2020年代最初のU2は偉大なる過去への旅から始まった――楽曲それ自体の本質を探求した『Songs Of Surrender』が改めて提示する、このバンドの奥深い魅力とは?
40年を超える音楽の旅路
〈音楽はタイムトラベルを可能にする。そこでこれらの曲を現代に持ち帰って、21世紀風に再構想したなら、どんな恩恵がもたらされるのか否か、それを知りたいと僕らは思いはじめたのだ〉。

ついに完成を見たU2のニュー・アルバム『Songs Of Surrender』について、ジ・エッジ(ギター)はこのようなコメントを寄せている。文字にするとどことなく大仰にも思えるが、シンプルに言ってしまうなら、同作は過去の楽曲をリアレンジして再録したセルフ・カヴァー作品ということになる。ただ、40年超かけてU2が14枚のオリジナル・アルバム(やそれ以外のアウトプット)に残してきた楽曲はあまりにも膨大で、それらを聴き返して丹念に楽曲を紐解いていくには、〈タイムトラベル〉という形容に相応しいそれなりの時間が必要だったであろうことは想像に難くない。実際のところ、2021年6月にラジオ出演したアダム・クレイトンがこの再録プロジェクトについて初めて言及した時点では年内のリリースも視野に入っていたようだが、いざ旅立ってみた先の世界は予想以上に奥深いもので、思った以上に創造意欲を掻き立てる発見があったということだろう。
結果的には、2022年11月に発行されたボノの回顧録「Surrender: 40 Songs, One Story」ともコンセプトが連携した格好となり、今回の『Songs Of Surrender』ではメンバー4名がそれぞれ10曲ずつを選んだ4枚組のCD(もしくはLP)がボックスセットの形でまとめられている。親切なことに、40曲中からさらに20曲を選りすぐったデラックス盤、16曲(日本盤は17曲)まで絞った通常盤も用意されているが、作品の意味や彼らの意図をはっきり捉えたい人なら4枚組を聴いてみる必要があるかもしれない。ともかく彼らにとってはこれが6年ぶりの新作であり、2020年代最初のU2の新録アルバムはこのような形で届くことになった。
歌の持つ力
楽曲選びの段階から構造の分析や解体・再構築も含めたリアレンジ、レコーディングは過去2年かけてじっくりと進められてきたそうで、そうした舞台裏の進行はここ数年のバンドの動きを重く見せていたが、もちろんその間の彼らにまつわる露出がまったくなかったわけではない。コロナ禍の期間には〈Virtual Road〉と題して過去のライヴ音源をいくつかリマスター配信したほか、ハル・ウィルナーの遺作にもなったマーク・ボランのトリビュート盤『Angelheaded Hipster: The Songs Of Marc Bolan & T. Rex』(2020年)にエルトン・ジョンと組んだ“Get It On”で参加してもいた。また、2021年に開催延期となった〈UEFA EURO 2020〉のマーティン・ギャリックスによる大会公式ソング“We Are The People”にはボノとエッジが客演し、ボノ単独の客演では故DMXの遺作における“Skyscrapers”やズッケロの“Canta La Vita (Let Your Love Be Known)”もあった。また、本人たちと直接の関係はないものの、前作『Songs Of Experience』(2017年)を手掛けたライアン・テダー率いるワンリパブリックの“West Coast”にて“Summer Of Love”がサンプリングされていたり、同郷のローナン・キーティングが歌った“Where The Streets Have No Name”も思い出される。
なかでも重要なのは、2021年に公開された映画「SING/シング:ネクストステージ」との関わりだろう。ここで声優デビューを果たしたボノは、妻を亡くして歌うことのできなくなったかつてのロックスター、クレイ・キャロウェイ役を演じている。しかも、さまざまな名曲がキャスト陣によって歌われる劇中にてU2の楽曲が3つも選ばれたうえ(そのうちの“I Still Haven’t Found What I’m Looking For”はスカーレット・ヨハンソンとボノのデュエット)、エンディングテーマとしてU2久しぶりの新曲“Your Song Saved My Life”が書き下ろされていたのだ。
その曲名が示唆する〈歌の持ったパワー〉や〈歌というものの本質〉は映画本編のテーマでもあったが、それはそのままU2がその活動を通じて表現してきた姿勢とリンクするし、それは昨年のロシアによるウクライナ侵攻に際して難民支援を呼びかけるべくアコースティックで“Walk On”を披露したボノとエッジのアクションにも通じている(5月にはゼレンスキー大統領の招待に応じてキーウ入りもした)。そして強引に結びつけてしまえば、そのように〈歌の力〉を改めて考えたことが、今回の『Songs Of Surrender』のコンセプトにも作用しているように思えるのは偶然ではないだろう。必然的にアルバムの内容は楽曲そのものの本質を探り当て、シンプルな形で取り出すという試みになった。
容易に破壊されない曲
そうやって録音された40曲は、いずれもリスニング向けのアレンジを備えたインティメイトなサウンドにリデザインされている。もちろん楽曲の軸になるのは、耳元で歌いかけるようなボノの成熟したヴォーカルだ。簡素なポートレートが四分割するジャケのアートワークは楽曲が〈素顔〉を晒したアルバムの中身を示すかのようでもあり、同じくメンバー4人のカットをジャケに配した『Pop』とは対極にある仕上がりなのがおもしろい(インヘイラーの初作『It Won’t Always Be Like This』を思い出す人もいるかもしれないが……)。ボノの歌にフォーカスし、全体のサウンドがこのように整えられた理由について、キュレーター/プロデューサーとしてプロジェクトを主導したエッジはこのようにコメントしている。
〈本当に素晴らしい曲というのは、容易に破壊されないのかもしれない。どの曲を再訪するかの選択は、まずデモを何度も作ることから始まった。僕が考えたのは、必要最小限以外のすべてを取り除いた時、それがいかに楽曲として成立するかだ。また、もともとライヴで演奏されることを想定して書かれた曲が多いので、親近感があるものにすることも大きな目的の一つだった〉。
加えて言うなら、そうしたアルバムの雰囲気はロックダウン環境で過ごした日々の心境とも無縁なはずはない。ただ、そうやって生まれた十分な時間を活かしたエッジは、ピアノとアコギで各曲をみずから歌い直すところから制作をスタート。ダブリンで執筆作業に集中していたボノは主にリモートでエッジと定期的にやりとりして歌詞を書き直す作業も行い、コードやリズムも変更したエッジのアイデアに沿って歌を録っていった。
2人と比べると貢献は限定的ながらアダムも数曲でベースを演奏し、ラリー・マレンJr(ドラムス)もパーカッションで参加している。また、ロンドンではブライアン・イーノがスタジオで共に作業を行い、LAでは大御所ボブ・エズリンが助力。『No Line On The Horizon』以降のU2作品に欠かせないエンジニアのデクラン・ガフニー、『Songs Of Experience』に寄与したエンジニアのダンカン・スチュワート、さらにはダニエル・ラノワといった縁深い面々が参加してアルバムが仕上げられていった。なお、“Vertigo”などでステファン・ハウザーがチェロを弾いているのも注目だ(2CELLOSのデビュー作でU2が2曲も取り上げられていたことを思い出される)。
念のために言っておくと、いわゆるスロウ主体の落ち着いた作りというわけでもなく、アコギや鍵盤をリズミックに機能させたアレンジやパーカッシヴなダンス・トラックもある。そう思うと、アプローチする際の考え方としてサイモン&ガーファンクルの作品がどう作られたかを念頭に入れていたと聞けば、納得のいく人もいるかもしれない。そもそも不発だったアルバム『Wednesday Morning, 3 A.M.』(64年)収録のフォーク曲が、2年後にバンド演奏をオーヴァーダブされて全米1位を獲得したのがサイモン&ガーファンクルの“Sounds Of Silence”である。(奇しくも同じイニシャルSOSなのはさておき……)とはいえ、現在多くの受け手の耳に残っている同曲のイメージは、装飾の部分ではなくメロディーやリリックなどオリジナルの時点で存在していた楽曲の骨子そのもののはずだ。先述のコメントでエッジが言っているのはそういうことだろう。
その実験の中には馴染み深いヒット曲と埋もれている楽曲を同じ剥き出しの姿で混在させた時にどう聴こえるかという検証などさまざまな狙いも含まれているように思えるが、まずは原曲に親しんできた人もじっくり耳を傾けてみてほしい。もちろん振り子のように動くU2だけに、ライヴの日々が戻ってきた後の次なる作品がどんなものになるのか、少しばかり気の早い期待も抱きつつ。 *轟ひろみ
関連盤を紹介。
左から、U2が参加した2021年のサントラ『Sing 2』(Republic)、2020年のトリビュート盤『AngelHeaded Hipster: The Songs Of Marc Bolan & T. Rex』(BMG)
左から、ワンリパブリックのベスト盤『OneRepublic Japan Paradise Tour Edition』(ユニバーサル)、ローナン・キーティングの2021年作『Songs From Home』(Decca)、インヘイラーの2021年作『It Won't Always Be Like This』(Polydor)
左から、ダニエル・ラノワの2022年作『Player, Piano』(Modern)、ステファン・ハウザーの2022年作『The Player』(Masterworks)、ブライアン・イーノの2022年作『ForeverAndEverNoMore』(UMC)、サイモン&ガーファンクルの64年作『Wednesday Morning, 3 A.M.』(Columbia)
ボノが客演した近作。
左から、DMXの2021年作『Exodus』(Def Jam)、ズッケロ・シュガー・フォルナチアリの2021年作『Discover』(Universal Italy)
『Songs Of Surrender』を機に改めて聴き比べたいU2のオリジナル・アルバムを紹介!

シングル“11 O’Clock Tick Tock”で作業したマーティン・ハネットと反りが合わず、代わりにスティーヴ・リリーホワイトをプロデューサーに迎えたファースト・アルバム。リリカルかつ緊張感のある音作りのなかに、当時19~20歳だった4人の思春期的な焦燥と混乱がうごめいている。まだ粗削りではあるが純度の高いパンク盤だ。

やや見落とされがちな本作は、今回のプロジェクトにおいて収録曲が再録音されていない。とはいえ、イリアン・パイプスの使用などアイリッシュという出自を打ち出しつつ、キリスト教への信仰心が色濃く出ている作風は、実は『Songs Of Surrender』のムードからも遠くはない。メランコリックな鍵盤も聴きどころ。

『Boy』から3つ歳を重ねた少年がこちらをキッと睨みつける。その眼差しの如く、強さが貫かれた傑作だ。エッジのギター・サウンドは多彩で、リズム・セクションも的確。北アイルランド紛争を嘆いた“Sunday Bloody Sunday”を筆頭に各曲で焦点が絞られており、社会意識の高さもバンドのステージを上げた。初の全英1位を記録。

『War』ツアーを収録したライヴ盤『Under A Blood Red Sky』を挿んでの4作目は、ブライアン・イーノとダニエル・ラノワを初めて起用。2人の得意とするアンビエントな音作りを活かしたプロダクションがボノのカリスマティックな歌声と好相性を見せ、バンドは破格のスケールアップを果たした。“Bad”あたりはバレアリック耳でも聴けます。

帝国主義的な振る舞いへの反感と、同地の掲げる理想主義や豊かな文化への憧憬というアメリカへの相反する2つの視点を落とし込んだ代表作。いずれも劣らぬアンセムである冒頭3曲のインパクトがとにかく強いが、アルバム後半のアーシーさにこそ本質が宿っている。グラミー賞では年間最優秀アルバムに輝いた。

ライヴ録音とスタジオで制作された新曲たちを一緒にパッケージした変則的な構成の一枚。〈アメリカ〉への傾倒を推し進めたアルバムで、ゴスペルやブルースからの影響が色濃い。ボ・ディドリー・ビートを借用した“Desire”などが楽しいが、屈託のないルーツ探求には、まだ早すぎたのだろう。期待ほどの評価は得られなかった。

アメリカから東西統一されたドイツ/ベルリンへ。クラブ・ミュージックやヒップホップに刺激を受けながら、インダストリアルかつダンサブルな音と戯れている。歌詞では、高度情報化社会における神経症的な心を反映。イーノは〈U2らしさを取り除いていく作業だった〉と語るが、ギラギラと創造性を滾らせたアルバムだ。

スペクタクルな〈Zoo TV〉ツアーが大成功を収めるなか、短期間で制作された8作目。アンセミックな楽曲がほとんどないため、小品的な印象を持たれがちだが、実験性を備えた歌曲集としての完成度はきわめて高い。昨今のローファイ~レフトフィールドな潮流に通じる点も多く、いまもっとも再評価されるべきU2はこれだろう。

U2の〈エレクトロニクス3部作〉最終章。前作よりもバンド然とはしつつ、サンプリングされたビートやピリピリとした音の質感にデジタル・ロック~トリップホップの時代特有の趣がある。制作時、プロデューサーのひとりであるハウィーBとバンドは、最新の音を知るべくクラブに繰り出していたという逸話がチャーミング。

前作への不評を受け、イーノとラノワを召喚。デカダンな90年代を経て、オーセンティックな歌へと立ち戻った傑作が生まれた。“Stuck In A Moment You Can’t Get Out Of”に“Walk On”……バンド・サウンドとエレクトロニクスを柔和に調和させた音も、傷ついた魂をなだめてくれる言葉もとにかく優しい。リリース時以上に〈9.11〉以降、人々の心を支えた。

今度はスティーヴ・リリーホワイトと再タッグ。オープナーの“Vertigo”を筆頭にギターを派手にかき鳴らす楽曲を揃えている。布陣的にもサウンド的にも80年代の彼らを見つめ直すかのような作風となったのには、当時のポスト・パンク~ニューウェイヴ・リヴァイヴァルからの反響もあったはず。ロックが元気なタームだったのだ。

リック・ルービンと録音した素材をボツにして、イーノとラノワ、リリーホワイトという馴染みの面々と制作。曲ごとのクォリティーにややバラつきを感じてしまうものの、音響面での心地良いアンビエンスや奥行きの深さには嘆息せずにはいられない。お蔵入りになった瞑想的な姉妹作『Songs Of Ascent』もいつか陽の目を見ることを願う。

iTunesに無料提供され、リスナーを驚かせたことでも忘れられない13作目。新たな血を入れるべくデンジャー・マウスやポール・エプワースを起用。アタック感が強く、各音域が分離した音作りが特徴だ。リッキ・リーを招いた“Troubles”のシアトリカルさも現代的。ジョーイ・ラモーンに捧げた曲もあり、パンク回帰のニュアンスも。

近作に携わっていたジャックナイフ・リーとライアン・テダーがメインのプロデューサーに昇格。ケンドリック・ラマーやレディ・ガガ、ハイムが参加するなど時流のポップス流儀を踏まえつつも、ボノの臨死体験を背景に、近しい人々への想いを綴った私的な作品だ。ジャケットの若い2人はボノの息子とエッジの娘。
