
「琉球響は発足当時から財政基盤が確率できず、〈いつまで続くか〉の不安を常に抱きながら〈恒常的な活動だけは続けよう〉との熱い思いを胸に、年2回の定期演奏会を死守してきました。もちろん学校の訪問、小規模の音楽教室など地域密着の教育活動も沖縄在住のメンバーを中心に粘り強く続けています。私が直接かかわるのは基本的には年2回の定期演奏会です。約35人の固定メンバーにエキストラを交え、幅広いレパートリーに挑んでいます。『クラシックへの挑戦状』を書いたきっかけでもありますが、私の考えは現在、クラシック音楽を演奏するオーケストラが社会の中で存在することへの根源的問題へ絶えず向かっていくのです。18~20世紀の西欧社会で急激に発展・熟成した音楽財産が今もクラシック音楽の中心であるなか、21世紀の日本社会の市民にどのような音楽のニーズがあるのか、私たちははっきり把握できているのでしょうか? 以後も時代ごとの新作が生まれ続けていても、どれだけ人々の心をとらえ、必需品となっているかに関してはもう一歩踏み込んで、真摯にとらえる必要があります。単純に〈聴きやすい〉ではなく〈本当に人の心を揺さぶる〉ことこそ、作曲の第一義であってほしいのです」
「私は佐村河内守さんの交響曲を指揮したことで(後にゴーストライターの存在が判明)、一部の人達から批判にさらされました。代筆した新垣隆さんは桐朋学園の後輩で日本を代表する作曲家、故・三善晃先生の高弟でしたから、しっかりしたスコアでしたし、この作品をとり上げたプロセスも含め憶測や事実誤認の発言があった事は残念でした」
「AI(人工知能)が作曲や演奏の分野に進出するなか、私が危惧するのは、様々なプロセスを省いてもある程度の結果が得られる社会になってしまうことです。プロセスの手間ひまかけず、簡単につくられたものに人は感動しないのではないでしょうか? 〈でも大友だって初音ミク(ヴォーカロイド)が歌う作品を演奏、録音したじゃないか〉と言われるかもしれませんが、あの《イーハトーブ交響曲》は最晩年の冨田勲先生の長年の夢と思い入れが詰まった実験的な作曲でした。私も最初は初音ミクに疑問もありました。しかし〈宮澤賢治の世界を交響曲で描きたい〉との願いをどういう響きで表現するかを究めるプロセスで、冨田先生は初音ミクに出会い、〈賢治の現実とはかけ離れた四次元の世界を描くのに最適のキャラクター〉と判断とされたのです。私たち職業音楽家の使命とは、聴衆に圧倒的な何かを感じてもらうための創作に取り組み続けることなのだと、改めて思いました」
「日本のクラシック音楽界に希薄で、欧米で強いのはエンターテインメントビジネスの自覚です。〈何をすべきか〉といった高尚な話ではなく、常に〈何かしなければ生き残れない〉世界です。敢えて日本人音楽家についてコメントすれば自分も含めこの認識が甘いのかもしれません。交通も通信も発達した今の世の中、日本の音楽の現場がもう少しグローバル化すべきとの考えから若い才能を世界中から集める音楽セミナー〈ミュージック・マスター・コース・ジャパン(MMCJ)〉にも20年前から取り組んできました。私は若い頃から20年先を生きるのがモットーでしたが、日頃から思ってきた事などを中心に『クラシックへの挑戦状』を書かせていただきました」
大友の熱い思いが〈真実〉なのか〈怪気炎〉なのかについては、クラシック音楽に興味のある人それぞれが判断すべき設問だろう。琉球交響楽団の新譜『沖縄交響歳時記』、あるいは東京公演にじっくりと耳を傾けるとき、その答えの一端は明らかとなるはずだ。
大友直人(おおとも・なおと)
1958年東京生まれ。桐朋学園大学を卒業。指揮を小澤征爾、秋山和慶、尾高忠明、岡部守弘各氏に師事。桐朋学園大学在学中からNHK交響楽団の指揮研究員となり、22歳で楽団推薦により同団を指揮してデビュー。以来、国内の主要オーケストラに定期的に客演するほか、日本フィルハーモニー交響楽団正指揮者、大阪フィルハーモニー交響楽団指揮者、東京交響楽団常任指揮者、京都市交響楽団常任指揮者兼アーティスティック・アドバイザー、群馬交響楽団音楽監督を経て、現在、東京交響楽団名誉客演指揮者、京都市交響楽団桂冠指揮者、琉球交響楽団音楽監督。
寄稿者プロフィール
池田卓夫(いけだ・たくお)
東京都出身の戌年天秤座。1981~2018年は新聞記者。1988~92年のフランクフルト支局長時代〈ベルリンの壁〉崩壊やドイツ統一を現地から報道した。音楽についての執筆は高校生で始め1986年以降、「音楽の友」「intoxicate」など専門誌に寄稿。現在は〈いけたく本舗〉の登録商標でフリーランス。解説MC、通訳、コンクール審査、地方自治体の文化政策アドバイザーなども行う。公式HP→https://www.iketakuhonpo.com/
LIVE INFORMATION
アルバム発売コンサート
東京サントリーホール公演壮行コンサート
○2020年4月3日(金)18:00開場/19:00開演
【会場】アイム・ユニバースてだこホール(沖縄・浦添市)
https://www.tedakohall.jp/
琉球交響楽団創立20周年記念コンサート
2020年4月6日(月)18:15開場/19:00開演 ※延期
2020年6月12日(金)19:00開演 ※延期
2021年6月21日(月)19:00開演
【会場】サントリーホール(東京)
【出演】辻井伸行(ピアノ)/大友直人(指揮)/琉球交響楽団
【曲目】
モーツァルト歌劇《皇帝ティートの慈悲》序曲
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
辻󠄀井伸行:沖縄の風(琉球交響楽団 創立20周年記念委嘱作品)
萩森英明:沖縄交響歳時記 ※沖縄の四季折々の豊かな風物や風習を織り込み、最終楽章にカチャーシーを取り入れ〈島人魂〉を詰め込んだ全6楽章からなる大作https://avex.jp/classics/ryukyu2020/