沈黙の都市、蘇生する自然

 久しぶりに井の頭公園へ行くと水が綺麗になっていた。絶滅したと考えられていたイノカシラフラスコモという藻の一種が数年来の保護活動で発芽し、増えていくたび水が綺麗になっているのだ。よくみると池の中に林のような群生が出来ていて、ぷくぷくと酸素を出しながら漂っている。その姿はどことなくジブリ作品に出てくる世界のようだなと思ったものだ。

 太平洋に浮かぶ大・中・小の三つの島の文明を比較した考古学者パトリック・カーチによる研究がある。ごく小さなティコピア島には三千年前から人の暮らしが続いているが、中規模のマンガイア島では文明は消滅してしまった。そして大きな島トンガでは王政が発達し今も存続している。文明存続の鍵を握っていたのは天然資源の保全だった。ごく小さな島ではボトムアップ型の住民どうしの森林保全の伝統があり、大きな島ではトップダウンの王政による森林資源保護があった。文明の消滅が中規模の島で起きたのはこのどちらも取れなかったからだ、という指摘がとても興味深い。ジャレド・ダイアモンドの「文明崩壊」や「銃・病原菌・鉄」といった本には文明そのものが滅亡する時にはどういうことが起きていたのかという事例が集積されている。たったあれだけの人数のスペイン人の上陸があっという間に新大陸の文明を滅亡に追いやったのは、疫病に免疫のない新大陸の人々にスペイン人らが疫病をもたらしたからだとされている。これは世界の交易が疫病を運んだ例である。

 音楽が社会とつながっているように、疫病と経済はつながっている。世界史を紐解くと過去に様々な疫病が人類を危機に陥れ、そのたび人類は経済のあり方を変えてきたのがわかる。COVID-19は人里離れた奥地で免疫を持った動物の体内に閉じ込められていたものが、人間たちの手によって人間に拡散していったものと言われている。人間の移動範囲の拡張がグローバル経済と共に自然界のバランスから疫病を引き起こしたのだ。100年前のスペイン風邪や14世紀のペストがよく引き合いに出されるが、実は歴史から語るにはこの疫禍で文明の変革が起きるにはあまりにも被害の規模は小さい。文明史的にはむしろリアルタイムで地球上のどの都市で今日は何人感染した、ということを把握できてしまうのが人類史上初めてのことなのだ。感染するとウイルスを排除抹殺しようと人体の免疫機能が肺や血管を損傷させてしまう。ウイルスそのものより身体の過剰反応が生命を危機に晒すという、人体と社会でよく似たことが起きている。多くの人たちが直感しているように、ある意味当然のことが起きている。