エイフェックス・ツインことリチャード・D・ジェイムズ。彼がワープから初めてリリースしたアルバムは、ポリゴン・ウィンドウ名義の『Surfing On Sine Waves』だった――これは、あまり知られていない事実である。
ワープの歴史的コンピレーション『Artificial Intelligence』(リチャードは〈The Dice Man〉名義で“Polygon Window”を提供)、そしてエイフェックスのデビュー・アルバム『Selected Ambient Works 85-92』がリリースされた92年、電子音楽の歴史は転換期にあった。翌93年にリリースされたこの『Surfing On Sine Waves』は、レイヴの時代の終わりと〈エレクトロニック・リスニング・ミュージック〉の時代の幕開けを告げる作品だったと言えるだろう。
そんなエイフェックスのキャリアにおける重要作にして電子音楽の歴史に刻まれる記念碑的アルバムが、紙ジャケットCD仕様の〈完全版〉としてリリースされた。この『Surfing On Sine Waves[完全版]』には、リチャード本人の監修によりシングル曲などがボーナス・トラックに加えられている。CDやLPを愛聴してきたファンにぜひ手に取ってもらいたい一枚であり、当時を知らないリスナーのファースト・コンタクトとして最良のリイシューだ。
今回は名盤の再発を祝い、『Surfing On Sine Waves』について2人の書き手に執筆を依頼した。93年当時の時代のうねりと興奮を綴った小野島大と、ポリゴン・ウィンドウのサウンドを受け継いだ最前線の作品を紹介した坂本哲哉。2人のテキストを『Surfing On Sine Waves』の多角的なガイドとして活用してもらいたい。 *Mikiki編集部

ロックからテクノへ――90年代初頭の転換が刻まれた『Surfing On Sine Waves』
by 小野島大
この時代のエイフェックス・ツインを始めとするテクノ黎明期の作品は時間軸がめちゃくちゃに混乱していて、何をいつどういう順番に聴いたかあまり覚えていなかったりするのだけど、本作収録の“Quoth”を聴いた時の驚きははっきり覚えている。『Selected Ambient Works 85-92』は既に聴いていたので、そこで奏でられていた静謐で叙情的で美しいアンビエント音響に魅せられていた身としては、巨大ロボットがガンガン町を破壊していくようなラウドでハードで暴力的で無機質で無慈悲で汗の匂いがまったくしない“Quoth”のハンマー・ビートには驚いたし、最高に刺激的だった。今聴いても高揚するし、2010年代以降のインダストリアル・チューンと比べてもまったくひけをとらないと思う。
『Selected Ambient Works 85-92』では内向的で大人しくて夢見がちで謎めいてもいた天才少年リチャード・D・ジェイムズのもう一面を見たような気がしたし、それ以前はミニストリーやナイン・インチ・ネイルズやフロント242などのボディ・ミュージック/インダストリアルに熱中していたぼくを、本格的にテクノの泥沼に引きずり込むのに十分な魔力を秘めていた(“Quoth”に先駆けるハードコア・テクノの傑作“Digeridoo”を聴いたのはそのあとだったと記憶している) 。実際、本作や 『Selected Ambient Works 85-92』、ジェフ・ミルズの『Waveform Transmission Vol. 1』(92年)あたりが、ロックからテクノへ、という価値観の転換の(個人的に)あまりに大きな変わり目だった。エイフェックスやジェフだけでなく、新しく刺激的な音がテクノの名のもとに次々と押し寄せてきたこの時期は、70年代末〜80年代初頭のパンク/ニューウェイヴの時代に匹敵する面白さだったと思う。
もちろん『Surfing On Sine Waves』のほかの曲も魅力的だ。どれも当時まだ21歳だったリチャードの才気が静かな音像の中に迸っている。“Quoth”がリチャードの狂気を示すとするなら、ほかの曲は彼の多面性と音楽的な奥行きを示す。とりわけ淡く、儚く、どこか遠くの世界から鳴り響き、幻のようにこだまする“Quino-Phec”は、本当に素晴らしい。オリジナルLP/CDでは最後に入っていて、聴き手の心にいつまでも消えぬ余韻を残す。何度かの再発を経てボーナス・トラックが追加され、それに伴って曲順も入れ替わって印象も少し変わってしまったのは少し残念だが(オリジナルでは“Quixote”のあとに“Quino-Phec”が入って、そこでアルバムが終わる)、気になるならCDをリッピングしてパソコン上で曲を並べ替えて聴けばいいのだ。
約30年前の音楽。だがその音は古びることなく、今もなおぼくたちの前に静かに佇んでいる。
電子音楽の最前線に受け継がれるポリゴン・ウィンドウのサウンド
by 坂本哲哉
レディオヘッドやビョーク、ティンバランドはもとより、フランク・オーシャンやアルカ、あるいはコリン・ステットソンに至るまで、エイフェックス・ツインが影響を与えたアーティストは数多存在する。だが、果たして彼のポリゴン・ウィンドウ名義での『Surfing On Sine Waves』からの影響と考えるとどうだろう。ワープが〈Artificial Intelligence〉シリーズで標榜した〈エレクトロニック・リスニング・ミュージック〉を具現化したような、アナログ・シンセとリズム・マシンで作られた荒涼としつつもロマンチックな音楽。そんな音楽はリリースから27年経った今、どのようにして現代の電子音楽家/プロデューサーに受け継がれているのだろうと考えたとき、牽強付会な見立てかもしれないが、一つのアルバムが思い浮かんだ。ベルリン・テクノの総本山といってもいいオストグート・トンからリリースされたシェッドによる『Oderbruch』(2019年)である。
彼の生まれ育ったドイツとポーランドの国境の地域をタイトルに冠した同作は、90年代初頭のレイヴを想起させる”Sterbende Alleen”のようなブレイクビーツ・トラックも印象的だが、何よりも魅力的なのはアルバム全体を覆う鬱々としながらもロマンチックなムードだ。とりわけ、”Nacht, Fluss, Grille, Auto, Frosch, Eule, Mücke”から”Seelower Höhen”までの流れが素晴らしく、まるで『Surfing On Sine Waves』の”If It Really Is Me”から”UT1-Dot”の展開を再現し、更に深化させたサウンドのように聴こえる。
また、シェッドが『Oderbruch』をリリースする4年前に発表したEP『Constant Power』(2015年)では、ポリゴン・ウィンドウの”Supremacy II”や”Quoth”あたりのハードなテクノ・トラックを彷彿とさせるような、凶暴なブレイクビーツを鳴らしており、彼のサウンドのブループリントとなったのが、エイフェックス・ツインの諸作品ではなく、『Surfing On Sine Waves』であることを強烈に印象づけるだろう。
そんなシェッド以外にも『Surfing On Sine Waves』の影響下にあると思われる作品を二つほど紹介したい。一つは、韓国はソウルを拠点とするレーベルのブレインダンスからリリースされた、IRT2000とUnreg Alienによるユニット、THAADのEP『Infrared Sat』(2018年)だ。一聴するとド派手なIDMのように聴こえるが、後半にいくにつれて立体感のあるシンセのうねりが脳と身体を揺さぶる。そのサウンドはまるで、ポリゴン・ウィンドウの”Supremacy II”をサンプリングし、チョップド&スクリュードしてしまったようなサウンドで、ある意味ではそのサウンドはヴェイパーウェイヴ化されたポリゴン・ウィンドウと呼ぶことができるだろう。
そしてもう一つは、クロアチア出身のロバート・メルラクの新作『Finomehanika』(2020年)。20年以上のキャリアがありながらソロ・アルバムとしては2作目となる同作は、メランコリックであると同時にインダストリアル的な質感も持ったアンビエント作だ。その荒涼としたダーク・アンビエントは、今まではエイフェックスの『Selected Ambient Works Volume II』くらいしか接続点がなかったといっていい『Surfing On Sine Waves』本編最終曲”Quino-Phec”の続編を描いたよう。今『Surfing On Sine Waves』の次にこの作品を聴くと、新たな電子音楽の可能性を発見できるかもしれない。
このようにして現在もそのサウンドが受け継がれている『Surfing On Sine Waves』は、エイフェックス・ツインの膨大なディスコグラフィーの中でも、未だに再解釈の余地を残す、ミステリアスでロマンチックな作品なのだ。
INFORMATION

リリース日:2020年12月4日
仕様:国内盤CD
国内盤特典:ボーナス・トラック追加収録/解説書封入
品番:BRC-645
価格:2,200円(税別)
TRACKLIST
1. Polygon Window
2. Audax Powder
3. Quoth
4. If It Really Is Me
5. Supremacy II
6. UT1-dot
7. Untitled
8. Quixote
9. Portreath Harbour
10. Redruth School
11. Quino-Phec
12. Bike Pump Meets Bucket
13. Iketa
14. Quoth (Wooden Thump Mix)
WARP RECORDS CAMPAIGN 2020
2020年10月16日(金)~2021年2月28日(日)

■ステッカー封入商品(初回生産分のみ)
オウテカ『SIGN』国内盤(2020年10月16日リリース)
ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー『Magic Oneohtrix Point Never』国内盤(2020年10月30日リリース)
ポリゴン・ウィンドウ『Surfing On Sine Waves[完全版]』国内盤(2020年12月4日リリース)
オウテカ『PLUS』国内盤(2020年11月20日リリース)

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■対象商品
スクエアプッシャー『Be Up A Hello』国内盤(発売中)
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オウテカ『SIGN』全形態(デジタルは対象外)
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ポリゴン・ウィンドウ『Surfing On Sine Waves[完全版]』国内盤(2020年12月4日リリース)
オウテカ『PLUS』国内盤(2020年11月20日リリース)
■応募方法
対象商品に貼付された応募券を集めて、必要事項をご記入の上、官製ハガキにて応募締め切り日までにご応募ください。
締め切り:2021年2月末日消印有効
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