踊って悲しみを振り払っている

 こういった変化に関しては、サム自身は「この新作はポップ・アルバムってことさ」と説明している。前2作と同様に「破局アルバムではあるけれど、新作ではその失恋の悲しみを踊って振り払っているんだ」とも。落ち込んでクヨクヨしたり、泣いてばかりいるのではなく、外に出て思い切り踊って発散してみよう、というわけだ。そもそも幼い頃からダンス・ミュージックやポップソングの大ファンだったという彼だけに、ごく自然な変遷だったという。

 だが、全体的にポップ度が跳ね上がったとはいえ、もちろん従来通りのサム・スミス節もじっくりと聴かせてくれる。珠玉のバラード系においては、彼のキャリアを全面後押ししてきたジミー・ネイプスとスティーヴ・フィッツモーリスの2人が引き続き参加。その手腕に唸らされる。さらにタイトル・トラック“Love Goes”にはラビリンスが参加し、共作とプロデュース、共演者として大役を担っている。オーケストラをバックにしたクラシカルでドラマティックな展開は、まさしくアルバムの表題曲に相応しい仕上がりだ。

 当初は『To Die For』というタイトルで6月にリリースされる予定だった本作。コロナによるパンデミックのおかげでリリースは延期され、その刺激的なタイトルは変更となり、アルバム全体の内容も見直された。そして“Promises”以降に発表されたシングル・ヒットの多くは、ボーナス・トラックとして収録される形に落ち着いた。

 「この2年間はプライヴェートも音楽面も、もっとも実験的な時期だった。自分自身に限界を設けず、目標を高く掲げた結果、素晴らしい作品が誕生したんだ。そして少し時間を置いて見直して、いまふたたびこれらの曲と恋に落ちてるんだ」と、サムはみずからライナーに記している。

 プライヴェート面での変化は、本人も包み隠すことなく、常にメディアで大きく報じられてきた。ゲイであるとのカミングアウトに始まって、ストイックなワークアウトで極端に痩せたり、リバウンドしたり、性転換を考えていると公表したり、いや、やはりそうではなくて、男女の性には当てはまらないノンバイナリーではないかと思い直したり。ボディ・イメージに関しては、子どもの頃から常に悩まされてきたという。この2年間には、ルックスやファッションもかなり変貌した。そして、このアルバムで表現しているサム・スミスこそが、いまもっとも自分らしい姿なのだという。スーツを着込んでオーソドックスなR&B/ソウルを歌っていたデビュー時も、あれはあれで自身に正直な姿ではあったはずだが、現在のサム・スミスはアイライナーを引き、ハイヒールを履き、クネクネ踊って熱唱する。ヴィンテージ・ソウルの焼き直しではなく、彼にしか歌えないソウルなのだ。 *村上ひさし

『Love Goes』参加アーティストの作品。