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映画音楽の革新はホラーからはじまる

――最近の映画音楽の潮流って意識してますか? こんな音が増えていて、それに対してこう感じているとか。

ロパティン「良い質問だね。思うんだけど、テクスチャーや音響的にもっともおもしろいことは、たいていホラー映画の分野で起きる。それはホラー映画というジャンルが優れているからじゃなくて、音響的な実験を許すジャンルだから。実際、実験することを求めるジャンルなんだよね。

おそらく『ヘレディタリー/継承』(2018年)のアリ・アスターがいまやってることもそれに連なってる。彼はすごく興味深いと思う。SFやホラーみたいなジャンルは、普通の生活の外にあるものを見せようとしてるよね。〈普通〉をシュールレアリスムによって高めようとしている。だからこそ、音楽が重要なんだと思う」

「ヘレディタリー/継承」トレイラー映像
 

牛尾「僕は結構甘えていて、さっきも言ったんですが、スコアは自分の作品のためにある、自分の作品もスコアのためにあるみたいな感じなので、そんなに最近の潮流とかは考えてないんです。好きなことをやって、それをおもしろがってもらえるうちはがんばろうと思います。でも、そのために何か、スコアのために何かやろうとか、自分を変えようという意識は全然なくて。言葉は悪いですけど、アーティスト活動の肥やしにしてやろうっていうくらい、セルフィッシュな気持ちでやってます」

ロパティン「その姿勢には100パーセント同意できる。それこそ、自分から最高のものを引き出す方法だしね。たとえば僕に、〈こういうのが欲しいからやってくれ〉と命じるのは可能なんだけど、それだと僕は良い仕事ができない。余裕やスペース、ある種の自由が必要なんだよね。そうしてはじめて、僕になれる」

牛尾「これからもスコアの仕事は続けますか?」

ロパティン「うん。すごく刺激を受けるからやっていきたい。よく覚えてるんだけど、『グッド・タイム』のあと、アルペジオやシーケンサーにはもううんざりしていてね。その反発として『Age Of』(2018年)を作った。君が言ったように、スコアの仕事が自分の作品に跳ね返ってくる。『グッド・タイム』のスコアを作らなければ、『Age Of』は生まれなかったかもしれない。だからこそ、行き来するのが好きなんだよね」

牛尾「そこがバランスなんですよね」

OPNの2018年作『Age Of』収録曲”Black Snow”

 

2人のお気に入りのサウンドトラック

ロパティン「僕からも質問があるんだけど、いいかな。君はアニメのスコアをたくさん手がけてるんだよね? もし、君が無人島にひとつ持っていくとしたら、どのアニメのスコアにする? それか、聴いてて〈くそ! なんで俺がこれ作らなかったんだ!〉と思うようなアニメのスコアを教えてほしい」

牛尾「難しいな……。知らないと思うんですが、『ココロ図書館』(2001年)というアニメがあって。日本の典型的な萌えアニメなんですが、スコアが素晴らしいんですよ。世界的なエレクトロニック・ミュージックのヒーローにこれを挙げるのは、なんかすごく変な感じですが(笑)。でも、スコアはギターをベースにしていて、すごく良いんです」

※音楽担当は保刈久明
 

ロパティン「聴かなきゃ。僕は『ベルセルク』(97年~)のテーマ曲が好きなんだ」

牛尾「平沢進さんの作曲ですよね」

ロパティン「すごくダイナソーJr.っぽい、J・マスキスに近いものがある(笑)。あのテーマ曲がね。シリーズ全体のスコアは知らないんだけど」

牛尾「ずっと思っているのが〈エヴァンゲリオン〉は、」

ロパティン「音楽が良くないよね(笑)」

牛尾「ヨハン・ヨハンソンについてはどう思いますか?」

ロパティン「亡くなったのがすごく悲しい。1度会ったことがあるだけで、そのときも短い時間だった。でも、興味深い会話ができたんだ。彼はテープのテクニック、ループについて話していて」

牛尾「2016年の映画で、ヨハン・ヨハンソンがスコアを手がけた『メッセージ』のドキュメンタリーを見ました。興味深かったです」

ヨハン・ヨハンソン制作「メッセージ」サウンドトラック(2016年)のトレイラー映像
 

ロパティン「まさに天才だよね。朝食を食べながら話しただけなんだけど、そのときの言葉を全部書き留めておけばよかったって、とても後悔してるんだ。いまじゃもう砂粒となって飛び散ってしまうだけだからね、彼が死んでしまって。彼の最後のスコアは『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』(2018年)という映画なんだけど、ある意味美しい遺作になったと思う。すごくアグレッシヴで、彼の別の側面を見せている。いなくなって寂しいよ」

――最後の質問です。それぞれフェイヴァリットのスコアを挙げていただけますか?

牛尾「僕はやっぱり、『メッセージ』のスコアですね。トラディショナルな部分とプログレッシヴな部分のバランスがすごく良いと思います。伝統的な楽器とテープ・エディットとか。あとはオダギリジョーが監督を務めた『ある船頭の話』(2019年)という日本映画です。ジャズ・ピアニストのティグラン・ハマシアンがスコアを手がけていて、ジャズなんだけど、典型的なジャズじゃない音なんですよ。それがすごく新鮮に感じました」

「ある船頭の話」トレイラー映像
 

ロパティン「フェイヴァリットのリストを作るのは好きなんだよね! 僕はたいてい半年のサイクルでハマるから、オールタイムの好きなスコアじゃなくて、最近よく聴いてるのを挙げるよ。

いま聴き込んでいるのは、あまり知られてないダーティーなホラー映画のスコアだね。特に80年代のNYで撮られたホラー映画。ひとつは、ダグラス・チーク監督の『C.H.U.D』(84年)。人喰いのヒューマノイドの化けものが地下に棲んでるっていう変な映画。でも、音楽がクールなんだ。

あとジム・ミューローが監督の『吐きだめの悪魔』(86年)の音楽も良い。うちの近所で撮られたものでね。テーマ曲がとても素晴らしくて、ひどい映画には美しすぎるくらいのサウンドなんだ。あとは、エマーソン・レイク・アンド・パーマーのキース・エマーソンが手がけた『インフェルノ』(80年)のスコア。最近はそういうのを聴いてるよ」

「吐きだめの悪魔」のエンディング・テーマ