クラシック音楽を聴かない人たちにとって、赤い絨毯の敷きつめられたコンサート・ホールは、文字通り〈敷居の高い〉場所に感じられるかもしれない。ビートがない音楽を、席にじっと座って聴くなんて退屈……と思う人もいるだろう。けれど、もしクラシックをクラブで踊りながら聴くことができたら? ヨーロッパを中心に活躍するシンフォニアクスは、そんな新しい体験をもたらしてくれるグループだ。
ヴァイオリニスト3人、チェリスト2人、ピアニスト、エレクトロニック・アーティスト/コンダクターの計7人からなるシンフォニアクスのメンバーは、いずれも幼少時からクラシックを学び、一流オーケストラの奏者やソリストとして活躍するエリートばかり。しかし彼らは伝統の世界だけにとどまることなく、クラシックとエレクトロニック・ミュージックを大胆に融合させ、ヴィヴァルディ、バッハからコールドプレイ、ダフト・パンクまで、あらゆる音楽を〈シンフォニアクス流〉にアレンジして聴かせる。
来たる11月15日(金)、東京国際フォーラムにて開催される待望の初来日公演に先駆け、プロモーションのために日本を訪れたシンフォニアクス。プロデューサーであり、エレクトロニック・アーティストのアンディ・レオマー、ドイツ出身・ソウル在住のヴァイオリニスト、クリスチャン・キム、スウェーデン出身・デンマーク在住のピアニスト、オスカー・ミカエルソンの3人に話を聞いた。
時代を遡ればリストやパガニーニがポップ・スターだったわけで、
クラシックもいまの音楽も変わりはない
アンディ・レオマー「結成にあたっては、若くて、腕のたつ、優れたミュージシャンを求む!ということで、広告も打ったりして呼びかけたんだ。そうして集まったミュージシャンたちを僕のベルリンのスタジオに呼んでオーディションをした。すでにクラシックのフィールドでキャリアのある人たちが世界中から応募してくれて、かなり遠くからもベルリンに飛んできてもらったよ」
オスカー・ミカエルソン「僕自身、クラシックだけでなくジャズや即興音楽、ポップスの伴奏などクロスオーヴァーに活動していて、いつも〈なんでみんなは音楽をジャンルごとの箱に収めたがるんだろう?〉と思っていたんだ。音楽に境界線なんかないというテーマで卒論を書いている時期でもあったしね。だから友だちが〈こんな募集があるよ〉ってシンフォニアクスの広告を見せてくれたとき、〈まさにこれだ!〉と飛びついたわけさ」
アンディ「クリスチャンが加入したのは、オーディションから1年ほど後の2016年のこと。オーディションでメンバーになったヴァイオリニストがウィーン・フィルの団員にスカウトされちゃってね。それで誰か探さなければ、というときに出会ったのがクリスチャンだった」
クリスチャン・キム(ヴァイオリン)「アンディと出会う前から、僕もオスカーと同じことを考えていたよ。時代を遡ればリストやパガニーニがポップ・スターだったわけで、クラシックもいまの音楽も変わりはないって。実際にベルリンで顔を合わせて、シンフォニアクスのコンサートを見たとき、〈これは絶対にうまくいく。楽しそうだ!〉って思った」
クラシックとエレクトロニック・ミュージックの両サイドへのリスペクト
こうして結成されたシンフォニアクスは、ベルリンで大晦日に開催されるニューイヤー・イヴェントのヘッドライナーとして約100万人の前でパフォーマンスをするなど、ヨーロッパ各地の大規模イヴェントやパーティーに次々と出演。シーケンサーから繰り出されるビートと、LEDディスプレイをバックにしたパフォーマンスで、クラシックをたちまちダンス・ミュージックへと変えて熱狂の渦を巻き起こしている。
しかし、11月13日(水)に日本盤CDがリリースされるファースト・アルバム『SYMPHONIACS』(2016年)を落ち着いて聴くと、彼らの音楽は決して安易にジャンルをミックスさせたものではないことがよくわかる。〈クラシックとポップスの融合〉というと、打ち込みのリズムの上にクラシックの有名なメロディーを乗せただけのアレンジもよく耳にするが、アンディの手がけるシンフォニアクスのアレンジはもっと繊細にして緻密。たとえばバッハの無伴奏チェロ組曲第1番では、アコースティックな楽器の響きにエレクトロニックなリズムが少しずつ絡んでいって、全体が見事に調和しながら高揚していく。
SYMPHONIACS SYMPHONIACS WARNER MUSIC JAPAN/Universal Music GmbH(2016)
クリスチャン「アンディのアレンジはクラシックとエレクトロニック・ミュージックの両サイドにきちんとリスペクトを払っている。だから僕らも、いつも自分たちが手にしている楽器で、EDMやポップス、ロックなどあらゆる音楽をまったく違和感なく演奏することができるんだ」
アンディ「なにより良い音楽があること、それを弾ける腕があることが大前提だよね。クラシックの楽器のために書かれたのではない、ラップトップやシンセサイザーで書かれたであろうポップス曲の素材を、どうやってクラシックの楽器に移し替えるか。僕がそうやってアレンジをする際にいつも考えるのは、クラシックもポップスもダンス・ミュージックも、突き詰めれば構造としては同じなのではないかということ。クラシックのオーケストラを聴くと複雑で壮大な音楽に聴聞こえるけれど、まず主題となるメロディーがあって、それがさまざまに反復・展開しながら進んでいくという意味においては、ダンス・ミュージックも同じなんだ。ダンス・ミュージックもシンプルなメロディーを2度、3度と繰り返すなかで、セカンド・ヴォイス、サード・ヴォイスを加えて膨らませていくからね」
かようにしてヴィヴァルディの名曲“四季”もシンフォニアクスの手にかかればスリリングなダンス・ミュージックに変身するわけだが、同時にダフト・パンクの“Aerodynamic”やコールドプレイの“A Sky Full Of Stars”をクラシックの楽器で演奏すると、楽曲の持つエモーショナルな側面が引き立ってくる。
オスカー「その通り。自分がよく知っているヒット曲をシンフォニックにアレンジすることで、同じ曲なのに受けるイメージが全然変わるなって、良い意味で驚かされることがよくあるよ。より人間味が増すというのかな」
アンディ「やっぱり人間がやっている、しかもとびきり腕の良いプレイヤーが演奏することによって、デジタルの世界にはなかなか存在しないオーガニックな手ざわりや、人間らしいエモーションが浮き彫りになるよね。もちろん、デジタルだから可能になる新しいサウンドもあるけれど、そうじゃないおもしろさがクラシックの楽器にはあると思う」
たしかに、彼らが互いにアイコンタクトをとり、息を合わせて演奏する姿はクラシックのアンサンブルそのもの。それを機械的なリズム・トラックの上でも自由さと即興性を失わずにプレイするには、とびきり高度なテクニックと卓越したセンスが必要不可欠である。加えて、コンサート会場でエレクトロニックな音とアコースティック楽器の響きのバランスをとるのは至難の業。シンフォニアクスは、その一歩踏み外したら崩壊するギリギリのラインをアグレッシヴに攻めてくる。
アンディ「音量や響きのバランスを考えたら、アコースティック楽器ではなくエレクトリック・ヴァイオリンやエレクトリック・ピアノを使ったほう方が楽なのかもしれないけれど、そこはあえてアコースティック楽器にしているんだ、僕のラップトップ以外はね。もっとも、僕もDJミックス的なことをステージ上でやっているという意味においては〈生〉であることに変わりはないんだけど(笑)」
クリスチャン「ラップトップやシンセサイザーで作られた音楽を、僕らがアレンジして、ピュアなクラシックの楽器でお届けするというのがシンフォニアクスのコンセプトなので、そこにエレクトリックな楽器は持ち込みたくないんだ。エレクトリックとアコースティック、デジタルとクラシック、ふたつのかけ離れた世界をどう融合させるかが僕らの腕の見せどころ。そこはやっぱり、僕らがいつも弾いている、いちばん得意な楽器で勝負したいんだよね」
アンディ「いまのクラブ・ミュージックはすごくラウドなので、僕らのコンサートではみんなで盛り上がる曲だけでなく、クラシックをありのままの形でしっかり聴いてもらう部分もあるんだ。クラブでは経験できないような、クラシックならではの親密感を味わってもらえると思うよ」
ジョルジオ・モロダーが気に入ったと電話をくれて……
そう聞くと、東京国際フォーラムでのコンサートがどんなものになるのか、ますます楽しみになってくる。
アンディ「最近はオリジナル曲を少しずつ書くようになって、2曲出来たので、それを今度の東京公演で初披露しようと思ってるんだ。世の中には良い曲がいっぱいあるから、僕らの基本的なスタンスは既存の曲をアレンジするところにあるけれど、スタジオであれこれやっているとアイデアが次々に出てきて、良い感じのメロディー・ラインも浮かんできて。それなら作ってみようかなと」
オスカー「長い歴史を誇るクラシックの中にも、これはアレンジしたらクールなダンス・トラックになりそうだとか、熱いロック・ナンバーになりそうだと思う曲がたくさんある。そういった曲をまるごとではなく、テーマをちょっと拝借したり、要素を部分的に取り入れながら、自分たち独自の作品を仕立てるっていうこともやってみたいな」
今回が初来日公演ということで、コンサートに集まるお客さんはどんな雰囲気なのかも気になるところ。
アンディ「それは僕らもわからないので、すごく楽しみにしているよ。年配の方が踊ってくれるのを見るのも嬉しいし、クラシックのコンサートなんか行ったことのない若者が〈来てみたらすごく楽しかった!〉とはじめての経験をしてくれるのも嬉しい。シンフォニアクスをきっかけに、本格的なクラシックに興味を持ってくれたら、それは本望だね」
クリスチャン「ドイツで開いたクラシックなリサイタルにシンフォニアクスのファンの人たちが来てくれたこともあったし、逆にソウルでリサイタルをやったときは、クラシック・ファンのお客さんに〈今度東京でシンフォニアクスのコンサートやるんでしょ? 行くからね!〉と言ってもらった。そういったこと自体が、僕らのメッセージだよね。クラシックだポップスだと対比させる必要すらなくて、すべて同じ音楽だよって。良い演奏を聴いてもらって、みんなでわかち合えればそれが音楽だよって」
最後に、尊敬する音楽家を尋ねてみた。
アンディ「最近、ジョルジオ・モロダーが僕らの音楽を気に入ったと言って電話をくれたんだ。来年80歳を迎えるというのにまだまだ現役で、一緒にコンサートをやりたいって。ジョルジオ・モロダーといえば、エレクトロニック・ミュージックを作った祖のひとりであり、彼の存在があってこそいまの新しいサウンドがあると思うので、とても光栄だよ」
クリスチャン「尊敬する音楽家……いっぱいいすぎて挙げられないよ。僕が音楽をやってきたなかで学んだ姿勢に、オープンに構えて、〈これも良いね、あれも良いね〉って良いと思うものはどんどん取り入れるというのがあるんだけれど、いまの活動はまさにそういう感じさ」
オスカー「僕も同じく! 毎日が実践だよね。壁を取っ払っていろいろな音楽を吸収し、届けていきたいと思っているよ」
シンフォニアクスが提案するクラシックの未来形を、ぜひいち早く体験してみてほしい。
LIVE INFORMATION
The Very First Japan Show 2019
2019年11月15日(金)東京国際フォーラム ホールC
開場/開演:18:15/19:00
チケット:指定席 9,000円/学生席 5,000円/前方VIP席(プレミアムギフト付)20,000円
握手会参加券 2,000円/握手会&撮影会参加券 3,000円
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