掘り下げてもキリがないアルバム。すごい作品だと思います」

ビーチ・ボーイズの66年作『Pet Sounds』収録曲“God Only Knows”
 

――ビーチ・ボーイズのほかの作品はどうですか?

「もちろん好きです。60年代のビーチ・ボーイズは基本的にはぜんぶ好きですね。いちばん好きなのは〈Today〉(65年)のB面ですけど、『Pet Sounds』はやっぱりすごいとしか言いようがない。ビーチ・ボーイズも小学生のときに父が買ってくれたんですよ。親子でブライアン・ウィルソンの『Pet Sounds』再現ツアーを観に行ったんですけど、前の席に村上春樹がいました(笑)」

――フォトハイの紹介文に使われている〈Teenage Symphonies To God〉というのもブライアン・ウィルソンの言葉ですよね。

「拝借しています(笑)。でも、志としては同じものをめざしているつもりです。普遍性があって、若者たちの心の支えになるような超越的な魅力や力、美しさがあるものをちゃんと作っていきたい。『Pet Sounds』と同じように50年先も聴き継がれていきたいですね」

 

シューゲイザーとの出会い

――次はスーパーカーの『JUMP UP』(99年)。

スーパーカー JUMP UP dohb(1999)

 「これは中学生のときかな。バンプ(BUMP OF CHICKEN)からアジカンを聴き、アジカンのルーツであるNUMBER GIRLを発見し、NUMBER GIRLと同世代のスーパーカーを知ったという感じでした。肩肘を張らずに、すごく自然体な感じで、難しいことをやるわけでもなく純粋にものすごくいい曲をそんなによくない音でさらっとやる感じに強く惹かれました。ファーストの『スリーアウトチェンジ』(98年)もすごく好きなんですけど、僕としては『JUMP UP』のほうが詞世界の内省的な感じや、バンド・サウンドとエレクトロニクスのバランスなどで惹かれるものがあった。高校時代は曇りの日や雨の日は絶対に『JUMP UP』を聴いて、窓をぼんやりと眺めていました」

――“マイガール”のMVみたい(笑)。

「やっぱり自分のルーツとしてスーパーカーはすごく大きいんです。自分のシューゲイズへの入り口がスーパーカーでもあって、彼らと出会っていなかったら、ギターを真剣に弾くようにならなかったかもしれないなと思いますね」

スーパーカーの99年作『JUMP UP』収録曲“Walk Slowly”
 

「作詞面でもすごく『JUMP UP』の歌詞には影響を受けていて、以前ソニーの公開セミナーみたいな企画でいしわたり淳治さんが作詞術を教える講座があったんです。そのときにいしわたりさんが話していたことで特に印象に残っているのが、〈いい歌詞は名前のない感情に名前を付ける〉とおっしゃっていて。それがすごく心に残っていて、自分が歌詞を書くときも、いままでになかった言葉の組み合わせを使ったうえで、普段僕たちが抱くような感情を形容することを考えています」

 

――次はライドの『Nowhere』(91年)。さきほどスーパーカーがシューゲイザーの入り口になったとお話されてましたね。

RIDE Nowhere Creation/Ride Music(1990)

 「ええ。ライドもスーパーカーと同じで、難しいことをやっているわけではないんだけど、ものすごく音が大きくて、曲が抜群によくてかっこいいロックを、ごく普通の若者がやっているところにすごく惹かれました。シューゲイズのメジャーな3バンド――マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、ライド、スロウダイヴのなかでは、いちばんとっつきやすかったんです。もともと僕が好きな60年代のビートルズやバーズ、ああいったバンドたちの影響が強く感じられるサウンドだからだと思います。60年代の音楽の影響を隠さず刷新して新しいものとして提示するという姿勢の面でも、影響を受けていますね」

ライドの91年作『Nowhere』収録曲“Taste”
 

――ライドは2014年の再結成以降、精力的に活動していますけど、来日公演も観に行きました?

「再結成後の来日と前作『Weather Diaries』(2017年)のツアーで2回観ています。再結成当初は、音がすっかり枯れておじさんっぽくなったという噂も聞いていたんですけど、いざライヴを観たら確かに昔とは違う面もあるけれど、全然どっしりした魅力があると思いましたね。あと新曲では、いまの音楽にちゃんと反応して現役時代にはなかったアプローチをしているので、本当に感性が若いなと。そういうところもかっこいい」

 

限りなく洋楽に近いけど違う何か

――次はフリッパーズ・ギターの『CAMERA TALK』(90年)。

フリッパーズ・ギター CAMERA TALK POLYSTAR/felicity(1990)

 「小学校時代にビーチ・ボーイズをサンプリングしているユニットがいると聞き※、戦慄しました。〈俺のビーチ・ボーイズになんてことしやがる〉って(笑)。でも、それから時が経ち、高校の頃に聴いてみたら、すごく好きになった。

※91年作『DOCTOR HEAD'S WORLD TOWER -ヘッド博士の世界塔-』の“DOLPHIN SONG”で“God Only Knows”をサンプリングしている
 

フリッパーズの2人は、古今東西のいろいろな音楽をつぎはぎしたうえでストレートに出していくサンプリング的な感覚を持っていて、好きなものは〈好き〉と積極的に言うし、嫌いなものも〈嫌い〉と積極的に言う。そういう素直な姿勢は、作り手としてもリスナーとしても誠実なありかたのひとつだなと思って憧れていた時期があります。彼らを介していろいろな音楽を知っていった部分が少なからずある。フリッパーズは3枚のうちどれが好きみたいな議論はかなりあると思うんですけど、やっぱり純粋に楽曲として歌詞として、いちばん魅力的なものがセカンドだなと僕は思うんです」

フリッパーズ・ギターの90年作『CAMERA TALK』収録曲“Haircut 100 / バスルームで髪を切る100の方法”
 

――渋谷系全体からの影響も大きいですか?

「Venus Peterなんかもすごく好きだし、渋谷系は本当に高校から大学にかけてずっと掘ってましたね。とにかくいちばん刺激を受けたのはその編集感覚というか、いろんな音楽を俯瞰して積極的に取り込み、影響を率直に反映したものを作っていくところ。あとは隠し切れない偽物っぽさというか、限りなく洋楽に近いけれど何かが違うという、僕はその微妙なズレみたいなものが好きだし、そのズレこそ日本の音楽の日本らしさが凝縮されていると思う。偽物っぽい感覚を含めて、自分がめざしている部分でもあると思います」

 

ネオアコはそこまで好きじゃなくて……

――イースト・ヴィレッジの『Drop Out』(93年)はちょっとエッチなジャケットも素敵なネオアコのクラシック。

EAST VILLAGE Drop Out HEAVENLY/exellent.(1993)

 「ネオアコをちゃんと聴きはじめたのが大学に入ってすぐで、イースト・ヴィレッジはバーズとかからの影響が強いバンドとして知ったような気がします。これを言うと意外に思われるかもしれないですけど、実は僕ネオアコ自体はそんなに好きではないんですよ。特にボッサやジャズの要素が入ったもの、チープな打ち込みのものとかは……。イースト・ヴィレッジはバンド・サウンドがしっかりしていて熱量があって、かつ60年代の要素が強いということで、自分にとってはすごく聴きやすいバンドだった。大学2年の秋にイギリスに留学していたんですけど、秋冬の雨がちな気候が絶望的に肌にあわなくて病んでたんです。貴重な晴れ間になると必ずイースト・ヴィレッジを聴きながら歩き回っていました」

――暗いエピソード(笑)。このアルバムは1曲目からグルーヴィーでかっこいいですよね。

「結局好きになるのは根っこがちゃんとロックっぽい熱いバンドなんですよね。ペイル・ファウンテンズもファーストじゃなくてセカンドの『From Across The Kitchen Table』(85年)が好きですし」

イースト・ヴィレッジの93年作『Drop Out』収録曲“Silver Train”

 

同時代のバンドとして門戸を開いてくれた日英のロックスター

――Galileo Galileiの『PORTAL』は2012年。ようやく同時代の音楽が出てきました。

Galileo Galilei PORTAL ソニー(2012)

 「このアルバムに入っている、アニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』のテーマ曲“青い栞”を聴いて、すごく好きになりました。もともとバンドのことは知ってはいたんですけど、それまで正直あまり印象がよくなかった。初期の彼らは味の薄いバンプみたいな捉えられた方をされがちだったと思うんですけど、僕も完全にそういう認識。なので、“青い栞”をはじめて聴いたときに、ちゃんとギター・ポップっぽいというか、音像とかもいままでのJ-Rockっぽい感じじゃぜんぜんなかったので結構ビックリしたんですよね」

Galileo Galileiの2012年作『PORTAL』収録曲“青い栞”
 

「それからしばらくして周りのバンド友達も〈Galileo Galileoはすごい〉と盛り上がりはじめて、“Imaginary Friends”のセッション映像を観て、さらに衝撃を受けました。スタジオ内でメンバーが円形になってシンセを弾いている映像だったんですけど、チルウェイヴとかの流れを完全に汲んだ音だったんです。どうやらこのアルバムは聴かないといけないようだと思い、聴いたところものすごくハマって……という感じですね。

当時はそんなに現行のインディー・シーンへの興味がなくて、音楽の進化は90年代で終わったという意識さえあったんですけど(笑)、Galileo Galileoを入り口にいまのいろいろなインディー・バンドを聴くようになった。アルバム全体を貫いている内省的な空気がすごく好き。当時、就活をしていたんですけどまったく上手くいかなくて、そういう辛い時期にこのアルバムを聴きながら河原を自転車で走っていました」

――これもご自身の暗い体験と結びついているんですね。

「基本的に病んでいて音楽に救われながら音楽をやっているという、そういう話ばかりになっちゃいますね」

――音楽が心の支えになっている人が作る音楽だから、フォトハイの作品にも誠実さを感じますね。Galileo Galileiは、サウンド面で進んでいる部分があまり評価されてこなかったバンドじゃないですか? 逆にいま語られることで本人たち的にも報われる面があるといいなと思います。

「なにぶん初期の邦ロックっぽいイメージのままのリスナーが世の中に多い気がします。そういう意味で、いまはBBHFとして海外のシンセ・ロック勢との同時代的な部分がちゃんと評価されるようになってきているのかな、という印象もある。いいですよね」

 

――次は1975の初作『The 1975』(2003年)。

THE 1975 The 1975 Polydor(2013)

 「彼らの存在を認識したのは、Galileo Galileiが”Chocolate”の日本語カヴァーをやってたからなんです。最初は見た目もチャラいし歌い方も仰々しいし、ホントにいけすかないバンドだなと思ったんですけど、アーティストとして流行りものを勉強しようという意識で、アルバムを買って聴いてみたんです。そこで実は歌詞がものすごく暗いことに気づいた。

犯罪やドラッグの話とか性愛における苦しみとか、あとは家族間の不仲とか、そういった題材の歌ばかりなので、誰が聴いてもどこかしら感情移入できると思った。その後、自分もエモや80年代のシンセ・ポップとかを聴きだすなかで、彼らのルーツが見えるようになってきて、より理解できて。ポップソングとしての強度がどれもほんとにすさまじいし、ライヴを観てもメンバーの存在感がすごい。はじめて聴いたときと自分のなかで180度評価が覆りましたね」

1975の2013年作『The 1975』収録曲“Girls”
 

――1975がこんなにすごいバンドになるなんて、当時は誰も思っていなかった。

「作品ごとにちゃんと前進して違うことをやっていこうという姿勢もすごいと思います。社会意識も高いし、メディア戦略とかもちゃんとコントロールされていて、ホントにいま最もみんながやりたいことをちゃんとやっているバンドだと思いますね」

 

『New Young City』にも強く影響を与えた2作

――いよいよラスト2枚です。いまのUSインディーを代表するロック・バンド、ダイヴの『Oshin』(2012年)。

DIIV Oshin Captured Tracks(2012)

 「音楽を聴き疲れしているとき、何も聴きたくないときに気が付くと聴いているアルバムなんですよね。リリースから数年たって思い返してみても、かなり立ち位置やサウンドが独特というか、ポスト・パンクやシューゲイズ、サーフ・ロック、クラウト・ロックなどいろいろな文脈の流れを汲みつつも、そのどれでもない不思議な音が鳴っているアルバム。曲もメロディーが格別強いわけではないけれど、なんとなく印象に残る。一般的な良い音ではないけれど、ものすごくかっこいい音なんですよね。なんとも形容しがたい不思議な魅力のある作品だと思いますね」

ダイヴの2012年作『Oshin』収録曲“Doused”
 

――ペインズ(・オブ・ビーイング・ピュア・アット・ハート)らが牽引していた2010年代のギター・ポップ・リヴァイヴァルの流れでも独特な作品ですよね。特異点というか。

「自分たちのセカンド・アルバム『he(r)art』はミックスのリファレンスを『Oshin』にしていました。音数自体はそんなに詰まっているわけではないけれど、ディレイとリヴァーブを深めにかけて、それぞれの音を拡散することで隙間を埋めていくというイメージで音作りをした。自分たちの音楽にも、わりとストレートに『Oshin』からの影響が出ていると思います。楽曲単位で見てもダイヴのオマージュのような曲が前作にも今作にもありますしね」

『New Young City』収録曲“Can Little Birds Remember?”

 

――最後の一枚はターンオーヴァーの2015年作『Peripheral Vision』。ギター・ポップ界隈のみならずエモやパンクのリスナーからも熱狂的な支持を集めた作品ですね

TURNOVER Peripheral Vision RUN FOR COVER(2015)

 「これもいままでになかったバランスを持っているという印象でした。言うなれば、キャプチャード・トラックス系のインディーとエモの中間に落とし込まれたアルバム。かつターンオーヴァーの作品のどれとも違って独特の陰りが魅力的で、このアルバムの音や空気感には強く憧れています。『New Young City』でも“繋ぐ日の青”と“ハル、ヨル、メグル。”の2曲は曲間の繋ぎも含めてかなりターンオーヴァ―を意識しました」

――このアルバムの独特な魅力ってなんなんでしょうね。

「ターンオーヴァーはかなり人間味がある音だし、歌詞もストレートな感じの表現が多いですよね。楽曲全体の起伏も、エモに根差したアンサンブルがされている印象。ターンオーヴァーのこのアルバムを境に、アメリカではエモとシューゲイズのクロスオーヴァ―がどんどん進んでいる流れがあるんですけど、以降のバンドは音がもっと歪んでいるんですよね。それらと比べるともっとクリーン。なんやかんやで唯一無二のアルバムだなと思います」

ターンオーヴァーの2015年作『Peripheral Vision』収録曲“Humming”
 

――いくつかのアルバムで、フォトハイの新作への影響についても話が出ましたが、この10枚以外で特に参照点になったアルバムはありますか?

「マスタリングのときはオールウェイズのセカンド・アルバム『Antisocialites』(2017年)をリファレンスとして出しました。彼らのファーストについては、曲はいいけどよくあるインディー・ポップのバンドって感じで特に印象に残らなかったんですけど、セカンドで一気に音の空間処理が複雑になり、曲もより内省的でドリーミーさが色濃くなった。そこが今作を作っているときの自分のムードにもぴったりとはまったので、かなり意識したところではあります。

オールウェイズのセカンドはホントに生活のサウンドトラックみたいなアルバムだと思う。モリーは架空の失恋アルバムを作ったと言っていて、恋人とうまくいっていない状態をいろいろな表現で歌っている曲が多いんですけど、そういう内省的な歌詞やコンセプチュアルな作りも含めて影響されましたね」

 

個人的な記憶と結びつく音楽を作りたい

――今回10枚挙げてみて、夏botさんとしては自分がどんな点に価値をおいて音楽を聴かれていると思いますか?

「うーん……ひとつ言えるとしたら、曲がいいだけのアルバムにはあまり惹かれないかもしれない。なので、ここにあげた10枚の共通項としては、音響的な部分で独特の魅力があるアルバムが多いのかなと思う。サウンド面でのおもしろさがあって、曲がものすごくよくて、歌詞が内省的だったり普遍的だったり。そこに自分が共感できたり、落ち込んでるときに寄り添ってくれたりするような、そういう作品を好きになりがちですね。ひいては自分が作るうえでもそうした作品をめざしていると思います」

――パーソナルな体験に根差して、アルバムが記憶されているのがおもしろかったです。最近はメディアの記事だと自分語りを入れたレヴューなんかは批判されることも多いけれど、やっぱり音楽を聴くことは個人的なものじゃないですか。自分たちの音楽もそうであってほしいと思います?  

「SNSなどで自分のアルバムの感想を見つけたときに、それはもう年に何百枚と新譜を聴いているような方が丁寧にレヴューをしてくださるのもすごく嬉しいんですけど、それ以上に嬉しいのは、どこどこで何をしているときにFor Tracy Hydeを聴いて、それがすごく良くて涙が出たとかそういった個人的なことなんです。

たとえば、最近見たなかで〈彼氏とベッドでじゃれあいながらFor Tracy Hydeの新譜を聴いて、彼氏が帰ったあとにまた1人で聴いている。やっぱりいいアルバムだな〉みたいな書き込みがあった。そういう幸せな聴き方がある一方で、〈最近失恋をしてしまってFor Tracy Hydeが染みる〉みたいなのもあったりして。両極端だけど、そういった個人的な感想をもらうとすごくおもしろいし、〈そういうものをめざしているんだよな、作ってよかったな〉と思う。なるべく個人的な記憶と結びつくものを作りたいですし、受け手側もそれを表現してくださると僕はすごく嬉しいですね」

 


LIVE INFORMATION
For Tracy Hyde『New Young City』 Release Tour『#FTHNYC』東京公演
2019年10月16日(水)東京・渋谷WWW
開場/開演:18:00/19:00
前売り/当日:3,000円/3,500円(いずれも別途1ドリンク代) 
共演:warbear
オープニング・アクト:APRIL BLUE
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