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インタビュー

西寺郷太『Funkvision』日本人でも必ず世界基準のものが作れることを証明したい

西寺郷太『Funkvision』日本人でも必ず世界基準のものが作れることを証明したい

西寺郷太(NONA REEVES)が7月22日(水)にリリースする通算2作目となるソロ・アルバム『Funkvision』。NONA REEVESがタワーレコードとタッグを組んだ新レーベル〈daydream park〉の第一弾作品でもある本作は、コロナ禍の自粛期間中にて共同プロデューサーの宮川弾、エンジニアの兼重哲哉、そして極めて限られたゲスト・ミュージシャンという少数精鋭で制作され、西寺が敬愛するマイケル・ジャクソン、プリンスのカヴァーも収録し、マスタリング・エンジニアにデヴィッド・ボウイやフランク・オーシャンなども手掛けるジョー・ラポルタを迎えたという超意欲作だ。そんな本作について、西寺と親交の深い高橋芳朗が話を訊く。 *Mikiki編集部

西寺郷太 『Funkvision』 Daydream Park Records(2020)

2020年のいまの音楽をやろう

――いつのまにかこんなすごいアルバムを作っていてびっくりしました(笑)。

「芳朗さんと最後に会った『ディスカバー・マイケル』(西寺がパーソナリティを務めたNHK-FMの1年限定音楽番組。没後10年を迎えたマイケル・ジャクソンの功績を1年かけて振り返った)の最終回の生放送が3月29日だったから、ちょうどアルバムのレコーディングがスタートして1週間ぐらいのタイミングですね。自分は多作家なので集中できる時間さえあれば必ずアルバムが完成すると思っていて」

――そうだったんですね。

「タワーレコード内に新しいレーベル〈daydream park records〉を立ち上げてNONA REEVESが移籍することはすでに決まっていたんですよ。ただ、2020年は東京オリンピックがあると思っていたから4月から7月ぐらいまではあまり小刻みにライブをやっていてもしょうがないかなと考えていて。小松(シゲル)も佐野元春さんの40周年ツアーのサポートで週末が結構ふさがっていたし、そもそもメンバー3人それぞれが忙しいということもあったから、まずは僕がソロ・アルバムをリリースするところから2020年をスタートさせようということにはなっていたんです。それでもいろいろなことに追いかけられてひとつひとつ片付けていて、ようやくレコーディングを始めたのは3月の中旬ぐらい。ちょうど新型コロナウイルスの感染が一気に広まったタイミングですね」

――東京オリンピックの延期が正式決定されたのが3月24日、小池都知事が週末の外出自粛要請をしたのが25日でした。

「でも、僕としてはもともとアルバムの7割ぐらいは家で作ろうと思っていたんですよ。NONA REEVESのレコーディングでもここ10年ぐらいは7割ほどウチのスタジオで土台を作って、小松のドラムス、ストリングスやブラスなどは外で録るというやり方をしてきたので。なので最後に多少は外で録ることになるだろうと思いながらも共同プロデューサーの宮川弾さんと一緒に作り始めたのが3月中旬ぐらい。そこから合宿みたいに弾さんとエンジニアの兼重(哲哉)だけがウチのスタジオに来て。ほぼ1か月ぐらいですね。だからレコード会社や事務所のスタッフもスタジオには来なくて、兼重と弾さん以外はほぼ人と会わずに作ったアルバムです」

――ソロ・アルバムの構想が浮上してきた時点でどういう内容のものにしたいか、漠然とでもイメージはあったのでしょうか?

「ちょっと語弊があるかもしれないですけど、NONA REEVESはよく〈西寺郷太率いる~〉みたいに言われるんですよ。でも、実はぜんぜん率いてなくて(笑)。たとえるならNONA REEVESはポリスみたいなバンドなんです。僕は役割としてあくまでも〈歌う〉という意味でスティングだと思うんですけど(笑)、スチュワート・コープランドが小松でアンディ・サマーズが奥田(健介)。本当にメンバーそれぞれのバンドに対する貢献が33.333%ずつなんですよ。そこがいいところだと思っているし、自分の考えとしては僕が率いるようなバンドはやりたくなくて。やっぱりいつも自分よりすごい奴とやりたいと思っているんですよね」

――なるほど。

「バンドの名前も自分が付けているし、そもそも自分が始めたプロジェクトだし、フロントマンでおしゃべりでもあるんだけど、でもバンドの在り方としては〈率いて〉いないんです。ノーナでは俺の意見が通らないことだってもちろんあるし、それがノーナの良さだと思っていて。特にライブ・パフォーマンス、ミックスやマスタリングに関しては小松が権限を持っています。何よりこなしてきたステージやリハーサルの数は彼が圧倒的に多いですし。奥田にしてもコードやアレンジの達人で、僕が作った曲も含めてノーナのアレンジの肝は奥田が握ってる。だから〈ノーナ=郷太〉かと言われると全然そうじゃないんですよ」

――そのへんの実情は伝わっていない人も多いかもしれません。

「それに対して、6年前の最初のソロ・アルバム『TEMPLE ST.』(2014年)や今回の『Funkvision』はやっぱり西寺郷太の音楽で。もちろん弾さんとの共作ではあるんですけど、当然こっちのほうが僕個人のパーソナルな好きな音楽ややりたいことには近いわけです。だからこそのソロだとも思うので。極端なことを言うと、『Funkvision』でやっていることは〈密室ファンク〉ですよね。ナタリーの大山卓也くんが言ってくれて実際にそう思ったんですけど、まさに〈ベッドルーム・ファンク〉。緻密にリズムの解像度を上げつつ、手練れの演奏家では生み出せないシンプルな演奏にエモーショナルなヴォーカルが乗っかって、というのが僕が好きだったジョージ・マイケルの『Faith』(87年)やプリンスの『Parade』(86年)みたいな80年代の音楽の作り方で。いまのポスト・マローンやザ・ウィークエンドがやっていることも極端に言うと密室パンクだったり密室ポップだと思うんですよ」

ジョージ・マイケル『Faith』より表題曲“Faith”
 

――ビリー・アイリッシュもそうですよね。

「ビリー・アイリッシュだってまさに自宅でつくったベッドルーム・ミュージックじゃないですか。それはタキシードやダフト・パンクもそういう部分があると思うんですけど、自分はいわゆる手練れのミュージシャンのサポートに呼ばれてガンガンやれるタイプじゃなくて、むしろDJ的な組み合わせのなかで音楽を作っていくことを得意としているので。根っこにファンクやブルーアイド・ソウルがあって、もちろん日本の歌謡感もある。そういう意味では前回の『TEMPLE ST.』も大好きなアルバムだったんですけど、今回はさらにそういうパーソナルな部分が深まった手応えがありますね。『TEMPLE ST.』よりも外に向かっているというのはあると思います。それは前作以上に完全なパートナーとして弾さんを選んでいるのも大きいですね」

――その宮川弾さんは『TEMPLE ST.』に引き続いての共同プロデューサーになるわけですが、制作に着手するにあたって彼とはどんなことを話し合いましたか?

「2020年のいまの音楽をやろうというのは兼重にも厳しく言っていましたね。僕もいままでのアイデアや手癖みたいなものは一旦捨てるから、弾さんも兼重も甘えないでやろうって。アルバムには“Decade”というタイトルの曲がありますけど、僕らって音楽の話をするとき60年代、70年代、80年代、90年代って10年で括るのが好きじゃないですか。音楽は確実にその10年ごとに変わってきているんですよね。で、それがいまは2020年になったと。僕はノーナで1996年にデビューしているから、90年代、00年代、10年代、20年代、なんだかんだ4つのディケードで音楽をつくり続けているんですよ。60年代から考えたら70年代、80年代、90年代はそれぞれが全然違うわけで。ポール・アンカが歌っていたような時代と90年代はまったく違う」

――90年代になるともうヒップホップやグランジの時代ですもんね。

「もうニルヴァーナが出てくる時代ですよね。僕もいま40代後半になるんですけど、まだそのなかでソリッドな存在、ヴィヴィッドな存在でいたいと思ったときに、やっぱりこれまで以上にいま流行っているもの、Spotifyの〈New Music Wednsday〉に入ってくるようないちばん新しいところでかかってる音楽の質感は絶対に意識したくて。それは3人のなかで徹底しましたね。特にジャスティン・ティンバーレイクは僕のなかで一度プロップスが落ちた瞬間があったんですけど、最近になってまた持ち返していて。SZAとデュエットした“The Other Side”を聴いてやっぱりジャスティンはすごいなって」

ジャスティン・ティンバーレイクがSZAとコラボした“The Other Side”
 

――“The Other Side”、いいですよね。

「そうやって新しい音楽を聴きながら同時にマスタリング・エンジニアは誰がいいかを調べていて。そのときにザ・ウィークエンド、フランク・オーシャン、ドレイク、ヴァンパイア・ウィークエンド、デヴィッド・ボウイなどを手掛けているジョー・ラポルタにオファーしたいということになって。当然ギャラも高いし順番も待たなくちゃいけなかったんですけど、でもここは絶対に妥協したくなくてなんとか彼に頼めるところまでもっていけました。だからなんの言い訳もなくいま羅列したようなアーティストたちの曲と並べて聴いてもぜんぜんいける世界を作れたと思っています」

――実際、アルバムの音源をもらって再生ボタンを押して一発で音像にやられました。去年のKIRINJIの『cherish』と今回の郷太くんのソロ・アルバムはそれぞれアプローチこそ異なりますが、ウェルメイドなポップ・ミュージックを作り続けてきたキャリアのあるアーティストが現行の世界標準のポップスのサウンドにいかに向き合うか、その命題に対するひとつの理想的な解答になると思います。

「ありがとうございます」

――そこで鍵になってくるのはジョー・ラポルタの存在だと思うのですが、やはり今回のアルバムの制作にあたって彼のマスタリングは絶対に譲れないところだったわけですね。

「やっぱり針の穴を通すようなすごいマスタリングでした。ジョー・ラポルタは兼重と同じ40歳なんですけど、実はマスタリングは年齢を重ねてから能力を発揮するケースが多くて。テッド・ジェンセンにしてもバーニー・グランドマンにしても、世界最高峰の人たちは結構年配だったりするんですよ。だから自分よりも若くて30代でグラミー賞を獲るようなジョー・ラポルタは天才中の天才で。マスタリング・エンジニアをサッカーや野球でいうと監督みたいなものとするならば、僕らは選手でミックスはコーチ。監督はある程度の経験を重ねないとできないというか、20~30代でやったとしても周りが言うことを聞いてくれないようなところがあるじゃないですか。それを30代で成し遂げているわけだから本当にマジックですよね。メソッドに基づいたマジック」

――アルバムが始まって最初の音でわかりますもんね。明らかにこれまでと違うレベルに視線がいってるサウンドだなって。

「今回のマスタリングで学んだことは今後のノーナにも絶対に役立つと思っています。ノーナは小松の生ドラムありきだから、打ち込みのものが多い現行の海外の音楽に合わせていくのがノーナにとって得策かというとそうじゃないと思ってやってきて。今回はコロナ禍でみんな集まれなかったこともあってドラムはぜんぶ僕が叩いたものか打ち込みなんですよ。それをジョー・ラポルタはちゃんと素材としてリズムを捉えてくれたところがありますね」

――作り手の意図をばっちり踏まえた仕事をしてくると。

「この3か月の個人的な変化としては、実はパーソナル・トレーナーをつけて6キロ痩せたんですよ。食事制限をして、2日に1回は走ったりもして。レコーディングが終わったあと、いま流行ってる曲と自分が作っている曲を交互に並べたプレイリストを作ってそれを聴きながら誰もいない深夜の街を走っていて、すごく客観的に自分の音楽がどう聴かれるかを考えました。仕上げのマスタリングのところまでを想定して、最後の最後に手助けしてもらった感じですね。ジョー・ラポルタは日本の音楽ももちろん手掛けているし世界中からオファーを受けているんですけど、2020年だけですでにものすごい数の仕事をしているんですよ。そんななか彼とのやりとりを通してすごく気に入ってもらえたんじゃないかって思えた瞬間があって、それはめちゃくちゃうれしかったですね」

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