もう一つの「トップボーイ」の世界――ブライアン・イーノが生み出すオブスキュアなサウンドトラック
ブライアン・イーノが〈アンビエント・ミュージック〉を提唱するにあたってミューザックつまり商業用BGMに言及した際、そこに二種類の批判的視座があったことをあらためて想起してほしい。一つはそれまで環境音楽(Environmental Music)それ自体が低俗で取るに足らないジャンルだと見做されていたことに対する批判。もう一つはしかし、環境音楽の一種とはいえアンビエント・ミュージックは単なるBGMではないという、ミューザックに対する批判である。そして特に後者が重要なのだが、なぜミューザックがよろしくないかと言えば、商業用BGMはその空間の音響や雰囲気の独自性を覆い隠し、音楽からは面白さを剥ぎ取り、環境を明るくすることで退屈な作業に勤しむよう身体を均一化するからだ。アンビエント・ミュージックはそうしたミューザックへのカウンターとして構想された。
イーノは映画音楽を制作する際に同様のスタンスを取っている。すなわち映画の雰囲気が持つ独自性を強調し、音楽それそのものとしての面白さを保持し、観客の身体を複数化するように思考の余白をもたらす――『Ambient 1: Music For Airports』と同じ1978年に想像上の映画のためのサウンドトラック集『Music For Films』をあらためてアルバムとしてリリースしたことは単なる気紛れではない。ただし映画の場合、標的となったのはもちろんミューザックではなく、サウンドトラックによって観客の感情を画一化し誘導しようとするハリウッド流の映画音楽だった。環境音楽にせよ映画音楽にせよ、イーノは音楽を利用して人間の感情を一方向に操作することを嫌うのだ。そうではなく、曖昧で多義的で複雑な感情のために雰囲気を作ること。
イギリスの犯罪ドラマシリーズ「トップボーイ」のサウンドトラック集である本盤も、「最初から私は自分の好きなように仕事をする自由を与えられていた。音楽と雰囲気を作り、映像作家に思うように使ってもらう」とイーノ自身が述べているように、視聴者の感情を誘導するために作られた音楽ではない。サウンドトラックはドラマの単なる付属品ではなく、それ自体が一つの作品でもある。アルバムは鐘のような音色と柔らかなエレピ風の響きがポリリズミックに絡み合う“Top Boy Theme”――2020年に意外にも初めてリリースされたイーノのサウンドトラック・コレクション『Film Music 1976-2020』でも劈頭を飾っていた――から幕を開けると、3~4分の短いミニマル/アンビエント/ドローンのトラックが続いていく。序盤では例外的なサウンドの、『The Drop』(1997)で提示したイーノ流ジャズを彷彿させる4曲目“Cutting Room I”は、ドラマでは使用されなかった楽曲だ。アルバムは終盤にかけてビート・ミュージックとしての色彩を強めると、最後はとりわけ穏やかなピアノのロングトーンを基調とした“The Good Fight”で締め括られる。見事な構成である。全19トラックだがどれも短い小品であり、アンビエントな音像でありながらじっくり耳を傾けることもできる。
ところで「トップボーイ」はロンドンの公営団地で生きる若きギャングを描いたドラマで、主演はアシュリー・ウォルターズとケイノ。2019年にシーズン3が6年越しに再始動した裏にはドレイクがおり、新シーズンにはリトル・シムズとデイヴも出演している。つまり多数のラッパーが登場する作品なのだが、するとイーノがサウンドトラックを手がけたのは意外な組み合わせにも見える。しかし「『トップボーイ』は、劣悪な状況に置かれた子供たちの話なんだ。だから私は、外的世界で彼らに起こっていることだけでなく、子供たちの内的世界も探求した」と彼が語る眼差しは、昨年のソロ作『FOREVERANDEVERNOMORE』で〈声〉にフォーカスしたことと地続きではないか。イーノは子供たちの〈声〉に耳を傾けようとした。そして子供たちの感情を、誘導するのではなく、取り巻くような雰囲気のサウンドトラックによって画面に滲ませたのだ。
TRACKLISTING
1. Top Boy Theme
2. But Not This Way
3. Damp Bones
4. Cutting Room I
5. Floating On Sleep’s Shore
6. Beauty and Danger
7. Beneath The Sea
8. Afraid Of Things
9. Waiting In Darkness
10. The Fountain King
11. Washed Away In Morocco
12. Overground
13. Watching The Watcher
14. Sweet Dark Section
15. Sky Blue Alert
16. Delirious Circle
17. Cutting Room II
18. Dangerous Landscape
19. The Good Fight