〈ポップ〉における抽象性を求めて
伏見「90年代のCD-ROM作品『Headcandy』(94年)や『Reflection』(2017年)のアプリにもそれは表れています。自然をそのまま受け止めるんじゃなくて、一度〈色見本〉のようなイメージに抽象化しているのがイーノの特徴。だけど、実験音楽の純粋さに向かうのではなく、あくまでもポップ・ミュージックのいかがわしさのなかの抽象性を炙り出している。
僕は、イーノのアンビエントをポップ・ミュージックのひとつの形式として捉えています。20世紀以降に音楽をやるうえで、どうしても逃れられない〈ポップ〉という概念に向き合い、そのなかにどういう抽象性があるかを探ること――それが、イーノがずっと続けている仕事です」
柴崎「大量消費社会を生きざるをえないことを、冷笑的にも思考停止的にもならずにどうやっていくか。ガチの抽象音楽に向かわず、あくまでポップに寄り添いながら〈結果的に癒される人がいたら、それはそれでいい〉というイーノのスタンスって、やはり真摯だと思います」
伏見「ポップ・ミュージックへの批判といえばテオドール・アドルノが有名で、彼は音楽で感情を管理するのが問題だと言っています。作り手がメロディーやコードの定型を操作することによって、それを聴いた多くの人は反射的に〈感動〉してしまう。ポップ・ミュージックは人の情動をコントロールするための道具になるわけです。
でも、イーノは感情を管理しないポップ・ミュージックを作ろうとしている。それは今回リイシューされた2作もそうですね」
――イーノはインタビューで、ナラティヴ(語り)から離れたいと語っています。ナラティヴとは、受け手の感情を誘導したり管理したりする語りのことでしょうね。
柴崎「だから、アドルノ先生もイーノの音楽を聴けば〈なるほど、そういうのがあるのか〉って言ってくれるんじゃないかな(笑)」
伏見「まあ、アドルノが褒めようが貶そうが、イーノの態度やアンビエント概念は、ひとつの戦略として非常に知的かつ誠実です。そして、それが50年近く経ったいまでも有効なのはすごい」
柴崎「アンビエントというのは、おそらく社会主義体制下では絶対に生まれてこないだろう〈ポップ〉=消費文化を前提にしたアイデア音楽だと思うのですが、一方でBGMによって労働を管理して余剰価値の生産効率を上げるというような、いわゆる〈ミューザック〉的なものから逃れようともしている。ポップ・ミュージックに内在する宿命や怪しさをちゃんと引き受けつつ、代案的に音楽を発想しているところにシンパシーを覚えます」
伏見「イーノがドラッグの使用に懐疑的なのも関係している気がします。ナチスも使っていた覚せい剤(アンフェタミン)は、人を働かせるために利用できるドラッグです。ビートルズやモッズの連中も覚せい剤を服用していた。せわしなく変化していた60年代のロックは、アンフェタミンに衝き動かされていた側面があった。イーノはそれを批判的に見ていたのでは」
〈軽くて深い〉ブライアン・イーノの偉大さ
柴崎「今回、自分のなかでめちゃくちゃ重要な音楽家なんだなって再認識しました。うーん、普通にファンとして一度お会いしてみたいなあ(笑)」
――どのあたりが柴崎さんにとって重要なんですか?
柴崎「アンビエントという射程の長い概念を立ち上げたこと、コンセプチュアルなことをこれだけ可愛げのある感じでやっていること、そして、ひとつひとつの深度が深いこと。これらを両立させている人はすごく稀だなと。
それはたとえば、〈ボブ・ディラン〉や〈ビートルズ〉のような大きな括りに匹敵する存在感かもしれない」
――アンビエントを発明したと考えると、イーノの影響から逃れられる人は……。
柴崎「いないでしょうね」
伏見「僕も今日しゃべっていて、思った以上に影響を受けているなと思いました。自分がものを書くときのスタンスに、めちゃくちゃ反映されている。すごくシリアスにものを考えているんだけど、アウトプットが軽快かつユーモラスだから、軽く聴ける。エンターテインさせることへの意識の高さも重要です。しかも、量産的にも、持続的にも作品を作り続けている。僕はたぶん、イーノの軽さと深さの両立を無意識的に目指しているんだろうなと」
柴崎「そう。だから、自分も含め文化系の人はイーノのインテリジェンスとキッチュさにどうしても惹かれてしまう(笑)。
フリップ&イーノの逸話があって、ロバート・フリップとストイックにスタジオ作業をしたあと、2人でガール・ハントに行っていたらしくて。フリップとイーノがバーに来て女性に声をかけていたら、ちょっとびっくりしますよね(笑)。けど、なぜか納得させられるエピソードでもある。なんというか、自分の多面的な魅力についても完璧にわかっている人なのかも。そういうしたたかさも含めて素敵だなあ(笑)」
INFORMATION
BRIAN ENO CAMPAIGN
ブライアン・イーノ&ジョン・ケイル『Wrong Way Up』、ブライアン・イーノ&ジャー・ウォブル『Spinner』の2作品のリリースを記念し、さまざまなブライアン・イーノ・グッズが先着や抽選でもらえるスペシャル・キャンペーンを開催!
キャンペーンの詳細は下記ビートインクのオフィシャルサイトをご覧ください。
https://www.beatink.com/user_data/brianeno_campaign.php