Page 2 / 4 1ページ目から読む

ルイス・フォンシ“Despacito”とカーディ・B“I Like It”のヒット

レゲトンは2000年代半ばに欧米圏でヒットし、日本でも人気ジャンルになったが、2010年代に再度盛り上がりを見せている。というのも、今回ここで取り上げている80年代後半~90年代前半生まれのアーティストたちが、一気に頭角を現したからにほかならない。

そんななか、ルイス・フォンシとダディ・ヤンキーによる“Despacito”(2017年)の大ヒットは一種の〈現象〉になり、レゲトン、ひいてはラテン・ポップの再メジャー化に貢献した(70年代後半生まれの2人は、中堅〜ヴェテラン・アーティストであるものの)。ジャスティン・ビーバーによるリミックスも大いにチャートを賑わせ、2017年の一大潮流になったことは、記憶に新しい。

ルイス・フォンシの2019年作『Vida』収録曲“Despacito (Feat. Daddy Yankee)”

同時期に、レゲトンの近接ジャンルであるラテン・トラップも国際的な存在感を増していく。

決定打となったのがカーディ・Bのヒット・ソング“I Like It”(2018年)であることは、まちがいない。ブーガルーのクラシック、ピート・ロドリゲスの“I Like It Like That”(67年)を引用し、バッド・バニーとJ・バルヴィンというラテン・トラップのトップランナー2人が参加した“I Like It”は、ラテン・トラップを欧米のリスナーに紹介する役割を果たした(両親がドミニカとトリニダード・トバゴ生まれであるカーディにとって、自身のカリビアン・ルーツを打ち出した曲であることも重要だ)。第61回グラミー賞で最優秀レコード賞にノミネートされたことからもわかるとおり、同曲は〈ラテン音楽〉にカテゴライズされるよりも前に、〈ポップ・ミュージック〉として受け入れられたのである。

カーディ・Bの2018年作『Invasion Of Privacy』収録曲“I Like It”

 

スペイン語とラテン・リズムの浸透

レゲトンもラテン・トラップも、米国を中心とした南米以外のリスナーに受け入れられながら、基本的にはスペイン語で歌うスタイルを崩していない。英語圏の市場を意識して英語詞を全編に採用する、ということはほとんどしないのだ。

その背景には、アメリカやイギリスにおけるヒスパニック/ラティネクスの人口が増えていること、およびスペイン語話者の増加があると思われる。米国内のスペイン語話者の人口は、いまや5,500万人にのぼるそうだ。よって、非スペイン語話者のアメリカ人にとって、スペイン語はそれほど珍しくない言語であるはず(スペイン語のフレーズがラップのリリックに登場することも多くなった)。スペイン語話者と、日頃からスペイン語に慣れ親しんだ非スペイン語話者、その両者にレゲトンやラテン・トラップは聴かれているのだろう。

それだけでなく、ラテン音楽のリズムが欧米のポップ・ミュージックに応用されたことも大きい。つまり、リスナーが意識せずとも、ラテンのリズムはポップ・ミュージックに浸透していて、耳馴染みのあるものになっていたのだ。

前述した、レゲトンの楽曲の多くに共通するトレシージョは、2010年代のポップ・ソングにおける流行りのリズムであり、クリシェとしてよく用いられた。エド・シーランの“Shape Of You”(2017年)の、あのリフレインのリズム、と言えば伝わるだろうか。

ポップ・ソングに使われたトレシージョ・リズムの解説動画

こうした下地があったからこそ、スペイン語で歌われ、ラテンのリズムを持ったレゲトンやラテン・トラップが、アメリカやヨーロッパのポップ・ソングと分け隔てなく聴かれるようになったのではないか。

 

レゲトン/ラテン・トラップを取り入れる欧米のアーティストたち

以上のように盛り上がりを見せているレゲトンやラテン・トラップのスタイルは、欧米のアーティストによって積極的に取り入れられている。それだけでなく、南米のミュージシャンは北米やヨーロッパのアーティストと共演を重ねており、ポップ・シーンにおける彼らの存在感は増す一方だ。

2曲でコロンビアのマルーマを呼び、ラテン風のダンス・ミュージックに取り組んだマドンナの新作『Madame X』(2019年)は、その最たる例だろう。

マドンナの2019年作『Madame X』収録曲“Medellín”

ブラック・アイド・ピーズが今年6月にリリースしたアルバム『Translation』は、ラテン・ミュージックの新潮流にストレートに反応した作品。ちなみに、メンバーのウィル・アイ・アムはヒスパニック・コミュニティーで育っており、タブーはメキシコ系なので、この変化は納得のいくもの。

ブラック・アイド・ピーズの2020年作『Translation』収録曲“Ritmo (Bad Boys For Life)”

フランスのDJスネイクのヒット・ソング“Taki Taki”(2018年)には、メキシコ系の血を引くセレーナ・ゴメス、オスナ、そしてカーディ・Bが客演している。サウンドはレゲトンそのものだ。

DJスネイクの2019年作『Carte Blanche』収録曲“Taki Taki (Feat. Selena Gomez, Ozuna & Cardi B)”

『El Mal Querer』(2018年)でフラメンコ・ポップを刷新したスペインのロザリア(ROSALÍA)は、2019年以降レゲトンのシングルをいくつも発表している。なかでもJ・バルヴィンと共演した“Con Altura”はビッグ・ヒットになった。

ロザリア&J・バルヴィンの2019年のシングル“Con Altura (Feat. El Guincho)”

ロザリオは、母語のスペイン語やフラメンコとレゲトンに共通するリズム感覚を活かして、自身の音楽を南米や北米のリスナーに浸透させたのだ。

レゲトン/ラテン・トラップのポップ化を象徴する出来事は、今年2月に開催された第54回スーパー・ボウルのハーフタイム・ショーではないだろうか。というのも、今回出演したのは、コロンビア出身のシャキーラとプエルトリコ系のジェニファー・ロペスというラテン系の女性スター2人。それだけではない。そこには、バッド・バニーとJ・バルヴィンがゲストとして呼ばれたのだ。米国民の多くが注目するハーフタイム・ショーでラテン系アーティストのパワーが示されたことの意味は大きい。

シャキーラとジェニファー・ロペスが出演した第54回スーパー・ボウルのハーフタイム・ショー

 

序論はここまで。それでは、本題である10曲に進みたい。

★〈10曲で知る音楽シーン〉の記事一覧はこちら