
ここに収録された意味
なお、『Daydream』と同時期にマライアは密かにオルタナ・ロック系のアルバムをバンド録音で完成させるも、レーベルの反対から関与を伏せたチックス名義の『Someones Ugly Daughter』(95年)として出していたことも回想録で明かされたが、そんな創作意欲の高まりと相反するレーベル側の制約は、CEOであり夫でもあるトミー・モトーラとの軋轢へと繋がっていく。
96年に東京ドームでの初来日公演(今回の『The Rarities』にはライヴ音源が丸ごと収録。日本盤にはBlu-rayで映像もフル収録!)を行った彼女は97年に意欲的な『Butterfly』をリリースし、モトーラとの離婚を経た99年には華やかな『Rainbow』を残すも、この時期のレア音源はなし。
結果的にマライアは居心地の悪い元夫の拠城から新天地のヴァージンへ移籍して初主演映画のサントラ『Glitter』(2001年)を発表するのだが、その時期の蔵出し音源は、かねてから存在を知られていたリード・シングル“Loverboy”の〈Firecracker Original Version〉。これはYMOの“Firecracker”を大胆にサンプリングし、映画の予告編でのみ使われていたオリジナル・ヴァージョンだ。お蔵入りした理由は、関係のこじれたモトーラがジェニファー・ロペス“I'm Real”にアイデアを転用し、一足先に世に出したためとされる(しかも彼女の後見人はコリー・ルーニーであった)。そんな因縁の一曲と並ぶ“Out Here On My Own”も『Glitter』期の音源で、映画「フェーム」(80年)でアイリーン・キャラが歌った曲のカヴァーとなる。
その後ヴァージンをすぐに追われてヒットから遠ざかった(わけでもないのだが……)マライアだったが、デュプリが手腕を発揮した大傑作『The Emancipation Of Mimi』(2005年)で復権を果たす。この時期の蔵出し曲となるのが清々しいゴスペル調の“I Pray”で、前作『Charmbracelet』(2002年)に演奏で参加したケネス・クラウチが共同プロデュースしている。
続く『E=MC2』(2007年)のアウトテイクは、デュプリと共作した文字通りクールな“Cool On You”。ここではソフトな歌声が良い意味での年輪を感じさせて実に魅力的に響いてくるが、そんな円熟味をさらに深く味わえる蔵出し曲が2012年の録音だという70年代ソウル風の“Mesmerized”。これはソニー時代からの縁となるランディ・ジャクソンと鍵盤奏者のロイス・ホランド(『Merry Christmas』に参加)を迎えたメロウ・グルーヴとエレガントな歌唱が堪能できる最高に麗しい名曲だ。
それに続くのは2014年にライヴ録音された“Lullaby Of Birdland”。マライアには珍しいジャズ・スタンダードだが、憧れのサラ・ヴォーンの歌唱で知られているだけに好みの曲なのだろう。ここではジャム&ルイス経由で出会った90年代から長い縁となった音楽ディレクターのジェイムズ“ビッグ・ジム”ライトによるピアノをフィーチャーしていて、2018年に逝去した彼に捧げる意図もあっての収録に違いない。
そして2020年の最新曲という位置付けになるのが“Save The Day”だ。ビッグ・ジムが共作者に名を連ねているので数年前から手を付けていたようだが、フージーズのヒット“Killing Me Softly”(96年)をサンプリングして、同グループにいたローリン・ヒルを迎えるというまさかのコラボが実現している。これがマライアの次章を開くかといえばそうでもない気はするが、節目には相応しい一曲とも言えそうだ。
そんな『The Rarities』のラストを飾るのは、『Butterfly』に収めたアファナシエフとの共作曲を歌い直した“Close My Eyes(Acoustic)”。『Caution』に参加していたダニエル・ムーアのピアノ伴奏だけで送るアコースティックな作りで、マライアいわく〈これまで書いた中でもっともパーソナルな曲〉とのことだが、感傷的な内容を考え合わせれば、いまの彼女がここで歌ってみた意味も感じ取れるのではないだろうか。
もちろん個々の楽曲は単純に背景から切り離しても楽しまれるべきだが、彼女のキャリアを追いながら段階的にその楽曲に接してきた人にしか生まれない感慨深さというものは存在する。31年目のマライアにも期待しておきたい。
マライア・キャリーの作品。
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マライア・キャリーが参加した2017年のサントラ。
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