ブラジルはリオデジャネイロを拠点とするミュージシャン/作曲家/プロデューサーのチアゴ・ナシーフが、ニュー・アルバム『Mente』をリリースした。同作は、かねてからコラボレーションを重ねてきたアート・リンゼイ(Arto Lindsay)が共同プロデュース。ムーグやカシオトーンなどシンセサイザーをふんだんに使用し、いびつなファンクネスとトロピカリズモ的な感覚が同居したサウンドを鳴らしている。この不可思議な音楽性は、どこからきたものなのだろうか。南米はもちろん世界各国の音楽に知見の深いライターの大石始が、チアゴへのインタビューを交えながら『Mente』を解説した。 *Mikiki編集部
新世代ブラジル人ソングライターたちを導く光
リオデジャネイロを拠点とするチアゴ・ナシーフは、ここ数年アート・リンゼイの右腕的存在として重要な仕事を残している。共同プロデューサーとして名を連ねたアートの2017年作『Cuidado Madame』はその筆頭といえるが、アートが共同プロデューサーとして参加したチアゴの2016年作『Três』もこの2人だからこそ作ることができたアヴァン・ポップの快作である。アートはそんなチアゴについて「新世代ブラジル人ソングライターたちを導く光」と絶賛しており、彼の音楽的なセンスに絶大な信頼を寄せているようだ。
では、アートはチアゴのどのような部分に信頼を寄せているのだろうか。ブラジルのあらゆる音楽に精通しながら、実験的な即興演奏をこなし、現行のエレクトロニック・ミュージックも愛聴するという音楽的知識の深さ。さまざまな楽器演奏に長けたマルチ・インストゥルメンタリストとしての腕。後述するように彼はサウンド・エンジニアとしてアメリカでも活動していた経験があり、音作りに関する技術とノウハウを持っていることも理由のひとつだろう。
リオデジャネイロ産オルタナティヴ・ポップの傑作
そんなチアゴのニュー・アルバム『Mente』は、前作に続いてアート・リンゼイが共同プロデュース。アート譲りのエクスペリメンタル・ポップを奏でる一方で、今回はムーグなどのアナログ・シンセサイザーを多用。生のグルーヴとシンセが交差する場所に、彼独自の世界を描き出している。
チアゴはアナ・フランゴ・エレクトリコ(Ana Frango Elétrico)の2018年作『Little Electric Chicken Heart』など、近年国際的な注目を集めているリオデジャネイロ新世代の作品群にも参加しており、彼自身がリオデジャネイロ・シーンにおけるキーパーソンのひとりともなっているが、『Mente』にはそのアナ・フランゴやペドロ・サー(Pedro Sá)、ジョナス・サー(Jonas Sá)、ヒカルド・ヂアス・ゴメス(Ricardo Dias Gomes)、ヴィニシウス・カントゥアリア(Vinicius Cantuária)など多彩な面々が参加している。Bandcampの『Mente』のページには〈alternative〉〈no wave〉〈tropicalia〉〈Rio De Janeiro〉などのタグが付けられているが、そのタグに引き寄せて表現するならば、本作はリオデジャネイロ産オルタナティヴ・ポップの傑作といえる。
だが、『Mente』に広がる広大な音楽世界は〈アート・リンゼイの右腕〉〈リオデジャネイロ新世代のキーパーソン〉などといった謳い文句だけで決して説明しきれるものではない。その背景に迫るべく、今回はチアゴとのメール・インタビューを決行。ひとつひとつの質問に丁寧に答えてくれたので、その回答を軸に彼のキャリアを振り返ってみたい。