奇書だ、という称賛とおののきが入り混じった感想がTwitterのタイムラインを流れていく(編著者であるbu員たちも、みずからそう言っている)。

確かに、奇書である。なにせ、知っている盤がほとんどない。CDのディスクガイド本で、512(!)もの盤が紹介されているにもかかわらず、である。

この「オブスキュア・シティポップ・ディスクガイド」は、人生の貴重な時間の多くをCDディグ(基本的には、510円や290円の値札が貼られた格安盤が刺さるブックオフの棚を端から端まで舐め回すことと同義)に費やし、数多の駄盤・駄曲のなかから微かに、だが強烈な光を放つ音を拾い上げることに熱を上げる〈つわものども〉による秘密結社、もとい、アベンジャーズによって編まれ、書かれている。彼らの名は、〈lightmellowbu(ライトメロウブ)〉という。

書名の〈シティポップ〉やbu名の〈lightmellow〉からもわかるとおり、本書が取り上げるのは、シティ・ポップとして、あるいは金澤寿和が提唱する〈Light Mellow〉として解釈し、聴くことができるCDたちだ(ちなみに、lightmellowbuは金澤から〈みずからの意志を継ぐ者〉といったニュアンスで公認を得ている)。そこには、有名無名を問わず、CD1枚を残して市場や業界から姿を消した音楽家の作品、俳優や声優といった音楽を本業としない歌手が無自覚に産み落とした極上メロウ・サウンド、なぜかシティ・ポップの意匠をまとってしまったアニメやゲームのキャラソン、ダイソーでかつて売られていた謎の100円CD、インディペンデントやDIYで自主制作されたと思しきAOR……などが含まれる。その多くが音源も情報もインターネットにアーカイヴされておらず、現在では市場価値を失ってブックオフの格安棚に刺さっているもの。もしくは、一部の好事家の需要を狙ったり、中古盤の値付けがデータベース化されていなかったりするため、奇妙な高額でインターネットの販売店やオークションに出品されているもの。

本書は、扱うCDの生産年を1986年から2006年としている。80年代前半までに隆盛を誇り、同年代半ばから次第に流行の音ではなくなっていった、現在〈シティ・ポップ〉と呼ばれる音楽たち。この本が〈オブスキュア〉であるのは、シティ・ポップ全盛期の〈その後〉、つまり、〈シティ・ポップ?〉と疑問符が付けられる、主に90年代の作品を取り扱っているからにほかならない。〈J-POP〉というタームが生まれ、97~98年に絶頂を迎えるCDバブルへと向かっていく市場の片隅で細々と紡がれていたグルーヴに、bu員たちは耳を傾ける。

「オブスキュア・シティポップ・ディスクガイド」が〈奇書〉である理由のひとつは、ほとんどが商業ライターではないbu員たちが音盤に向ける、容赦ない評価や皮肉っぽい感想がテキストとして載せられている点だろう(一例を挙げれば、bu員の一人であるINDGMSKが、とある声優の作品について書いた〈オタクに聴かせるには出来が良すぎる〉というキラー・フレーズ)。愛憎入り混じった酷評も少なくない。単なる良盤や良作のみを扱うのではなく、アーティストやレーベルへの忖度も抜きに、駄盤は駄盤であるとばっさり斬り捨てる。そこが一般のディスクガイドとは異なるポイントであるし、bu員のディグの成果やその集大成、現時点までの報告といった性格を持ちながら、読み物としての強度が奇妙な形で爆上がりしている(つまり、読んでいてたまらなくおもしろい)理由でもある。

テキストのおもしろさについてさらに言うと、bu長であるハタが筆を執った「CDディグのコツ」(「私はこともあろうに音盤を収集することに5000時間ぐらい費やして、ゆっくりと時間をかけて人間としての領域を失いました」)、INDGMSKによる「CDジャーナル小レビュー活用法及び底意地について」(「筆者の性根が捻じ曲がっている」)、柴崎裕二の「CD ジャケット裏に記された謎のアルファベットの意味は……?」(「『K』表記のCDを見つけたらレアパターンなので、喜ぼう」)といったディスク・レビュー以外のコラムも、とても読み応えがある。

また本書の凄みは、テキストからすべての固有名詞を抜き出した、超充実した索引にも見出せるだろう。ディグに際しての高い有用性や利便性を誇るのはもちろん、データベース化への徹底的な執念を感じる。

ブログやZINEで掘果(ディグの成果)を発表してきたlightmellowbuが、こうして一般の書店に並ぶ書物を上梓した意義は大きい。ここには、それまで価値がなかった、評価されてこなかったものを取り上げて〈こういうものにこそ価値があるのだ〉と断言してみせる、後戻りできない不可逆の価値の転倒や反転(bu員の一部はこれを〈転覆〉と呼ぶ)があるからだ。コペルニクス的転回、パラダイム・シフト……。歴史は、おそらく〈lightmellowbu以前〉と〈lightmellowbu以降〉で区切られるだろう。その分水嶺こそが、この「オブスキュア・シティポップ・ディスクガイド」である。

さあ、本書を手に、町やロード・サイドのブックオフへと繰り出そうじゃないか。よどんだ空気が充満した、無機質な棚の奥底にひっそりと眠る、だがどの音盤よりも美しくきらめく財宝を見つけることができるかもしれない。

なお、lightmellowbuはレーベルのLocal Visionsとイベント〈Yu-Koh β版〉を2月に東京で開催する。bu員たちはDJとトークを行うそうなので、本書をきっかけに興味を持った方は、ぜひ駆けつけてほしい(現場では〈生底意地〉を聴くことができるかもしれない)。詳細は下記に。

 


EVENT INFORMATION

Yu-Koh β版₁
2020年2月22日(土)東京・渋谷 7th FLOOR
開場:17:30
ライブ:Tenma Tenma/Gimgigam/NECO ASOBI/mori_de_kurasu
DJ・トーク:小川直人/柴崎祐二/F氏
前売り/当日/学割:3,000円/3,500円/2,500円(いずれもドリンク代別)
ご予約:nanakaiyoyaku+0222@gmail.com

Yu-Koh β版₂
2020年2月23日(日)東京・渋谷 CIRCUS Tokyo 
開場:14:30
ライブ:Tsudio Studio/wai wai music resort/SNJO/pool$ide/AOTQ/upusen/Omoya/HiRO.JP
DJ・トーク:thaithefish/INDGMSK/ハタ
前売り/当日/学割:3,000円/3,500円/2,500円(いずれもドリンク代別)
ご予約:https://yu-koh2.peatix.com/