グローバルからお茶の間まで、その音と名前を浸透させている真っ最中。自身をアップデートし続ける注目の才人が、早くもニュー・アルバムを完成させた!
知らなくちゃいけない本当
前作『Ghost Notes』からおよそ1年ぶり、Kan Sanoによる通算5枚目のアルバム『Susanna』がリリースされる。タイトルの〈スザンナ〉とは、今年3月に逝去したフィンランドの写真家、スザンナ・マユリのこと。本作は彼女と、Sanoの祖母たちに捧げられたアルバムだという。

「この1年の間に祖母が3人亡くなって。自然とアルバムも、自分のもとを去っていった人について書かれた曲が増えていきました。スザンナ・マユリは一方的にファンで、彼女が写真集を出したときにサイトへ直接問い合わせたところ、本人からメールをもらったことがあったんです。そこには〈Maybe we will meet one day.(いつか会えたらいいですね)〉と書かれてあって、嬉しくてずっと覚えていたんですよね」。
そのメッセージは、本作の限定版のみに付属のピアノ曲集『写し鏡のソロピアノ』に収録された、即興曲のタイトルにもなっている。〈水〉をモチーフに、まるで風景と人物が溶け合うようなスザンナの作風は、生楽器とエレクトロが混じり合いながらアブストラクトな音像を描く本アルバムの作風とも、どこか通じ合うものがある。出会いと別れ、生と死をテーマにしているのは、やはり新型コロナウイルスの影響も大きいようだ。
「このところ芸能人で亡くなる方も続いているじゃないですか。それも思うところがありますし、こういう時だからこそ〈音楽を止めちゃいけない〉という思いもあったので、何とか今年中に完成させられてホッとしています」。
制作は昨年の秋から始まったが、冒頭曲“Flavor”はコロナ禍の状況下で書かれたもの。〈no, no, 考えなくてもいい方選ぶのは no, no, これきりでおしまいがいいと思う〉〈no, no, 知らなくていいこと達の中に no, no, 知らなくちゃいけない本当があるよ〉といった歌詞は、極限状態の中で人々が思考停止に陥っていくことへの警鐘を鳴らしているとも取れる。
「例えばマスク2枚が政府から配られたときに、〈いいじゃん貰えるものは貰っとこう〉と思うのか、〈こんなに時間かけてそれ?〉と思うのか。僕はやっぱり考えちゃうんですよ。自分たちの税金がどう使われているのか、ちゃんと知らなきゃいけないなって。こうやってミュージシャンが政治的な発言をすると日本では批判されがちですが、海外ではビリー・アイリッシュのように若い人たちでも自分の意見を堂々と表明していますし、少しずつ変わってきている気はしますね」。
意識的に挑戦している
また、〈狂い始めるタイムライン 衝突は回避〉と歌う“Good Luck”や、〈既読だけ〉とリフレインする“She's Gone”など、SNSをモチーフとした表現が増えているのも印象的だ。「これまで俗っぽい言葉や、具体的な固有名詞など意識的に避けてきた」というSanoが、こうしたアプローチに挑戦しているのは、自身がリーダーを務めるLast Electroでの活動や、アイドル・グループであるRYUTistの楽曲を手掛けるなど、ここ数年で活動範囲がグッと広がったのも大きな要因だ。
「自分はシンガーとしてずっとやってきたわけではないので、歌や歌詞にコンプレックスがあるんです。歌の表現力も乏しいし、使える言葉もそんなに多くないんじゃないかって。でも、そうやって自分の領域を自分で決めちゃうのも良くないなと思い、少しずつ広くしようと意識的に挑戦していますね。例えば“Ash Brown”は、大阪のファッション・ブランドのantiquaに提供した曲で、そういう特殊なコンセプトだったからこそ普段使わない言葉を入れたり、いつも重ねて録っているヴォーカル・トラックをシングルにしたりしている。ほんのちょっとした違いなのですが、僕にとってはとても大きなチャレンジなんですよね」。
ヴォーカルをシングルで録る試みは、Shin Sakiuraとのコラボ曲“ほんとは”で初めてトライしたことが大きな経験となった。また最近は、弾き語りライヴを行うことも多く、スタジオではやったことのない歌い方もするため、それが今回のレコーディングにフィードバックされてもいるという。
「今回、歌詞の分量がこれまででいちばん多いので、僕の作品の中ではもっともシンガー・ソングライターっぽいアルバムといえるかも知れない。今後どうなっていくかはわからないですけどね。基本的には少ない言葉とメロディーで成立させる作り方が好きなので。これ以上、歌詞が増えていくことはない気がします」。
アルバムならではの表現
アルバムに先駆けてリリースされた“DT pt.3”は、前作の“DT pt.2”に次ぐ続編的な内容。よりダンサブルになっているが、すべての楽器を生演奏し、ループさせるなど手法は同じだ。続く第2弾シングル“On My Way Home”も、前作の“Sit At The Piano”が持っていたローファイ・ヒップホップ感を受け継いでいる。他にも、歌モノとインストのバランス、曲間の繋げ方など、『Ghost Notes』と『Susanna』はある意味では〈対になっているアルバム〉ともいえないだろうか。
「うちのレーベル(origami PRODUCTIONS)のボス(対馬芳昭)が、〈マイケル・ジャクソンの『Off The Wall』と『Thriller』みたいな関係かな〉と言っていて、〈なるほど〉と思いましたね。あの2枚もフォーマットが一緒なんですよ。最初にアガる曲が続いて、バラードで落として、みたいに同じ構成になっている。サウンドも曲調も全然違うんですけど、型が一緒という意味では、僕も『Ghost Notes』で一つ手応えがあったので、それを本作で用いようとは思っていましたね」。
本作には、ゲストとしてLAの鍵盤奏者ロブ・アラウージョや、シンガポール出身のシンガー・ソングライター、チャーリー・リムが参加。チャーリーは、Sanoがプレイリストで紹介したことがきっかけとなり交流が始まったという。
「ある意味、サブスクの時代だからこそ実現したコラボといえますね。ただ、サブスクを使うようになってみて改めて思うのは、やはりアルバムを通して聴く楽しさは捨てがたいということです。僕の作品も、どうやったらアルバムを通して聴いてもらえるか、その工夫をいつも考えていますよ。今作だと“On My Way Home”と“Ash Brown”の繋ぎがとても気に入っているんですけど、そういうのってアルバムならではの表現だと思うんですよね」。
最初から最後まで、通して聴くことで見えてくる〈アートフォーム〉としてのアルバム表現。そうしたSanoのこだわりは、小さい頃から聴いてきたビートルズの影響だ。
「『Abbey Road』で“Come Together”が終わると、頭の中で“Something”のイントロが自然に流れ出す、みたいな(笑)。『White Album(The Beatles)』の流れも大好きですし、最近作る曲の尺が短いのも〈ビートルズってイントロ短いよな〉と改めて思ったから。僕にとって、ビートルズの存在は相変わらず大きいみたいですね」。
Kan Sanoの近作。
まだまだ広がるKan Sanoの音世界
前作『Ghost Notes』のリリース時点でもその予感は十分にあったものの、それ以降のKan Sanoの大活躍ぶりは凄まじい。プロデューサー/アレンジャーとして、ソングライターとして、キーボーディストとして、そしてヴォーカリストとして……多様な形で彼の関与が求められる例は、特に今年に入って加速的に増加し続けているようにも思える。
以下にジャケを紹介した以外でも、チャーリー・リム“Least Of You”やOvall“Transcend”をリミックスしていたり、Keishi Tanakaと“The Smoke Is You”を共作したり、SKY-HIの新曲“仕合わせ”にフィーチャーされたり……今回の新作『Susanna』と同タイミングで届いた小西真奈美の新作でも手腕を発揮したばかりだが、共作した“瀬戸際のマーマレード”を含む児玉奈央のアルバムも来月には登場するし、ここからさらに厚みを増していくディスコグラフィーと共に彼の音世界は拡大していきそうだ。 *bounce編集部
Kan Sanoが参加した近作を一部紹介。