子供の頃、誰しもが一度は〈自分は特別な才能を持っているんじゃないか〉などと思ったことがあるのではなかろうか。成長と共にそんな自意識は肥大化していき、しかし同時に〈自分は天才なんかではなかった〉ということをどこかで知る。これはトリプルファイヤーのヴォーカリスト、吉田靖直が〈自分は天才かと思ったけどそうじゃなかった〉と気付くまでの自伝的小説だ。

彼を一目見たタモリが「お笑いをやった方がいい」と言ったように、〈いじられる〉ということにだけは天性の才能を持っている吉田靖直。彼は幼少期から、本人はいたって大まじめだけど客観的に見れば笑える言動を繰り返し、それを周囲にいじられながら成長を重ねていく。そんな彼の言動を見て、我々読者も思わず笑ってしまう……のにどこか笑いきれないのだ。なぜなら我々にも似たような黒歴史や苦い思い出があって、嫌でも吉田少年の言動がそれらとリンクしてしまうのだから。

やがて少年は音楽と出会い、バンドを結成し、音楽を作り始める。淡い恋も経験して、進学して上京もする。しかしそこには決して華やかなサクセスストーリーが待っているわけではなく、むしろどこまでもダメな人間の、どこまでもパッとしないエピソードばかりが待っている。それでも彼は音楽だけは諦めずに続け、少しずつ少しずつ、前進しているのか押し戻されているのか分からないまま、やりたいことをやっていく。

しかし現在、私たちは華やかなライブハウスやフェスのステージで、スポットライトを浴び、酔ってベロベロになりながらパフォーマンスをする吉田の姿を知っている。CDも売ってるし、テレビにだってたまに出てる。聞くところによれば、彼の追っかけの女子もいるらしい。冴えなくたって、売れなくたって、追っかけの女子がいるならいいじゃないか。そう、この物語はすでに十分サクセスストーリーなのである。