なぜ、即興なのか――気鋭のミュージシャンに即興音楽の面白さを訊く

 坂田明 ×トリプルエッジによる約1年ぶりのセカンド・アルバム『LIVE AT PIT INN』がリリースされた。山下洋輔トリオをはじめフリー・ジャズ/即興音楽シーンで60年代末より活躍してきたレジェンド・坂田明(アルト・サックス/クラリネット/ヴォーカル)を中心に、坪口昌恭(ピアノ/シンセサイザー)、早川岳晴(ベース)、藤掛正隆(ドラムス)の4人からなる彼らは、新作でも白熱したインプロヴィゼーションを繰り広げている。

坂田明,トリプルエッジ 『LIVE AT PIT INN』 FULLDESIGN RECORDS(2020)

 もともと早川と藤掛が〈エッジ〉と題したシリーズでゲスト・ミュージシャンを迎えたセッション・アルバムをリリースしていたところに、坪口が参加し(=トリプルエッジ)、そして坂田が加わることでカルテット編成となった。前作も、新宿ピットインのライヴを収めた今作でも、リハーサルや打ち合わせは一切なし。すなわち完全即興で行なったセッションが収められている。なぜ彼らは即興という手段を選んだのだろうか。

 「(即興というのは)前もって何も準備をしないということですよね。僕の場合は絵を描くような感覚で取り組んでいます。あの人が墨で描くなら、僕はクレヨンを使おうかな、とか、誰も持ってないサインペンを使おうかな、とか。そうやってホワイトキャンバスに何も決めずに絵を描いていくような感覚です」(坪口)

 ただし、必ずしも抽象画でなければならないわけではない。具象画が生まれてしまっても構わないのである。実際に、今回のアルバムでもいわゆるフリー・インプロヴィゼーションのスタイルではなく、時にグルーヴ感溢れ、時にユーモアに満ちた音楽を展開している。

 「即興は何をやっても許されてしまうわけですよ。つまりフリー・ジャズのようにする必要はないんですね。テクノになってもいいし、フォーキーになったっていいわけです。その自由さというのは、ある意味では人間として非常に高尚な行為でもあると思います。答えがないから間違いもないんですけど、とはいえ〈ここにはこれでしょ〉というのはあるんですよね。それをお互いに探り合う作業なんです。あらかじめ用意されたコード進行に対してどんな音が合うのか探るよりも、もっと抽象的なレベルで良い/悪いを判断して、みんなで共有していくんです」(坪口)

 世間には即興演奏をプリミティヴな行為だと捉える人もいるが、坪口は「プリミティヴだからこそ高尚。言語以前の表現なので」と説明する。ところで作曲家/ベーシストのギャヴィン・ブライアーズは、かつて即興演奏のマンネリ化に対して厳しい批判を投げかけた。それについてはどのように考えているのだろうか。

 「僕も少し前までは即興じゃダメだと思っていたんです。けれども作曲するのであれば、即興では絶対に出てこないような強力な決め事を作らないとダメですよね。そうなった時に、何も決まっていないことのやり方を経験しておかないと、そうした作曲も出てこないんですよ。なので今は両方やらなきゃいけないと思っています。作曲ばかりしていた後に即興をやると、思いもよらなかった音が出てくることもありますからね。だから僕は、即興は作曲のように、作曲は即興のようにやるべきだと思っています」(坪口)

 「僕もそうです。即興をやるときはやっぱり〈何かものを作り出す〉という作曲のイメージでやっています。つまり〈即興〉というスタイルを演奏しているわけではないんですね。あくまでも作曲方法の一つとして即興演奏をしている。とはいえ、あらかじめ作為を用意しているわけでもなくて。音楽をやる以上、作為は必ずあるんですが、無作為のようでいて結果的には作曲として成立しているようなものを目指しているんです。そのために即興と作曲の両方の視点を持ちつつ、書き譜では絶対に到達できないようなことに挑戦しています。そういうことを自然にこなすのが理想ですね」(藤掛)

 最後に、メンバーを牽引する坂田は即興の面白さを次のように語ってくれた。

 「即興は何も考えなくて良いというのが一番ですね。完璧に自由なのでやりたいことがやれてしまう。演奏が始まっちゃえば、音に引っ張られていろんな音が動いていく。なので僕にとって即興演奏はとても重要な部分を占めています。一番楽ですから。世界中のどこに行っても、誰とでもできてしまうんです」(坂田)

 


坂田明(さかた・あきら)
69年〈細胞分裂〉を結成。72年〈山下洋輔トリオ〉に参加。メールス・ニュー・ジャズ・フェスティバルを始め世界中の様々なフェスティバルに出演。以後〈SEXTET〉〈wha-ha-ha〉〈DA-DA-DA ORCHESTRA〉〈MITOCHONDRIA〉など様々なグループの結成、解体を繰り返しながら、ミュージック・シーンの最前線を走り続ける。現在はレギュラーグループ〈坂田明mii(みい)〉を中心にセッションを展開中。著書には『ミジンコの都合』(共著 日高敏隆 晶文社)ほか。NHK『視点論点』『ためしてガッテン』等、テレビ、ラジオ出演も多数。

 


トリプルエッジ(Triple Edge)
ベーシスト早川岳晴とドラマー藤掛正隆によるユニット“EDGE”。アルバム『EDGE/EDGE』(P-VINE/PCD-18624/5)のメンバーである坪口昌恭が参加し、トリオ“TRIPLE EDGE”に、即興の巨人坂田明を迎えたセッションを2017年にスタート。デビュー作『坂田明×TRIPLE EDGE』発表以降、不定期ながらも回を重ねる毎に求心力を増すライヴを繰り広げている。

 


LIVE INFORMATION

坂田明+トリプルエッジ
○2021年4月中に新宿ピットインにて予定しています。詳しくはHPをご確認ください
fulldesignrecords.com/