西寺郷太(NONA REEVES)が7月22日(水)にリリースする通算2作目となるソロ・アルバム『Funkvision』。NONA REEVESがタワーレコードとタッグを組んだ新レーベル〈daydream park〉の第一弾作品でもある本作は、コロナ禍の自粛期間中にて共同プロデューサーの宮川弾、エンジニアの兼重哲哉、そして極めて限られたゲスト・ミュージシャンという少数精鋭で制作され、西寺が敬愛するマイケル・ジャクソン、プリンスのカヴァーも収録し、マスタリング・エンジニアにデヴィッド・ボウイやフランク・オーシャンなども手掛けるジョー・ラポルタを迎えたという超意欲作だ。そんな本作について、西寺と親交の深い高橋芳朗が話を訊く。 *Mikiki編集部

2020年のいまの音楽をやろう
――いつのまにかこんなすごいアルバムを作っていてびっくりしました(笑)。
「芳朗さんと最後に会った『ディスカバー・マイケル』(西寺がパーソナリティを務めたNHK-FMの1年限定音楽番組。没後10年を迎えたマイケル・ジャクソンの功績を1年かけて振り返った)の最終回の生放送が3月29日だったから、ちょうどアルバムのレコーディングがスタートして1週間ぐらいのタイミングですね。自分は多作家なので集中できる時間さえあれば必ずアルバムが完成すると思っていて」
――そうだったんですね。
「タワーレコード内に新しいレーベル〈daydream park records〉を立ち上げてNONA REEVESが移籍することはすでに決まっていたんですよ。ただ、2020年は東京オリンピックがあると思っていたから4月から7月ぐらいまではあまり小刻みにライブをやっていてもしょうがないかなと考えていて。小松(シゲル)も佐野元春さんの40周年ツアーのサポートで週末が結構ふさがっていたし、そもそもメンバー3人それぞれが忙しいということもあったから、まずは僕がソロ・アルバムをリリースするところから2020年をスタートさせようということにはなっていたんです。それでもいろいろなことに追いかけられてひとつひとつ片付けていて、ようやくレコーディングを始めたのは3月の中旬ぐらい。ちょうど新型コロナウイルスの感染が一気に広まったタイミングですね」
――東京オリンピックの延期が正式決定されたのが3月24日、小池都知事が週末の外出自粛要請をしたのが25日でした。
「でも、僕としてはもともとアルバムの7割ぐらいは家で作ろうと思っていたんですよ。NONA REEVESのレコーディングでもここ10年ぐらいは7割ほどウチのスタジオで土台を作って、小松のドラムス、ストリングスやブラスなどは外で録るというやり方をしてきたので。なので最後に多少は外で録ることになるだろうと思いながらも共同プロデューサーの宮川弾さんと一緒に作り始めたのが3月中旬ぐらい。そこから合宿みたいに弾さんとエンジニアの兼重(哲哉)だけがウチのスタジオに来て。ほぼ1か月ぐらいですね。だからレコード会社や事務所のスタッフもスタジオには来なくて、兼重と弾さん以外はほぼ人と会わずに作ったアルバムです」
――ソロ・アルバムの構想が浮上してきた時点でどういう内容のものにしたいか、漠然とでもイメージはあったのでしょうか?
「ちょっと語弊があるかもしれないですけど、NONA REEVESはよく〈西寺郷太率いる~〉みたいに言われるんですよ。でも、実はぜんぜん率いてなくて(笑)。たとえるならNONA REEVESはポリスみたいなバンドなんです。僕は役割としてあくまでも〈歌う〉という意味でスティングだと思うんですけど(笑)、スチュワート・コープランドが小松でアンディ・サマーズが奥田(健介)。本当にメンバーそれぞれのバンドに対する貢献が33.333%ずつなんですよ。そこがいいところだと思っているし、自分の考えとしては僕が率いるようなバンドはやりたくなくて。やっぱりいつも自分よりすごい奴とやりたいと思っているんですよね」
――なるほど。
「バンドの名前も自分が付けているし、そもそも自分が始めたプロジェクトだし、フロントマンでおしゃべりでもあるんだけど、でもバンドの在り方としては〈率いて〉いないんです。ノーナでは俺の意見が通らないことだってもちろんあるし、それがノーナの良さだと思っていて。特にライブ・パフォーマンス、ミックスやマスタリングに関しては小松が権限を持っています。何よりこなしてきたステージやリハーサルの数は彼が圧倒的に多いですし。奥田にしてもコードやアレンジの達人で、僕が作った曲も含めてノーナのアレンジの肝は奥田が握ってる。だから〈ノーナ=郷太〉かと言われると全然そうじゃないんですよ」
――そのへんの実情は伝わっていない人も多いかもしれません。
「それに対して、6年前の最初のソロ・アルバム『TEMPLE ST.』(2014年)や今回の『Funkvision』はやっぱり西寺郷太の音楽で。もちろん弾さんとの共作ではあるんですけど、当然こっちのほうが僕個人のパーソナルな好きな音楽ややりたいことには近いわけです。だからこそのソロだとも思うので。極端なことを言うと、『Funkvision』でやっていることは〈密室ファンク〉ですよね。ナタリーの大山卓也くんが言ってくれて実際にそう思ったんですけど、まさに〈ベッドルーム・ファンク〉。緻密にリズムの解像度を上げつつ、手練れの演奏家では生み出せないシンプルな演奏にエモーショナルなヴォーカルが乗っかって、というのが僕が好きだったジョージ・マイケルの『Faith』(87年)やプリンスの『Parade』(86年)みたいな80年代の音楽の作り方で。いまのポスト・マローンやザ・ウィークエンドがやっていることも極端に言うと密室パンクだったり密室ポップだと思うんですよ」
――ビリー・アイリッシュもそうですよね。
「ビリー・アイリッシュだってまさに自宅でつくったベッドルーム・ミュージックじゃないですか。それはタキシードやダフト・パンクもそういう部分があると思うんですけど、自分はいわゆる手練れのミュージシャンのサポートに呼ばれてガンガンやれるタイプじゃなくて、むしろDJ的な組み合わせのなかで音楽を作っていくことを得意としているので。根っこにファンクやブルーアイド・ソウルがあって、もちろん日本の歌謡感もある。そういう意味では前回の『TEMPLE ST.』も大好きなアルバムだったんですけど、今回はさらにそういうパーソナルな部分が深まった手応えがありますね。『TEMPLE ST.』よりも外に向かっているというのはあると思います。それは前作以上に完全なパートナーとして弾さんを選んでいるのも大きいですね」
――その宮川弾さんは『TEMPLE ST.』に引き続いての共同プロデューサーになるわけですが、制作に着手するにあたって彼とはどんなことを話し合いましたか?
「2020年のいまの音楽をやろうというのは兼重にも厳しく言っていましたね。僕もいままでのアイデアや手癖みたいなものは一旦捨てるから、弾さんも兼重も甘えないでやろうって。アルバムには“Decade”というタイトルの曲がありますけど、僕らって音楽の話をするとき60年代、70年代、80年代、90年代って10年で括るのが好きじゃないですか。音楽は確実にその10年ごとに変わってきているんですよね。で、それがいまは2020年になったと。僕はノーナで1996年にデビューしているから、90年代、00年代、10年代、20年代、なんだかんだ4つのディケードで音楽をつくり続けているんですよ。60年代から考えたら70年代、80年代、90年代はそれぞれが全然違うわけで。ポール・アンカが歌っていたような時代と90年代はまったく違う」
――90年代になるともうヒップホップやグランジの時代ですもんね。
「もうニルヴァーナが出てくる時代ですよね。僕もいま40代後半になるんですけど、まだそのなかでソリッドな存在、ヴィヴィッドな存在でいたいと思ったときに、やっぱりこれまで以上にいま流行っているもの、Spotifyの〈New Music Wednsday〉に入ってくるようないちばん新しいところでかかってる音楽の質感は絶対に意識したくて。それは3人のなかで徹底しましたね。特にジャスティン・ティンバーレイクは僕のなかで一度プロップスが落ちた瞬間があったんですけど、最近になってまた持ち返していて。SZAとデュエットした“The Other Side”を聴いてやっぱりジャスティンはすごいなって」
――“The Other Side”、いいですよね。
「そうやって新しい音楽を聴きながら同時にマスタリング・エンジニアは誰がいいかを調べていて。そのときにザ・ウィークエンド、フランク・オーシャン、ドレイク、ヴァンパイア・ウィークエンド、デヴィッド・ボウイなどを手掛けているジョー・ラポルタにオファーしたいということになって。当然ギャラも高いし順番も待たなくちゃいけなかったんですけど、でもここは絶対に妥協したくなくてなんとか彼に頼めるところまでもっていけました。だからなんの言い訳もなくいま羅列したようなアーティストたちの曲と並べて聴いてもぜんぜんいける世界を作れたと思っています」
――実際、アルバムの音源をもらって再生ボタンを押して一発で音像にやられました。去年のKIRINJIの『cherish』と今回の郷太くんのソロ・アルバムはそれぞれアプローチこそ異なりますが、ウェルメイドなポップ・ミュージックを作り続けてきたキャリアのあるアーティストが現行の世界標準のポップスのサウンドにいかに向き合うか、その命題に対するひとつの理想的な解答になると思います。
「ありがとうございます」
――そこで鍵になってくるのはジョー・ラポルタの存在だと思うのですが、やはり今回のアルバムの制作にあたって彼のマスタリングは絶対に譲れないところだったわけですね。
「やっぱり針の穴を通すようなすごいマスタリングでした。ジョー・ラポルタは兼重と同じ40歳なんですけど、実はマスタリングは年齢を重ねてから能力を発揮するケースが多くて。テッド・ジェンセンにしてもバーニー・グランドマンにしても、世界最高峰の人たちは結構年配だったりするんですよ。だから自分よりも若くて30代でグラミー賞を獲るようなジョー・ラポルタは天才中の天才で。マスタリング・エンジニアをサッカーや野球でいうと監督みたいなものとするならば、僕らは選手でミックスはコーチ。監督はある程度の経験を重ねないとできないというか、20~30代でやったとしても周りが言うことを聞いてくれないようなところがあるじゃないですか。それを30代で成し遂げているわけだから本当にマジックですよね。メソッドに基づいたマジック」
――アルバムが始まって最初の音でわかりますもんね。明らかにこれまでと違うレベルに視線がいってるサウンドだなって。
「今回のマスタリングで学んだことは今後のノーナにも絶対に役立つと思っています。ノーナは小松の生ドラムありきだから、打ち込みのものが多い現行の海外の音楽に合わせていくのがノーナにとって得策かというとそうじゃないと思ってやってきて。今回はコロナ禍でみんな集まれなかったこともあってドラムはぜんぶ僕が叩いたものか打ち込みなんですよ。それをジョー・ラポルタはちゃんと素材としてリズムを捉えてくれたところがありますね」
――作り手の意図をばっちり踏まえた仕事をしてくると。
「この3か月の個人的な変化としては、実はパーソナル・トレーナーをつけて6キロ痩せたんですよ。食事制限をして、2日に1回は走ったりもして。レコーディングが終わったあと、いま流行ってる曲と自分が作っている曲を交互に並べたプレイリストを作ってそれを聴きながら誰もいない深夜の街を走っていて、すごく客観的に自分の音楽がどう聴かれるかを考えました。仕上げのマスタリングのところまでを想定して、最後の最後に手助けしてもらった感じですね。ジョー・ラポルタは日本の音楽ももちろん手掛けているし世界中からオファーを受けているんですけど、2020年だけですでにものすごい数の仕事をしているんですよ。そんななか彼とのやりとりを通してすごく気に入ってもらえたんじゃないかって思えた瞬間があって、それはめちゃくちゃうれしかったですね」
即座に返していく感じがポップ
――郷太くんは前作の『TEMPLE ST.』のときも「ユニヴァーサルな音を目指した」と話していました。
「ユニヴァーサルな音っていうのは、僕のなかではシンプルなものなんですよ。ただ、日本人の好きな音楽がシンプルなものかどうかわからなくなってきたところがこの20年ぐらいの自分の活動のなかにあって。日本人はあまりシンプルなものが好きじゃないというか、込み入ったものじゃないと手を抜いていると思われてしまうというか。大サビがあったり、いろいろな演奏が入っていたり、楽器の数が多かったり。そういうほうが好きな民族なんでしょうね。だからアイドルに曲を書くときはユニヴァーサルであることにこだわらず求められているものを忠実に作っているし、ノーナの曲にしても半分はそう。ただ、自分のソロに関してはグローバルな音楽として完成させたいと思っています。だから今回もブリッジやDメロがある曲は少ないし、全体的に曲も短くて音数も多くない。歌とビートが基本ですね。だからシンプルなことをやるのが僕のグローバル。その攻撃性を楽しめるのがソロだと思うんですよ」
――いまのお話を聞いていると、アルバムの顔になるリード曲としてミニマムなファンクの“BODYMOVES!”が選ばれたのにも合点がいきます。
「そうですね。“BODYMOVES!”はBメロ終わりからサビ以外のメロディーとコードを弾さんが作ってきてくれて、歌詞とサビ直前からのパートのメロディーを僕がつくりました。弾さんが考える〈新しいポップス像〉にメロディー・メイカーとしての僕の勢いが乗った感じですね。“Heavy Day”や“BLUEJEAN”などは100%僕の世界ですけど、そのへんの曲よりももっと一般的ないまのポップスを僕がやったらどうなるか、そんなイメージかもしれないです。弾さんのプロデュース力に負うところが大きい曲ですけど、それがいまの自分にとって必要なことだと思ったので。自分が好きな服ばかり選んでいるわけではないということですね。〈こういうのもいいんじゃない?〉と言われたことに対して乗っかっていくことも重要だと考えていて。そう、この“BODYMOVES!”や“Funkvision”はトラックをもらってから10分後ぐらいにはもうメロディーをつけて弾さんに返してるんですよ」
――えっ、たった10分ですか?
「送信されてきたトラックに思いついて10分くらいで歌を録音してすぐに返して、弾さんがめちゃくちゃびっくりしていて。そんな時、弾さんが〈郷太君の才能が怖い〉って言ってくれたんですけど(笑)、僕は本当に思いつくのが早いんですよ。特に自分でゼロから作ったものではなく、こうして土台があったほうがメロディー・メイカーとして刺激されるんです。個人的にこの即座に返していく感じがポップなんだと思っていて。悩んでいないんですよ。“BODYMOVES!”なんて本当に一瞬でしたね」
――素早くリアクションしていくことがポップにつながるというのは含蓄のある言葉ですね。前回の『TEMPLE ST.』もそうでしたが今回もまったく悩んでいないと。
「まったくですね。ウチの事務所の社長はこれが普通だと思っているんですよ。みんな僕みたいにどんどん曲を作って連載の原稿山ほど書いてるって。これは普通じゃないということは何度も言ってるんですけどね。社長はちょっと勘違いしてる(笑)」
――フフフフフ。
日本人でも必ず世界基準のものが作れることを証明したい
「ちなみに“True Madonna”は2年前にワーナーと契約してるかしてないかぐらいのときに弾さんとソロ用につくろうと話して出来た曲なんです。この曲だけはまったく関係ないタイミングで作っていてミックスもすでに終わっていて。だからアルバム中で“True Madonna”だけが古い曲なんですよ。それから“When 2 R In Love”もまだビルボードと契約していたころ、プリンスが亡くなった2016年4月の2か月後ぐらいにSWING-Oさんと最初の一番だけ作ってあって。ミネアポリスに追悼の旅に行った直後なんで歌にも気持ちはこもってますね。二番は最近になってレコーディングしたんですけど、ピアノに関してはウチで弾き直してもらいました。結局、プリンスの追悼から始めて4年かけて完成にこぎつけたということですね。この“True Madonna”と“When 2 R In Love”以外はコロナ真っ只中につくった曲です。僕は基本的にストックを持たないタイプなので」
――その“Trure Madonna”はまさにザ・ウィークエンドの新作『After Hours』あたりと並べて聴きたい1曲ですよね。80's的なエレポップをEDMを通過した現行サウンドのマナーでまとめあげたようなかっこよさで。
「“True Madonna”はもともとはノーナのために作っていたんですけど、なぜかずっとボツになっていたんですよ。ちょうど『MISSION』(2017年10月リリース)のときに作ったデモで、みんなに〈ソロでやればいいんじゃない?〉と言われて〈なんやねん!〉と思っていて。今回はジョー・ラポルタのマスタリングが終わってからみんなに聴いてもらいたくて、小松にも奥田にも特に何も言ってなかったんですよ。それでちゃんと完成してからふたりに送ってどんな返事がくるかと思っていたらめちゃくちゃ絶賛してくれて。“True Madonna”についても〈ソロでやってよかったね〉と言ってました。小松も奥田もこのクォリティーには驚いたみたいで、やっぱりふたりに褒められるとうれしいですよね。今回のアルバムに関しては、あまりにもパーフェクトに出来たから僕も他人事みたいに思う瞬間もあるほどで」
――いや、聴いて瞬時にわかるこのネクスト・レヴェル感はすごいですよ。
「やっぱりこの1年『ディスカバー・マイケル』をやっていたこともすごく大きくて。1年間あれだけの高いレヴェルの音楽に浸かっていたら、自分に暗示がかかるというか、あのクラスのものをやらなくちゃいけないと思うじゃないですか。僕はジャニーズに入ったら顔が小さくなるという話が大好きで、近くにいる人に似てくるというのは本当にあると思うんですよ。僕がプリンスやマイケル・ジャクソンの音楽を聴き込んでみんなに伝える作業をしているとき、自分は日本人だから彼らより下のレヴェルでいいだとかそんなふうに思いたくないという気持ちはもちろんあって。日本人の音楽は一段下に置かれているといまだに思うし、日本人がどうやって海外のブラック・ミュージックやロックに対抗していくかというとき、やっぱり評論家のあいだで低く見られているのは強く感じるんです。だけど絶対にそんなことはなくて、日本人でも必ず世界基準のものが作れることを証明したいという使命感が今回はすごくありましたね。いまはSpotifyで〈GOTOWN Podcast〉を始めたこともあるし、今回のアルバムも世界中で聴かれることになると思うので、どんなタイミングで僕の曲が世界的に愛されるかわからない。ジョー・ラポルタが手掛けた作品のなかでも音的にはまったく遜色がないというか、そのなかでも絶対に負けないクォリティーになるようにと心掛けて制作していました。むしろこっちにしかない良さもあると考えているぐらいで」
――アルバムを作っている過程で、郷太くん的にひとつのキーになった曲はありますか?
「アルバムの最後のほうにできた“BLUEJEAN”。これは『Funkvision』を決定づけた曲ですね。ノーナのときは高い地声で張る曲が多いんですけど、今回は弾さんがウィスパー・ヴォイスというかちょっと張らない声、メロウでソフトな息多めの声を活かしてやってみないかということで基本そういうタイプの曲が多くなっていて。ただ、“BLUEJEAN”に関してはダリル・ホールだったりニュー・ラディカルズだったり、ああいう声を張り上げる僕のヴォーカルの良さみたいなものを出せた曲なんですよ。極端に言うと歌しか残らない曲だから、33.333%のノーナではできない。“BLUEJEAN”は本当にソロ曲という感じがするし、新境地を開くことができたと思いますね」
――僕の現時点でのアルバムのベスト・トラックは、まさに“BLUEJEAN”と“Decade”なんです。“BLUEJEAN”はオーソドックスなブルーアイド・ソウル的な魅力を持った曲でありながら、空間を活かしたサウンドは完全にいまの感覚で。ジャスティン・ビーバーあたりが歌ったらめちゃくちゃはまりそうですよね。一方の“Decade”は、まさにさっき郷太くんが挙げていたジョージ・マイケルの『Faith』やプリンスの『Parade』のファンク感覚を2020年の気分でアップデートしたような手応えがありました。
「“Decade”は今回のアルバムのなかでもいちばん宮川弾色が強い曲なんです。弾さん、僕が時間を空けるのを待ち構えていたかのように最初にこの曲を持ってきてくれたんですよ。僕も本腰入れようかどうしようかと思っていたタイミングだったのでちょっとペースが早いと思ったんですけど、実はこれ、演奏はほぼ僕がやってるんです。ドラムス、アコギ、ベースを僕が担当して、プログラムが弾さん。歌詞は新型コロナウイルスの感染で東京オリンピックが延期になったりとか緊急事態宣言が出されたりとか、それからオープンしたばかりの高輪ゲートウェイ駅が空っぽになっていたりとか、ロックダウン前後の状況を写真に収めるようにして曲を作りたいと思って書いてみて。だから弾さんが作った世界に僕のある種のポリティカルな視点の歌詞が入った曲ですね。メロディーにしてもアレンジにしても自分では絶対に思いつかなかった形ですけど、結果的にすごくファンキーになりましたね。それが僕の演奏で成り立っているのもおもしろい。ノーナではすべての演奏を自分でやることはできませんからね。なので非常に宮川弾的でありながら聴こえている音は基本僕の演奏と歌だけという、おもしろいバランスの曲に仕上がりました」
――あとはやっぱりアルバムのオープニングの衝撃ですよね。タイトル曲の“Funkvision”。ブルーノ・マーズの“Finnesse”を筆頭にニュー・ジャック・スウィングのオマージュはここ数年でたくさん作られていますけど、この質感のものはいままでなかったと思います。それこそザ・ウィークエンド『After Hours』以降のフィーリングでニュー・ジャック・スウィングに向き合ったような衝撃がありました。
「“Funkvision”と“BODYMOVES!”と“BLUEJEAN”、この3曲のどれをリード・トラックにするかはかなり迷ったんですけど、アップテンポでビデオもつくりやすいということで“BODYMOVES!”を選びました。でも正直すべての曲に優劣はないと思っているからどれもすごくいいと思っていて。特に“Funkvision”はノーナでは絶対にできない質感の打ち込みのニュー・ジャック・スウィングですからね。この曲はトラックが弾さんでメロディーは僕が全部作ったスタイル。本当に僕がやりたかった世界を作ることができたんですけど、あらかじめタイトルだけを決めて最後の最後に出来上がった曲でした。アルバムをイメージづけるひとことをずっと探していて、実は最初は『TEMPLE ST.』に続く作品として〈TEMPLE AVE.〉(テンプル・アヴェニュー)と呼んでいたんですよ。でももっと2020年を象徴する自分のソロ・プロジェクトをシンプルに言い切った強い言葉が欲しくて、何かないかなって考えていたときに〈Funkvision〉が思い浮かんだんです。一応検索にかけてみたらアメリカのDJみたいな人がひとり引っ掛かって。しかも、その人が上げている動画が2回しか見られてなくて僕が3人目だったんですよ」
――アハハハハ。
「だから手垢のついていないまったくの造語なんだと嬉しくて。でも黒人のDJみたいな人が使ってるからアリはアリなんだなと。まったくないのもそれはそれで不安じゃないですか。それで〈Funkvision〉の言葉ありきで弾さんにトラックを作ってもらってそこに僕がメロディーを乗せるスタイルでお願いして。そして完成したトラックに10分ぐらいでメロディーを乗せて返したのが“Funkvision”でしたね」
――すごくいいタイトルですよね。アルバムのサウンド自体に現行ポップスのさらに先をうかがうようなところがあるから、未来に目線が向いてるような“Funkvision”のニュアンスが作品全体をまとめる言葉としてぴったりで。
「スクリッティ・ポリッティの『Provision』を連想するところもあるかなって。自分の好きな音楽はああいうちょっとプラスティックなファンク感だから、あくまでも響的にはですけど潜在的な影響は受けたのかもしれません」
みんなが会えなくなったこの状況で〈あの公園で会おう〉と歌うのはアリなんじゃないか
――新しい音を取り入れいてるということでは、アルバムの最後を飾る“あの公園で会おう”も印象的でした。ここではフランク・オーシャン以降のアンビエントなR&Bのマナーを見事に昇華していて。
「ノーナでは小松という名ドラマーがいるからできないということもあって、ドラムレスの曲はどうしてもやりたかったんですよね。フランク・オーシャンがやっているように、ドラムが入ってないけどグルーヴを感じる曲は本当はもっと挑戦したかったぐらいで。今回のアルバムの最後の曲として“あの公園で会おう”を収録できたのは大きいですね。それこそフランク・オーシャンの作品も手掛けているジョー・ラポルタがマスタリングしているわけですから」
――“あの公園で会おう”は音楽的に素晴らしい成果をあげているのはもちろん、コロナ禍の世界のムードをうまくすくい上げてもいますよね。この曲が最後にくることによって『Funkvision』が2020年のアルバムとしてぐっと引き締まったところがあると思います。
「“あの公園で会おう”は去年の11月、めちゃくちゃ忙しいときに僕の恩人の夫婦が結婚10年目で正式なパーティーをすることになって。旦那さんは画家で、10年前は結婚式をする余裕がなかった、と。二人には一人息子がいて、9歳で。その子も僕は小さい頃からよく知っていて。それで〈郷太さんにパーティーで歌ってほしい〉って言われたんですけど、こういうオファーは普通だったら断るんですよ。キリがないからそういう場ではここ20年で2~3回しか歌ってなくて。でも夫婦共に本当にお世話になっているし、いい加減な気持ちで頼んできたのではないだろうと思ったから引き受けることにして。それで何を歌おうか考えていたんですけど、もうこうなったら新曲を作っちゃおうということで、それで出来あがったのが“あの公園で会おう”なんですよ」
――あ、コロナ以前にすでに存在していた曲なんですね。
「そうなんですよ。パーティーで披露したときは歌詞カードを配ったうえで歌ったんですけど、基本的にはその夫婦が息子を想う視点、子育てをしているお父さんお母さんに向けて書いた曲で。そうしたら女性の来場者の方たちが結構涙を流しながら聴いてくれたんですよね。そんなこともあってこの曲はどこかで使えるだろうと思ってキープしておいたんですけど、ちょっとピンポイントでエモすぎるところもあるし、当初は『Funkvision』はもちろん自分の作品に入れるつもりはなかったんです。でも今回のコロナ禍のアルバム制作を冷徹にファンクに迫るというコンセプトでやってきたなか、みんなが会えなくなったこの状況で〈あの公園で会おう〉と歌うのはアリなんじゃないかと思って」
――コロナ禍の先が見えない不安な心情に寄り添う曲として完璧な歌詞ですよね。
「僕としてはちょっと恥ずかしくなるぐらい熱い歌なんですけど、人が会えなくなる未来を暗示していたような歌詞ですよね。でも、これって去年の11月に歌詞を書いた時点からまったくいじってないんですよ。レコーディングのときは僕がずっと大好きなキングス・オブ・コンビニエンスのタッチに『Funkvision』のほかの曲が持っているアコースティック感とアンビエントな香りを加えたいと弾さんに伝えて、デモ・テープもないからちょっとドキドキしながら彼とエンジニア兼重の前で弾き語りをしました。そうしたらめちゃくちゃいいって褒められて。それで僕が録ったギターのデータをもとに弾さんにアレンジしてもらったら〈なんかアルバム最終曲ができちゃったんじゃない?〉みたいな手応えがありました」
天から落ちてくるマイケルの心の声を拾い上げて歌う
――マイケル・ジャクソンの名曲カヴァー、ここにきて“P.Y.T. (Pretty Young Thing)”を取り上げた経緯も聞かせてください。これはジェイコブ・コリアー版と共に“P.Y.T.”のカヴァーとしては現状世界ベストの出来だと思いますよ。
「ウチの社長はいつもおおざっぱなことを言うから〈今回は絶対にマイケルの曲をカヴァーしたほうがいい!〉ってずっと主張していて(笑)。それは『ディスカバー・マイケル』であれだけ多くのMJファンの皆さんとのつながりができたからということなんですけどね。タイミング的にもマイケルの命日と誕生日がある6月から8月にかけてアルバムが出るから〈必ずマイケルのカヴァーはやろう!〉ということで話が進んでいって。それで何をやろうかいろいろと考えていたら、『ディスカバー・マイケル』番組内の『Thriller』の人気投票で1位になった“P.Y.T.”はどうだろうという案が出てきたんです。でも“P.Y.T.”ってめちゃくちゃ難しいんですよ。正直歌えるかどうか不安もあったんですけど、ちょっとアッパーな曲も入れておきたいということもあって冨田謙さんに頼んだらもう鬼気迫る仕事ぶりで予想以上にすごいものに仕上げてくれました。“P.Y.T.”に関しては歌手として全力で挑んで、イタコじゃないですけど自我みたいなものを消して天から落ちてくるマイケルの心の声を拾い上げて歌うような感じでしたね。マイケルやプリンスのカヴァーを歌うときはいつもそうですけど、自分どうこうじゃなくて本当に落ちてくるものや憑依したものを自分の声として出すようにしています。マイケルの曲をカヴァーするアーティストは多いですけど、僕みたいに思い入れたっぷりにやる人は本当に少ないので。ダンスや服装やパフォーマンスをコピーしたり、自分で再構築する人は多いんですが。歌はそれに比べれば、あまりいない気がします。そういう意味でもある種のお墓参りというか、心が伝わってるんだっていうことを証明したかったのが“P.Y.T.”のカヴァーですね」
――最後に今回の『Funkvision』のリリースと共に始動した新レーベル〈daydream park records〉の今後の展望について教えてください。
「正直まだ全然読めないところがあるんですけど、僕がプロデュースするアイドルだったり若手ミュージシャンだったり、もちろん僕じゃなくて奥田や小松が関わるものでもいいと思うし、とにかく僕らNONA REEVESにとってもタワーレコードにとっても自由に音楽ができる場所になればいいと思っています。僕がやっていきたいことは良い音楽を伝えていくことだけど、それはタワーレコードが子供の頃から僕らに教えてくれたものでもあるわけじゃないですか。タワーレコードは僕らにとってもう港みたいなものなので。タワーレコードありきでいろいろな文化が定着し広まったところが確実にあると思うんですよ。こうやって音楽について語り合うこともそうだけど、音楽をつないでいくことをあきらめてしまったらすべてが終わってしまいますからね。そんななかでフィジカルや場所としてのタワーレコードのスピリットを象徴するのが〈daydream park records〉になればいいなって。それをできる限り長く続けて、2020年代以降も有意義な音楽文化を育んでいけたらと思っています」