連載

【現代ポップ独立派】第2回 サーペントウィズフィート(Serpentwithfeet)と文化的な生活

 仕事でそこそこ残業して夜遅く家に帰り、せめて一日の終わりには何かしら文化的な営みをしたい。日常的に何かとエッジーなものにアンテナを張ろうとしているけれど、今はそんな先鋭的な音を聴くには余りにも疲れている。それでもやっぱりぬるい音楽は聴きたくない。サーペントウィズフィートの新作『Deacon』とバルタザールの新作『Sand』はそんな疲弊に満ちた、音楽的な欲求不満に存分に応えてくれる作品だ。

SERPENTWITHFEET 『Deacon』 Secretly Canadian/BIG NOTHING(2021)

 サーペントウィズフィートことジョサイア・ワイズはボルチモア出身のクィアな音楽家で、前作『Soil』ではグレゴリオ聖歌のようとも評される荘厳な声の重なりと、実験的なビートが組み合わさった歪で先鋭的なモダンR&Bを聴かせてくれた。そして2枚目のアルバムとなる今作はどうかというと、良い意味でとても力が抜けている。けれどもその音はより研ぎ澄まされている。

 前作で空間を覆い尽くすように存在したワイズの多層的なヴォーカリゼーションは今作でも健在だが、これまでにしばしば聴くことの出来た悲痛で緊張感のあるトーンは影を潜め、軽やかで抜けが良い。全体的に余白の多いプロダクションでまとまっていて、その声の〈手触り〉をより耳で感じとることができる。一時期のサブトラクト、もっと最近でいえばムラ・マサを思い出させるトロピカルな雰囲気のビートが聴覚的な刺激をさらに後押しする。

 そして1曲目の“Hyacinth”のコーラスで〈かつてヒヤシンスだった男に今キスをしている〉というシュールで美しいイメージが歌われるように、ここにはバリー・ジェンキンスの映画「ムーンライト」(16年)とも共鳴する青く静かなメランコリーがある。つまりは心の中に美しいものを保ち続けるための音楽である。

BALTHAZAR 『Sand』 Play It Again Sam(2021)

 それで少しは現実のタフなモードから解放されたらもう一枚くらいアルバムを聴く余裕が出てきたと思うので、そこでお勧めしたいのがバルタザールの『Sand』。

 バルタザールはベルギーの国民的インディー・ロック・バンドと言われるバンドで、通算5作目となる今作も非常に手堅いが刺激的だ。基調となるのは内側に熱を秘めた暖色のダンス・ビートで、そこに抒情的な歌心が加わる。言うなればダンス・テイストな大人のインディー・ロックであり、展開のメリハリの付け方や、音色の細部に対するこだわりがまさに職人的に磨かれているので、作品全体を通じて心地良いムード感を保ちながらも決して飽きさせない。匠の技である。このアルバムで白眉とも言えるのが2曲目の“Losers”で、〈僕らは何か素晴らしいものの手前にいる敗者だ〉というコーラスが泣かせるアンセムだ。一言付け加えるなら、先に紹介した『Deacon』の最終曲と、『Sand』の1曲目は偶然にも良い具合に繋がっていくので、ぜひとも2枚併せて聴いてみてください。

 この1年、コロナ禍の影響でいろいろと大変なことがあったし、現在進行形で落ち込むことも多い。それでもこの連載で紹介するようなミュージシャンたちは素晴らしい作品を出し続けているし、そんな音楽を聴くとその瞬間だけでもすごくポジティヴで救われたような気分になる。だからこそ、この先も一緒にいろいろな新譜を聴いていきましょう。

 


【著者紹介】岸啓介
音楽系出版社で勤務したのちに、レーベル勤務などを経て、現在はライター/編集者としても活動中。座右の銘は〈I would prefer not to〉。

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