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松田聖子はアイドルの歌い方を発明した

――そう考えると、松田聖子って奥が深いですね。

「そうですね。新宿二丁目の方たちも聖子ちゃんが大好きですし。松本隆の歌詞がいいんですって。……〈いいんですって〉って、僕もいいと思います(笑)。松本隆の詞の世界を聖子ちゃんが歌うのが、もうたまらないという。

新宿店の同じフロアで働いている、アイドル好きの若い女性スタッフも好きだと言っていました。彼女は〈NO MUSIC, NO IDOL?〉に出ていた〈ねもぺろ(でんぱ組.incの根本凪と鹿目凛)〉やハロー!プロジェクトが大好きなんです。けど、聖子ちゃんの素晴らしさについてもよく話をします。いわく、〈とにかく顔がかわいい〉と(笑)」

――(笑)。〈顔〉といえば、TOWER VINYLではすごい展開がされていました。エスカレーターを上がったところに、聖子ちゃんの顔がたくさん並んだ横断幕が掲げられています。

「どの顔も雰囲気がちがうのですごいですよね。8階スタッフの彼女のように、掘り返して聴いている人もいるんじゃないかな。

そのスタッフの子とよく話すのは、松田聖子以前はアイドルの歌い方が確立されていなかった、ということです。当時、一生懸命上手く歌う人もいれば、下手っぴなままで歌う人、ニュー・ミュージックっぽい歌い方をする人もいました。でも松田聖子は、〈アイドルはこう歌うべし〉というものを発明したんじゃないかなと。

いまのボカロ(ヴォーカロイド)歌唱や、乃木坂46のように全員でユニゾンする歌い方も発明じゃないですか。それと同じように、松田聖子も〈アイドルの歌い方〉を発明した人なんだなって」

――なるほど。その観点はおもしろいですね!

「でもさっき言ったように、僕はジャズ・ヴォーカルとして聴くんです。声の倍音成分や鳴り方が本当に気持ちよすぎて、聴いているといつも寝ちゃうんですけど(笑)。

制作にYMOや松武秀樹さんが関わっている曲もあるので、いまのバレアリック/和レアリックの流れでも聴けますしね。演奏しているプレイヤーもすごいし、細野晴臣さんや大滝詠一さん、ユーミンなど、作曲家陣もすごい。なので〈懐メロ〉じゃなくて、純粋にサウンドとしてすごいなと思います。

サウンドはすごいけど、ヴォーカルが微妙なレコードも多いんです。だから、ヴォーカルって重要なんですよね。再評価された間宮貴子のように、サウンドとマッチして抵抗なく聴き流せる歌い方をできる人、声質を持った人は意外と少ない。いい意味で個性がないことも重要です。

松田聖子のすごいところは、ヴォーカリストとしての才能がサウンドを完全に凌駕しているところ。それを当時の日本最高峰のスタジオで録って、お金をかけてプレスしているんだから、悪いわけがないですよね」

――すべてが揃った完璧な録音芸術というわけですね。それがこうしてレコードとして残っているので、いまも楽しめると。

「遺産ですよね。何千、何万枚とレコードを持っている人でも改めて気づくことがあるので、奥が深い。さらに手軽に買えるので、レコードに興味を持った若い人たちの入り口としてもいいと思います」

――TOWER VINYLでも中古盤を扱っていますしね。ところで、田中さんが好きな松田聖子の7インチ・シングルは?

「残念ながらこの『Bible』には入っていないんですけど、“小麦色のマーメイド”(82年)がすごく好きです。“蒼いフォトグラフ”(83年)とか、ミッドテンポのメロウな曲が好きなんですね。

“青い珊瑚礁”(80年)や“赤いスイートピー”(82年)を聴くと、小学生の頃の思い出がよみがえってきちゃいます(笑)」

82年のシングル“小麦色のマーメイド”

83年作『Canary』収録曲“蒼いフォトグラフ”

――『Bible』はもともと91年に始まったベスト盤シリーズで、今回は初のアナログ盤です。僕が調べた限りでは、意外にも松田聖子はアナログ・リイシュー自体がなされていませんでした。その点でも初じゃないかなと。

「当時の録音を、いまの技術を使ってアナログ盤にするのは画期的だと思います」

――デジタル・リマスター音源で、さらにソニーは自社のカッティング・マシンを導入しているので音質も優れている。豪華な2枚組カラー・ヴァイナル仕様なので、持った感じがすごく重たいです。力の入ったリイシューだと感じます。

「ジャケット写真はちょっと大人になった頃の聖子ちゃんですね。裏ジャケは初期の写真で、髪形からもわかります(笑)。リイシューはある程度進んだので、今後こういったリリースは増えるかもしれません」

 

菊池桃子『ADVENTURE』のリイシューとシティ・ポップ・ブーム

――海外でも日本の音楽の発掘が進んでいます。

「菊池桃子のレコードが海外から出るんですよね」

菊池桃子 『ADVENTURE』 VAP(1986)

――『ADVENTURE』(86年)ですね。リイシューはShip To Shore〉から。日本のシティ・ポップ環境音楽の再発をしているアメリカのレーベル、ライト・イン・ジ・アティック(Light In The Attic)と協力している再発レーベルです。80年代後半の、しかもアイドルのレコードが海外からリイシューされることに驚きました。

「そうですよね。ラ・ムーの再評価もあったからだと思いますが、おそらく海外の人たちがレコードを買って聴いたときに、びびっときたんだと思います。それがアイドルのレコードだろうとなんだろうと、関係なしに。海外では中森明菜の曲がリエディットされたこともありますから」

菊池桃子の86年作『ADVENTURE』ヴァイナル・リイシューのトレイラー

――先入観なしに、音楽的に評価されていると。最近は韓国のNight Tempoに代表されるような、リエディットやフューチャー・ファンク(Future Funk)の文化もありますね。

竹内まりやの“Plastic Love”(84年)について言うと、当時12インチ・シングルとして出ていたことがすごいと思います。リリースから30年以上経ったいまもダンス・ミュージックとしてフロアでかけられていて、それに耐えうる音圧の仕様で作られていたんです。(山下)達郎さんの先見の明はすごいですね」

竹内まりやの84年作『VARIETY』収録曲“Plastic Love”

――当時の日本は7インチが主流で、12インチはあまり作られていなかったという話がありますね。

「角松敏生さんなどが出していましたが、12インチは数えるほどの少なさでした。7インチもいいのですが、音圧の低さや尺の短さがどうしてもネックになります」

――シティ・ポップに詳しい友人によれば、菊池桃子の『ADVENTURE』に収録されている“ミスティカル・コンポーザー”という林哲司の曲がDJに人気らしいんです。それもあって再発されるんじゃないかという話でした。

「林哲司といえば、杉山清貴&オメガトライブも再評価されましたね。リアルタイム世代としてはびっくりです。みんなが見向きもしなかった音楽を再評価するという点では、本当にレア・グルーヴですね」

――松田聖子の音楽は、再発見されるというよりもクラシックやスタンダードとして定着している印象です。

「ブラック・ミュージック的なフィーリングやモータウン・ビートのものはありますけど、わかりやすいブギーやディスコはない。そういうところがおしゃれで、品がありますよね。なにしろ、声がチルアウトですから。松田聖子のレコードは、リエディットとかを出す必要がないくらい完成度が高いのかもしれません」