天野龍太郎「Mikiki編集部の田中と天野が海外シーンで発表された楽曲から必聴の5曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。先週の話題って言ったら、そう! フランク・オーシャンですよね!!」
田中亮太「そんな興奮しないでくださいよ……」
天野「だって、全然動向がつかめないフランキーですから、何かしら動きがあるだけでも爆上がりしちゃうじゃないですか! というわけで、フランクのひさびさの活動は10月17日に彼が米NYCでホストした〈PrEP+〉というパーティーです。〈PrEP+〉はHIVの〈曝露前予防投与(PrEP)〉に由来していて、これによって現在の薬ではHIV感染の約90パーセント予防できると言われています。そんな〈PrEP〉が80年代、NYCのクラブ・シーンにあったら……、という想定のパーティーが〈PrEP+〉なんです。〈PrEP+〉では“Dear April”“Cayendo”という新曲がアナウンスされ、それぞれジャスティスとサンゴーがリミックスしたものが披露されました。19日には新曲の7インチ・シングル2枚、〈Blonded〉と〈PrEP+〉ロゴTシャツを自身のサイトで販売。さらに〈Beats 1〉で〈blonded RADIO〉を放送し、新曲“DHL”を発表しました。とりあえず、先週末はフランク・オーシャン祭りだったんです! っていうか、〈PrEP+〉はアルカなんかを迎えて今日(現地時間24日)もやるそうですよ!!」
田中「詳しすぎる解説、ありがとうございます(苦笑)。それでは、そんな流れで今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から」
1. Frank Ocean “DHL”
Song Of The Week
天野「はい。というわけで、〈SOTW〉は当然、フランク・オーシャンの“DHL”です。異論はないですね?」
田中「ええ、まあ……。純粋な新曲としては“Provider”(2017年)以来2年2か月ぶり。話題性は十分ですし、これ以外ないと思います。現地時間19日にリリースされたので、実は対象期間外なんですが、天野くんのゴリ押しで特別に選出しました。曲調は、いわゆるダウンテンポ。トリップ・ホップを引き合いに出していたリスナーもいたように、かなり暗くて遅いヒップホップ・ビートです。最新のインタヴューでは〈テクノ、ハウス、フレンチ・エレクトロに興味があるんだ〉と語っていたのに……」
天野「そのあたりは〈PrEP+〉やジャスティスとのコラボレーションで回収しているんでしょうね。でも、実はこの“DHL”にはエレクトロのプロデューサーであるボーイズ・ノイズが関わっていて、無関係でなくもない。どろんとした酩酊感のあるビートの上でフランクは、ほとんどラップのようなパーカッシヴかつルーズなフロウで歌っています。歌詞はFワード、Bワード、Sワードが連発されていて、彼流のラップと言えそう。スターバックス、Uber、カワサキのバイク、フーヴァー(掃除機メーカー)、パリ(のファッション・ウィーク)……と、フランクにとって身近だであろう固有名詞がたくさん出てくるところもおもしろいですね。曲名の〈DHL〉はFedExみたいなドイツの国際宅配便ですが、〈UHL(U-Haul lesbians)〉というジョークにかけた〈すぐに関係が進展する同性愛の人々の関係性〉を意味している、という解釈をしている人もいます」
田中「なるほど。フランクはクラブのナイトライフへの興味が高まっているようですが、この曲は夜が明けて、クラブがクローズした後の気怠い朝に聴くのがいいチルな音かもしれませんね。そんなときに聴いたらつい寝ちゃいそうなサウンドでもありますけど」
2. Vagabon “Every Woman”
天野「2位はヴァガボンの“Every Woman”。カメルーン出身、NYCで活動するシンガー・ソングライターで、セルフ・タイトルド・アルバム『Vagabon』を先週、老舗のノンサッチからリリースしました」
田中「“Every Woman”はギターの弾き語りが中心の楽曲で、一聴地味だと思われそうですけど、淡々とした歌の奥底にとてつもない力強さを感じます! 特に歌詞がすごく感動的なんですよね」
天野「そうなんですよ! 〈ピルとともに朝が始まる〉という最初のラインが衝撃的で、これが2番では〈ある禁止とともに朝が始まる〉と変わるんです。女性が置かれている状況を描写することからスタートし、〈私が会う女はみんな疲れている〉と続きます。その後のヴァースは、〈私は誰のものでもない〉〈私はあなたからの許可なんて求めない〉〈私たちはただ私たちであり/だけど一人ぼっちではない〉と束縛からの解放と連帯を訴える、すばらしいもの。全部訳したいくらい感動的ですね。まさに〈すべての女性たち〉に捧げられた、ひそやかな名曲」
田中「そうしたメッセージが、あえてエモさを抑制した曲調で歌われていることで、より切実なものとして伝わってきますよね。この曲のミュージック・ビデオは、同じくカメルーンの映像作家、リノ・アサナが監督しています。ヴァガボンが幼少期を暮らした同国での生活を、思い出させるものになっているそう。泡のような透明なテントは、彼女が自分自身でいられる空間を象徴ているんでしょうね」
3. Ghetto Sage “Häagen Dazs”
田中「つづいてゲットー・セージの“Häagen Dazs”が3位。ノーネーム、サバ、スミノという、以前からたびたびコラボしてきたラッパーたちによる新ユニットです。まあ、間違いない3組っていう印象なんですけど(笑)」
天野「〈PSN〉常連の面々ですね(笑)。いずれもチャンス・ザ・ラッパー周辺での活動でも知られています。スミノはセントルイス出身ですけど、大学がシカゴだったそうで、シカゴ・シーンの一員という印象も強いです」
田中「特にサバとノーネームはソウルフルなサウンドが人気ですけど、この“Häagen Dazs”は少し雰囲気が異なりますね。トラックを手掛けたのはPRODXVZN。今年の8月に〈PSN〉で紹介したスミノの“Reverend”にも関わっていました。ミニマルでヒプノティックなビートが、この人の作家性なのかなと」
天野「マイクを握るのは、スミノ、サバ、ノーネームの順。いずれも各人のキャラクターが出ていてかっこいいんですが、1分50秒くらいから始まるサバの超早口ラップが強烈。このユニットでの今後の活動も気になります。3人で来日してほしいですね!」
4. Beck “Uneventful Days”
田中「ベックの”Uneventful Days”が4位。今年の4月に来る新作『Hyperspace』の収録曲として”Saw Lightning”がリリースされたっきり、しばらく続報がなかったんですが、ようやく新たなリード曲が届きましたね!」
天野「この曲とアンビエントな作風の“Hyperlife”が同時に発表されました。また、アルバム『Hyperspace』のリリース日も11月22日(金)に決定。コールドプレイのクリス・マーティンやスカイ・フェレイラも参加しているようです。楽しみですね」
田中「“Saw Lightning”と同様に”Uneventful Days”もファレルとの共作。とはいえ、ポップでダンサブルだった前曲とはうってかわって、こちらはドリーミーなバラード。アンビエントなシンセの音色と柔らかな打ち込みのビートが印象的です。ちょっとニューエイジ的で、ヴェイパーウェイヴな雰囲気もありますね。Local Visionsと同じ時代を生きている感覚というか」
天野「それはよくわかんないんですけど……(笑)。ベックはにとってはもちろん、ファレルのプロデュース曲としても新機軸でフレッシュ。さて、この曲はMVにも注目。ブラッド・オレンジことデヴ・ハインズが監督を務め、エヴァン・レイチェル・ウッドら著名な女優が出演しています。“Devil's Haircut”(96年)や“Sexx Laws”(99年)のビデオでベックが着ていた衣装が登場することでも話題ですね! 90年代からのファン歓喜、なサーヴィスっぷり」
5. Eartheater “Fontanel”
天野「5位はアースイーターの“Fontanel”。先週末に突如リリースされたミックステープ『Trinity』からのシングルです」
田中「アレクサンドラ・ドルーチンことアースイーターはスペイン出身、NYのクイーンズで活動するアーティスト。ガーディアン・エイリアンというバンドで活動したのち、アースイーターとしてスリル・ジョッキー、ハウス・マウンテン(Hausu Mountain)、そしてPANといった先鋭的なレーベルから作品を発表しています」
天野「彼女の音楽はエクスペリメンタルな電子音楽ではあるのですが、前作『IRISIRI』(2018年)ではストリングスやハープも使われていましたし、ふわっとした軽よかさがあって不思議なんですよね。初期のジュリア・ホルターやグライムスと比べてもいいかもしれません。彼女のヴォーカルが入っているから、どこかポップでもあります。個人的にはPANからリリースされた『IRISIRI』がele-kingの年間ベスト1位に選ばれていたことをめちゃくちゃ覚えていて、編集長の野田努さんがずいぶん入れ込んでいるんだなって思いました。昨年から海外メディアでも話題になっていて、いま注目すべき音楽家の一人だと思います」
田中「そんなアースイーターの新作は、自主レーベルの〈Chemical X〉から発表されました。これまでの作品と比べると一気にビート志向になり、インダストリアル的な重さとダンス・ミュージック的な軽さが同居。この“Fontanel”も例外ではなく、多重録音されたヴォーカルには聖歌のようなムードと浮遊感がありますね。ラテン・トラップとダブステップが混ざったようなビートもユニーク。異形の音楽だけど親しみやすい、独特のバランスが魅力的で、新作で一気に注目を集めそうです」