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社会のなかで零れ落ちた声

 そんなASA-CHANG&巡礼にとって2016年の前作『まほう』以来となるアルバムが、先頃リリースされた『事件』だ。タイトル曲ではいとうせいこうをフィーチャー。〈抗議/人間/神様〉という言葉がひたすら繰り返されるこの曲は、美しくも歪な〈巡礼スタイル〉としか表現しようのない楽曲だ。

 「以前、とある新聞記事で(アブバカル・アウドゥ・)スラジュさんというガーナ人の方が入国管理局の外国人収容施設で書いた漢字の書き取りを目にしたことがあったんですね。スラジュさんはその後、強制送還されることになり、飛行機のなかで急死してしまうんですよ。スラジュさんの拙いけど鬼気迫る漢字には、うまくいかない苛立ちや日本への思いがあって、なぜか〈巡礼っぽい〉と思ってしまった。2年ほど前、ASA-CHANG&巡礼でドイツをツアー中、スラジュさんのその漢字を思い出してしまい、“事件”という新曲の歌詞とリズムを書き上げてました」。

 また、台湾人女性のヴォイス・サンプルを解体/再構築した“ニホンゴ”は、台湾北東部宜蘭県のごく一部で話されている言語〈宜蘭クレオール〉がヒントとなって生まれた楽曲。宜蘭クレオールは台湾が日本に統治されていた時代に覚えさせられた日本語と先住民族の言語が混ざり合い、独自に発展した混成言語で、現地では〈ニホンゴ〉と呼ばれているという。ASA-CHANGは複雑な背景を持つ台湾流の〈ニホンゴ〉に着目し、“ニホンゴ”という美しい楽曲を書き上げたわけだ。

 アルバム・ジャケットではパスポートを模したアートワークが施されているように、今回の『事件』というアルバムは、ASA-CHANG&巡礼のこれまでの作品のなかでももっともメッセージ色の濃い作品ともいえる。ASA-CHANGが今回のアルバムで伝えようとしているものとは何なのだろうか?

 「前のアルバムは〈個人〉がテーマとなっていたんですけど、今回は社会のなかで零れ落ちた声がモチーフとなっているとは思います。特に“事件”と“ニホンゴ”という2曲にはそういうところがあるんじゃないかな。ただ、僕自身はストレートに世を憂うような音楽表現には抵抗感があったんです。僕の性質自体、日陰や凹みに美しさを感じてしまうところもあると思うんですけど、それがいつまにか社会の歪みを突くものになってきた。そのことは自分でも感じますね」。