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 CDはもう売れないといわれる。ただ音・音楽をパッケージするだけならたしかにネットからDLすればいい。でも近年は、文字やヴィジュアルの情報を多くし、パッケージ・デザインにも凝って、というアルバム――かつてSPレコードが〈アルバム〉にみえたのを踏まえているのを想起させる――がつくられている。ただ音・音楽を聴く〈以上〉のもの、だ。その点、資料的価値もあって、その方面に関心のある人はぜひ『環境音楽 KANKYŌ ONGAKU』は手元に持っておきたいとおもうはず。

 大きな函で届けられたLP『GREEN』は迫力だった。30センチ四方のジャケットに文字どおりグリーンの葉のデザイン。インテリアとして飾るもいい。そうだ、たしかにかつては、1980年代には、LPを壁にたてかけておいた。1枚のアルバムが、そんな時期のことを想いださせてくれる。

 1980年代はカセットテープも多くつくられた。LPが流通し、カセットテープにおとして、持ち歩いた。ウォークマンがまさにカセットテープのためのデヴァイスだった。吉村弘の音楽も、レコードではなく、いくつかがカセットテープでリリースされたのも偶然でない。LPがCDになり、CDウォークマンが出回るのが1980年代半ばで、両者は並行してつかわれた。

 ともに春秋社から発売された著書「都市の音」(1990年)、「街のなかでみつけた音」(1994年)で、吉村弘はこの時代の都市環境と音をめぐって短い文章をつらねている。声高に環境音楽とは、とか、じぶんの音楽は、とは言わない。著書でもじぶんの音楽についてのことばはわずか。まわりにある音や音楽をめぐって記すのがほとんど。都市と音をめぐっての、いまとなっては貴重な証言。この時代、官公庁も音環境にすこし気を配ることもあった。先の〈ピレネ〉もそうだったのだろう。いまは――どうなのか。いま生きている、生活している人たちのまわりの音は。

 かつて南北線――1991年開業――ホームでは吉村弘による発車サイン音がひびいていた。これがなくなったのは2015年3月10日から、という。〈沿線をイメージしたスイッチ社製のメロディに変更された〉と、サイト(http://hassya.net/kaisha/metro/namboku.php)で知った。「街のなかでみつけた音」の143ページには「営団地下鉄〈南北線〉のサウンドスケープ・デザイン」が掲載されている。作曲家の描く独特な曲線やト音記号をながめ(吉村さんの曲線をなす五線譜や猫の線画が出版されないものだろうか)、わずかな音符をたどって、かつてよく耳にしていた発車サイン音を脳裏にうかべる。音は消えてゆく。でも、また、きっとおもいかえす人がいて、どこかにのこっている痕跡をたどる人もいる。1980年代の吉村弘も、〈環境音楽〉も――。

 


吉村弘(よしむら・ひろし) 【1940-2003】
1940年、横浜生まれ。早稲田大学文学部卒業後、作曲を独習し、ヴィジュアル・ポエトリー、グラフィックス・デザイン、サウンド・サインを含む環境音楽など、ジャンルを超えて才能を発揮。自身の創案による音具、自らの身体をもちいた即興的なパフォーマンスで独自の境地を切り拓く。美術館などでのワークショップにも情熱を注ぐ。すぐれたエッセイストでもあり、「静けさの本」(春秋社、2003年)は生涯最後の著作。吉村弘が夢想しつづけた〈総合芸術作品〉となった。2003年逝去。

 


寄稿者プロフィール
小沼純一(こぬま・じゅんいち)

リモートで授業するとか会議するとか慣れないことばっかり。実家での介護生活もなかなかメンタル面での負担が。ほとんど音楽なし、むしの声の生活で、でも、ま、これが生きてるってことだにゃ。ことしはとりあえず本が2冊でたし。