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コラム

セレステ(Celeste)『Not Your Muse』すでに世界を魅了した英国の新星が贈る、2021年の最注目作を掘り下げる

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英国音楽史において

 出世曲と言っていい“Strange”や英国の老舗百貨店ジョン・ルイスのクリスマスCM曲“A Little Love”をプロデュースしたジェイミー・ハートマンと大半の曲を共作した『Not Your Muse』は、当然のようにUKアルバム・チャートで1位をマーク。そのコンセプトについて彼女は、「私が無力に感じていた時に見い出した力についての作品。アルバムを作るにあたって、自分が力づけられる場所に辿り着かせ、力強く目を見開かせ、満たされた」と語るように、もどかしい気持ちや不安に苛まれながらも、それを克服して勇気を取り戻していくような強さをヴィンテージなサウンドと一緒になって表現している。そう思うと、UKポップスの名匠チャーリー・ヒューガルが手掛けたバラードの表題曲は、静謐なムードからサイケな音像を交えてスケール感を増していき、まさに彼女が言う〈無力の中で見出した力〉を音そのもので描いたかのようだ。“Strange”と対になるような、不意の別れと出会いについて歌ったジェイミー制作のアコースティックなバラード“Some Goodbyes Come With Hellos”まで、アルバム本編ではそんな気持ちが生々しく綴られている。

 楽器の繊細な響きや音の隙間、余韻を重視したサウンド・プロダクションは、彼女のアンニュイでエモーショナルな歌声を存分に引き立てる。〈あなたが思う理想の人とは違うかもしれない〉と歌う、音数を最小限にとどめたシンプルなバラード“Ideal Woman”を筆頭に、ヒューガルと並んでアルバムをメインでプロデュースしているジョシュ・クロッカーの手際は特に見事だ。ギターのアルペジオでうつろう感情を描いたような“A Kiss”、古き良きムード音楽風のサウンドをバックに〈私の思い通りになるなら、ずっとここにいてほしい〉と歌う“Beloved”、アコースティックで浮遊感のある“The Promise”など、カリ・ウチスも手掛けていたジョシュの細やかな音使いが、セレステのシンガーとしての魅力をありのままに輝かせている。

 大晦日から元日に年を跨ぐかたちでシングル・リリースした“Love Is Back”など、20代のポップ・シンガーらしい勢いを打ち出したキャッチーな曲もある。近年はリゾへの楽曲提供でも再注目されているショーン・ダグラスがペンを交えた“Tonight Tonight”は、離れようにも離れられず〈今夜はあなたのもとに向かう〉と駆けつけたい気持ちをアップ・ビートに乗せて歌う。燃え上がった炎のように抑止できない自分の感情をニーナ・シモン“Sinnerman”を引用したトラックと一体になってぶつける“Stop This Flame”の疾走感も痛快だ。また、ブラスを含めた生バンドのオーガニックなグルーヴで突き進む“Tell Me Something I Don't Know”では、なぜ生きる人と死ぬ人がいるのか、騒がしくなる日々の中で道を失いそうになる自分を正しい方向に導いてほしいと訴える。直接誰かを名指ししているわけではないが、これはある男が引き起こした衝突や混乱に対しての揶揄とも受け取れる。

 シャーリー・バッシーやダイアナ・ロスを思わせる60~70年代風の衣装を現代風に着こなす彼女は、自他ともに認めるファッショニスタでもある。「私にとってファッションは、ただ洋服を身に着けることではない。特定の歌におけるキャラクターやムードに合わせるためのルックを創作すること」と話すように、そのファッションは確かにヴィンテージなサウンドと結び付くものだ。ブリティッシュ・ソウルの系譜に連なりながら新しい風を運ぶソングストレスはリスナーの目と耳を潤し、早くも自国の音楽史に太字で名を刻んでいる。

左から、アヴィーチーの2015年作『Stories』(PRMD/Universal)、2020年のサントラ『The Trial Of The Chicago 7』(Concord)、ジョン・バティステの2020年作『Music From And Inspired By Disney Pixar Soul』(Walt Disney)