坂本慎太郎が、2019年8月にリリースした『小舟』以来、1年3か月ぶりのニュー・シングルを2作連続で発表する。2020年11月11日には『好きっていう気持ち』が、12月2日(水)には『ツバメの季節に』が、それぞれ7インチ・シングルと配信でリリースされる。

今回は、坂本の大ファンである新進気鋭の小説家・奥野紗世子が、『好きっていう気持ち』に収録された2曲について綴った。新型コロナウイルス感染症が爆発的に拡大し、混迷を極めるこの世界で、坂本慎太郎の歌詞はどんなふうに響くのか? *Mikiki編集部

坂本慎太郎 『好きっていう気持ち』 zelone(2020)

 

〈坂本慎太郎がCOVID-19による非常事態宣言下以降に書き下ろした曲〉である。

『幻とのつきあい方』は東日本大震災〜福島第一原子力発電所事故の影響下で制作されている。

東京にも放射性物質が降った、にもかかわらず生活は変わらず〈ただちに影響はない〉という言葉のおそろしかったことよ。あの頃の静かに滅びていくような俯瞰ではわからない、ひとりひとりの感覚の変化を歌ったのが『幻とのつきあい方』だったと思う。

そして今度はCOVID-19である。未知のウイルスである。ものすごい勢いで拡散し感染し人が死ぬ。見えない、恐ろしい、よくわからない何かが再び生活を冒す。

東京で非常事態宣言が出た。店が閉まり、街に人がいない。そして日本とアメリカでのツアーが中止や延期になった坂本慎太郎が作った曲だ。

ソロ以降の現在の空気感とその核心の周辺を溶ける砂みたいな言葉で歌うようなスタイルを考えると、どんな感じになっているのか気になって仕方ないですよね。

聴いたとき、ちょっと驚いた。なんとなく『ナマで踊ろう』のような、少しシリアスな感じなのではないかと思っていた。

“好きっていう気持ち”は、〈腰を振って きちんと毎日 踊ろう/ハミガキするより簡単なことさ〉、〈胸を張って 好きっていう気持ち 叫ぼう〉〈やめられないでしょ? もう誰も/とめられないでしょ? 音楽を/死ぬまで〉と歌う。音楽のジャンルについてわたしは詳しくないが、もっさりふわふわしたロカビリー調(違うかも知れません。そこら辺はMikikiの人に聞いてみてください)だ。

一見すると『ナマで踊ろう』での〈けしてこの世は地獄なんて確認しちゃダメだ〉、〈ナマ身とナマ身で揺れよう 永久に〉という狂気に侵されないための処世術としてのダンスとあまり変わらないかもしれない。

けど全然違う。

“おぼろげナイトクラブ”は〈この世には(この世には)/思ってるようにいかないことばかり/優しさが(優しさが)/余ってるような場所あれば連れてって〉、〈シンセとコンガとボンゴのコンボののんきなテンポのサンバや演歌で/ナンパしてる/いいね〉である。

家で鬱屈しているリスナーとの再び集まって踊る約束だ。地獄なのを忘れるためじゃなくて、この途方ない不安の中で自分のために〈踊ろうよ〉と誘っているのだろう。

 


PROFILE: 奥野紗世子
1992年生まれ。小説家。
「逃げ水は街の血潮」で第124回文學界新人賞受賞。近作に「復讐する相手がいない」(「文學界」2020年5月号)、「サブスティチュート・コンパニオン」(「文藝 2020年冬季号」)。
Twitter:@HumanTofu
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