Talk About Our Love
唯一無二のヴォーカリゼーションとアトモスフェリックな恍惚のサウンド・デザインによってエクスペリメンタルなR&B世界を構築してきたサーペントウィズフィート。圧倒的な称賛を浴びた初作に続く『Deacon』にはさらなる陶酔が溢れている!

〈声の力〉で恍惚へと導くR&B作品

 クラムス・カジノらが関与した初アルバム『Soil』(2018年)はクィアである彼のセクシャリティーも含めて静かな話題を呼んだが、タイ・ダラー・サインの2020年作『Featuring Ty Dolla $ign』に自身の名を冠したインタールードが収録されたことは過去最大の名誉かもしれない。NYからLAに移住した後にタイ・ダラーを迎えて放った2019年のシングル“Receipts”への返礼も兼ねて、折り重なる神秘的なコーラスで彼の歌世界を広めたのだ。ジャンルレスで異端な音楽性を強調したがるメディアに対して「R&Bシンガーだ」と言い切る彼はブランディの大ファンで、歌唱においても〈ヴォーカル・バイブル〉と呼ばれるブランディの唱法からの影響が感じられる。

 官能と抑制に美を求めるような世界観を共有するサンファやリル・シルヴァとのコラボ“Fellowship”を先行曲としたセカンド・アルバム『Deacon』でもそれは同様。クィアとしての自身に誇りを持ちつつ、教会出身者としてのルーツを音楽に昇華させている。音数を最小限に絞ったミニマルで静謐なスロウを中心とした、グレゴリオ聖歌にも通じる楽曲における彼の歌声は前作以上にサラウンド感が強調され、深みのある地声とスウィートな裏声を自在に行き来するヴォーカル・コントロールの巧さも際立つ。トラップやハウス的なビートをベースにした曲もあるが、ネイオのキュート・ヴォイスと交わりながら荘厳なムードを醸す“Heart Strom”も含めて、恍惚へと導くのはあくまでも彼の声の力。〈助祭〉と銘打つだけのことはある。

 


人としても表現者としても成熟した姿

 LAを拠点に活動するボルティモア出身のサーペントウィズフィートことジョサイア・ワイズは、人という生き物が持つ相反した感情を表現できる素晴らしいアーティストだ。R&Bが軸となる多彩な音楽性はポジティヴとネガティヴの両面を違和感なく映し出し、ワイズの歌声は聖と俗を奔放に行き来する。多大な影響を受けたゴスペル的な歌い回しで神々しい光を放ったかと思えば、肉欲が滲む妖しいヴォーカルでリスナーの激情を掻き立てる。

 ゲイの黒人男性としての視点が漂う歌詞も筆者の心をとらえて離さない。はっきりと政治/社会性を打ち出してはいないが、マイノリティーな側面を複数抱える者の視座が色濃い言葉は、世界はさまざまな社会と人々で形成された多様な場所であると教えてくれる。

 これらの魅力は今回のニュー・アルバム『Deacon』でも楽しめるが、本作は従来の作品と比べて異なる面も目立つ。穏やかな情感が濃厚で、ロマンスの熱さと優しさが歌われる“Same Size Shoe”や“Wood Boy”など、愛をテーマにした曲が多い。それを反映するように、ひとつひとつの音は角のない柔らかな質感を備え、リスナーの耳に心地良く馴染んでいく。音に含まれる成分はR&Bの栄養素が多くを占めつつ、広がりのある立体的音像はアンビエントやポスト・ロックの観点でも聴ける。

 『Deacon』は、人としても表現者としても成熟したワイズの姿が鮮烈だ。