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音楽家としてのルーツ、ギタリストっぽく弾きすぎない美学

『Joy Techniques』収録曲“Joy Techniques”

――沼澤さんは、今回のアルバムを聴いて、どんなことを思われましたか?

「彼が最初に来日したときに(2017年)、自分で作った音源を持って来てたんですよ。そのときに盛んに言っていたのが、テーム・インパラだった。凄い好きだって。ああいうサイケ方向にやっているポスト・ロックみたいなのをやりたいと。そういう音源を作ってましたね。あと、オルガン・ファンク・ジャズみたいなグループで音源も作ってました。何でも出来ちゃうんでしょうね。

でも、自分がやりたいことは、アンビエント系というか、クラブ・ミュージックと言ってもダンス系ではないエレクトロニック・ミュージックをギターでやるってことなんでしょう。ギタリストっぽくないじゃないですか。シンセのレイヤーみたいなものを作るので、自分でギターを弾いてもギタリスト的なところはあまり見せない。自粛期間以降もソロでやっているのは、アンビエントで、ギターをあまり弾かないでやってますね」

“Sliding Into Another Timeline”のライブ音源。国内盤にボーナス・トラックとして収録

――ネイトが自分のレーベルHow Soで作ったプレイリストがあるんですが、入っているのが、ヴァンゲリス、ジョン・ハッセル、ファラオ・サンダース、カルロス・ニーニョ、宮下富実夫などで、特に70年代プログレやフュージョンはルーツにあるのかなと思いました。

「フュージョンは特にそうでしょうね。でも、それは遡ってのことで、彼がリアルタイムで触れて影響を受けたのはジョンスコなんです」

ジョン・スコフィールドの2011年作『A Moment's Peace』収録曲“Lawn”のライブ映像

――そこでギター少年に終わらないのが、さらに興味深いです。

「LAに引っ越したのも大きいんじゃないですか。ベイエリアにいたらああならないです。今のLAの連中にも会わないだろうし」

 

ネット・メディアやイベントを通してLAから広がる輪

――そもそも、なんでベイエリアからLAに移ったんでしょう?

「仕事ですね、確実に。NetflixにしてもHBOにしても、今バジェットがデカいので、音楽レーベルの制作ではなくて、ネット・メディアやケーブル・テレビに絡む音楽の仕事の方が圧倒的に増えてますよね」

――もともと、LAはハリウッドがあって、映画音楽の仕事もあり、ミュージシャンも集まってきたという歴史がありますが、今はそこになっているんですね。

「HBOの(ドラマ)『チェルノブイリ』の音楽は、ムームのヒドゥル・グドナドッティルでしたよね。あと(HBOのドラマ)『ウォッチメン』もトレント・レズナーとアッティカス・ロスでしたよね。だから、もう映画音楽に行くバジェットがそっちに行っているんですね。ネイトもセイント・パンサー(St. Panther)という女の子との曲(“Infrastructure”)がHBOのTVシリーズ『インセキュア』の主題歌で使われてます。

あと、最近、LAでは〈Jazz Is Dead〉のイベントが面白いって言ってましたね。その辺とも絡んでいる。ネイトもそうだけど、自分が生まれる前の音楽に〈こんな格好いいのがあったんだ〉と発見して、楽しんでいる。それがLAのトレンドにもなっているみたいですね」

セイント・パンサーの2020年作『These Days』収録曲“Infrastructure”

――レジェンドと呼ばれるミュージシャンを呼んで、ライブをやったりレコーディングをしたりというのが、若いリスナーにアピールしているんですね。

「そういうシーンにも繋がりがあって、なおかつショーン・メンデスやウィークエンドとも仕事をしている。また来年、ネイトはグラミーにノミネートされるんじゃないですかね。あと、まだ出てないんですけど、テラス・マーティンに呼ばれて、(ハービー・)ハンコックの録音をやったみたいですよ。ドラムがマーク・ジュリアナだったそうだけど、〈あれが何の録音なのか、出るのか出ないのかも分からない〉って言ってました(笑)」

 

驚異的な技術をあえて見せないことの凄み

――それにしても、沼澤さんはネイトと本当に仲良いですよね。いろいろな情報を彼から得ていますし。

「そうですね。ネイトはいつも自分のバンドで今の音の感じでやっているけど、僕らはオールドスクールで、あんな風にはならないし、できない。でもだからこそ、刺激を受けてますね」

――でも、沼澤さんならドラムで今の感じはできるんじゃないですか?

「いやいや、ああいうのは無理です。この10年で、(ロバート・)グラスパーとか、クリス・デイヴ的なものが出てきたけど、結局あれは死ぬほど上手くないとダメなんです。驚異的な上手さだから成り立つんで、アメリカ人にしかできないです。80年代からアメリカでずっと見てましたけど、アメリカ人特有の、音楽だけじゃなくて、スケートボードにしても自転車にしても、そんなこと何でやるの?っていうのがありますよね。ドラマーだと、ドラム・セットの上にまず逆立ちして、宙返りしてとか、いるんです、そういう奴らが(笑)。でも、ドラムを叩くとすごい上手い。

クリス・デイヴは最初ミント・コンディションに入って、そこから名前が知られるようになった人だけど、DJ世代で、ターンテーブル2台で2枚掛けしていることをどうやったらドラム・セットでできるんだろう、って本気で考えていたバカです(笑)。いや、これは良い意味で、ですよ。よくそんなことを思ったなと。MPCで操作するようなことを、ドラム・セットでやろうとした。聴いてると、2枚掛けがズレてるようにやってるんだと分かる。でも、あれは上手くないとできないんです。練習して、あの人はああなった。だって、みんなコンプレックスの塊ですから。

本当はバスケットとかして遊びたいのに、遊びを犠牲にして、ずっとドラムの練習だけしてきた。だから、凄いんだけど、暗い人、多いじゃないですか(笑)。その点、ブライアン・ブレイドは違います。あの人はそう見えない。マーカス・ギルモアもそうですね。凄いけど、そこを見せない」

クリス・デイヴのセッション映像

――なるほど。かつてのフュージョンの時代が典型でしたけど、技術をこれでもかと見せる方向とそうでない方向、今も二つのベクトルはありますね。

「ネイトのギターもそうですね。もの凄く弾けるくせに、この一個のサウンドが格好いいから、それだけジャーンと鳴らす。だから、ギター・シンセを使っているのもそういう理由ですよね」

『Joy Techniques』収録曲“This Simulation Is A Good One”