ベートーヴェンの作品はクラシック音楽の基本の中の基本。やはり魅力あふれる〈美メロ〉の宝庫。そして、聴き手の気持ちをまとめたり、時には前へ進めたりしてくれる力強いエネルギー。〈オン〉にも〈オフ〉にも使える。もちろんそのエッセンスを簡単に知る工夫が凝らされたディスクもすでにあります。でもこのセットの特色の1つは、序曲や小品も含め選びつつ、交響曲やソナタなどの1曲を全部収めてあること(“運命”に始まり、“運命”に終わる配列、最後のリストによるピアノ編曲版は第1楽章のみですが、続きをどの曲どの1枚にするかは聴き手次第……)。複数の楽章がある作品の様々な表情と奥行きをしっかりと味わうことができるのです。
それならば時には、〈緩徐楽章〉と呼ばれる、ゆったりとした楽章を聴いてみましょう。“運命”交響曲でしたら、第2楽章。〈いかにもベートーヴェン!〉と唸ってみたくなる格調に満ちた楽想が丁寧に変奏を重ねられた末に、雄大に広がり、大事に仕舞われていく。また例えば、当時の弦楽四重奏曲のイメージを覆す破格のスケールをもつ名作、弦楽四重奏曲第7番“ラズモフスキー第1番”。第3楽章のアダージョでは、旋律が離れたり重なったりする中で強い決意を示すように奏でられる美しいひと節が、余韻を繰り返し残してくれることでしょう。
旋律や響きの細部の美を感じ確かめたり、見つけたりすることで、さらにふくらむ聴く愉しみ。これはクラシック音楽を聴く醍醐味のひとつ。生誕250年を記念するこのベートーヴェンのセットは、その愉しみへの〈いざない〉と、次への〈ひらけ〉を用意してくれるはずです。