
当時ソロ活動をしていたカモシタサラを中心に、そのサポート・メンバーだった3人と結成された4ピース・バンド、インナージャーニー。結成は一昨年、全員20~21歳と若手ながら、数々のフェス出演や、2021年5月21日(金)には東京・渋谷WWWでのワンマン・ライブ開催などが次々と決まり、今めきめきと注目を集めている。今回Mikikiでは、そんなバンドの中心人物でありギター/ヴォーカルのカモシタサラに、3月24日にリリースした4作目の配信シングル“グッバイ来世でまた会おう”や、バンド結成秘話、今後の目標などについて、話を訊いた。

カモシタサラバンドからインナージャーニーへ
――カモシタさんはもともと何をしたかった方なんですか?
「こないだ小学校の時の手紙が出てきて、当時なりたかったものが書いてあったんですけど、そこにはピアニストって書いてあったんです。私も記憶になかったんですけど、でもピアノはやっていました。そこから何となく音楽系の仕事はしたいと思っていて、中学・高校からは作曲家になりたいと思うようになって。最初はそこを目指していました」
――作曲はピアノでしてたんですか?
「いや、当時はもうギターでしていました」
――ギターで曲を作って、自分で歌うつもりではなかった?
「そうですね。もともと歌うのはそんなに好きではなかったので、誰かに楽曲提供をしたかったんです。でも、どうしたら作曲家になれるか調べていったら、コンテストに応募して賞を取ったら知名度が出てきて作曲家になれるって書いてあって、それで応募できるコンテストをどんどん探していったんです。そしたら長野県のめっちゃローカルなお祭りのテーマ・ソングを募集しているサイトがあったので、そのために曲を作り、自分で歌って応募して、でも落選してしまったんですね。とはいえ、その曲をせっかく作ったんだから誰かに聴いてほしくて、Twitterに音を載せたんです。そしたら好きなライブハウスの人が〈良かったらライブしませんか?〉って声をかけてくれたので、そのライブまでにまた急いで曲を作って、歌ったんです。それがソロ活動の始まりですね。その時にすでに“グッバイ来世でまた会おう”は出来ていました」
――なるほど。ソロからバンド編成にはいつなったんですか?
「運良くその頃からレコード会社の方に目を付けていただいて、だったらバンドでちゃんとした音源を録りたいなって思うようになったんですね。その時はもう大学生だったんですけど、高校の時に楽器がうまかった人たちに声をかけて、そうやって集まったのがカモシタサラバンドのメンバーでした」
――じゃあ、もともとは歌うつもりではなかったけど、その過程でヴォーカリストになったんですね。
「ゆくゆくは誰かに歌ってほしかったんですけど、仮歌は自分で歌わなきゃいけないし、歌っているうちにどんどん歌う側の人になっていったんですよね」
――今も作曲家になりたいんですか? それとも歌い手として頑張りたいとか、あるいはバンドとして大きくなりたいとか、どう思っていますか?
「いや、バンドとして大きくなりたいのが一番です。バンドをやり始めた時は、〈やっぱり歌いたくないな~〉って気持ちがどこかにあったんですけど、最近は、自分で歌詞も書いてそこにメロディーも載せて、それを自分で伝えるっていうのは、自分にしかできない大事なことなんだっていうのを思っています」
――もともとはカモシタサラバンドという名前だったわけですが、どうやってインナージャーニーになったんですか?
「まず〈未確認フェスティバル〉に出させていただいた時にカモシタサラバンドになったんですけど、その時はソロ・アーティストとそのサポートという感じでした。で、〈未確認〉の反響が良くて、その後スタジオに入った時に誰が言い出したかは忘れたんですけど〈これ、バンドでやらない?〉っていう話になって、(2019年)10月からバンドとしてやるということになりました。なのでカモシタサラバンドだった時期は2か月くらいでしたね」
――〈カモシタさんとサポート〉という関係から〈4人対等のバンド・メンバー〉に変わって、変化はありました?
「めちゃめちゃありました。最初は、私が言ったことに合わせるみたいな、変な気の使い方はあったと思うんです。お互い心も開いてなかったし、全然仲良くなかったので(笑)。みんなほぼ初対面からライブをやり始めたんですよ。でもバンドになってからはもうプライヴェートなこともズケズケ言い合うし、気の使い方を知らないような感じなんです(笑)。でも言いたいことは何でも言えるし、それが音にも表れていると思います」
――音に表れているというのはどういうことですか?
「みんなそれぞれのこだわりが強い人たちなので、〈自分の好きなことをやりたい〉っていうアイデンティティーが強かったんですけど、バンドになったら〈もっとこうした方がいいよ〉ってメンバーのことを考えるようになったので、音にも仲良くなった感じが出てると思います。硬くなくなった感じがします」
――それは何となく分かります。インナージャーニーというバンド名はどこから来てるんですか?
「みんなandymoriが好きで、特に私が好きなんですけど、バンド名どうする?ってなった時に〈andymoriの曲名から取ろう〉ってなったんです。で、曲名をいろいろ見ながら〈“インナージャーニー”じゃない!?〉って結構勢いで付けちゃったんですけど(笑)。そしたら後から調べると〈瞑想〉みたいな意味があるって知って、エゴサするとヨガの動画が出てきたりして」
――小山田壮平さんもご存知みたいですね。
「そうなんです……(笑)。公認というか、許可をいただきました。小山田さんからは〈瞑想のスペシャリストなのかと思ってたよ〉って言ってもらって〈いや、違うんです(笑)〉って」

メンバー4人の自己紹介・他己紹介
――個性的なメンバーが4人集まっている印象ですが、それぞれの自己紹介・他己紹介をしていただけますか?
「はい。まず、ドラムスのKaitoは日常生活においてもストイックで、何事もビシッビシッとやる感じ。それが音にも出ていると思います。レコーディングをしていても、ドラムスの波形を見ながらちょっとのズレも許さないみたいな性格で。でもどこか安心できる部分がある人間で、そこが素敵なところですね。
ベースのとものしんは、全部が面白い人です。声も、見た目や髪型も、どこでそのセンスを身に付けたんだという感じ。でもベースはめちゃくちゃうまくて、やっぱり安心感がありますね。デカいからかな(笑)。
ギターの本多秀はとにかく変わっていて、普通の人にはない独特の視点を持っている人間ですね。日常的に話していても、支障が出るくらいヤバいんです。なんでそんな考えに辿り着くんだっていう斜め上の視点の持ち主なんですけど、そういうところも音に出ていて、普通じゃ思い付かないリフを弾いたりするんです。そこが面白いとこですね。
ヴォーカルの私の自己紹介は……何なんだろうな……。何事も丁寧に考えたいんですけど、考えすぎた結果、大胆になってしまうところが割とあります。それが歌詞やメロディーにも出ていると思います」
――考える、というのは悩む、ということですか?
「そうです、ずっと悩んでます。結構ネガティヴで」
――でもその悩み続けてきたことが曲や歌詞になってるんですよね。
「そうですね。それに悩みすぎて〈これ本当にどうしたらいいんだ〉ってなった時は寝て忘れるし、雑なところもあるんだと思います」
――そういう4人が集まったインナージャーニーというのは、どういうバンドなんでしょう?
「みんなそれぞれ育った環境も、価値観も好きな音楽もバラバラで、だからこそ集まった時に不思議な化学反応が起きるバンドだと思います。似た者同士で集まった方が空気感はまとまりやすいと思うんですけど、インナージャーニーはみんながまとまらないからこそ、たまに調和する時にすごいものになるんです。そこが面白いバンドです」
――なるほど。リーダーはいるんですか?
「一応こないだ、とものしんがキャプテン、ということになりました(笑)」
――例えば意見が2対2で割れた時とか、全員違うことを言った時は、最終的に誰がジャッジしますか?
「誰になるんだろう(笑)。きっと、誰かが納得するまでずっと話し合い続ける気がします。だからなかなか作業が進まないんですけど」
――好みもみんなバラバラとのことでしたけど、逆に4人の共通言語みたいなものはありますか?
「共通言語……いや……ないです(笑)。あ、鶴川が好きですね。みんなが通っていた学校がある、町田市の鶴川が好き。それ以外の共通のものは思い付かないですね(笑)」
――本当にバラバラなんですね。もっとみんな〈スピッツが好き〉みたいなものがあるのかと思ってました。
「みんなスピッツもandymoriも好きなんですけど、もっと好きなアーティストもいたりして、本当にバラバラなんです」
――バンドの方針として、こういう曲をやろう、こういう活動をしようとか、あるいはこういうことはしないようにしようみたいなものがあれば教えてください。
「楽しくやれたらいいな、っていうだけですね。やりたいこととか、思い付いたことは全部やるようにしているし、今度ワンマン・ライブもあるんですけど、演奏するだけじゃなく話す時間も取ろうとか言ってますね。みんなはどう考えてるか分からないですけど」
――なるほど。昨年12月にはファーストEP『片手に花束を』がリリースされ、タワーレコード的には〈タワレコメン〉にも選ばれました。人気は着々と高まってきているように感じるのですが、自覚はありますか?
「いやあ……あるのかな……。SNSのフォロワーは増えましたけど、あまり実感はないですね。コロナがあったのでライブもそこまでできてないし。……あ! でも久しぶりにタワレコに行った時に、発売した直後にはたくさんあったEPの在庫が全部無くなっていて、〈売れてる!〉って嬉しかったですね(笑)」
――今度〈VIVA LA ROCK〉にも出演するし、渋谷WWWでワンマンもやるんですよね。まだ結成して2年?
「1年半くらいです」
――すごい勢いだと思います。
「(笑)。名前だけが飛躍してるんじゃないか、あまりにもスピードが速すぎて実力は追いついていないんじゃないかなって、いつも不安になってます。だからバンドは常に焦っているというか。〈バンドを始めた時はみんな10代だったのに、全員20代になっちゃうから早く頑張らなきゃ!※〉って(笑)」
※2021年4月13日で全員が20代に
――そんな急がなくてもいいと思いますけど(笑)。
「今行かないとヤバいぞ、という雰囲気があるんですよね。私個人でやってたらもっとゆっくり着実にやると思うんですけど、バンドだと〈こんなノロノロやってたらヤバい〉って思って焦ってますね」
大切な曲なので、じっくり温めていた
――そんな中、先日4作目の配信シングル“グッバイ来世でまた会おう”がリリースされました。もともとはカモシタさんのソロ時代の曲だったんですよね。〈大切にしている曲です〉とツイートされていましたが、この曲はどういう曲なんですか?
「作ったのが3年前のちょうど今日(※取材日の3月30日)で、その時は高2から高3にかけての春だったんですけど、当時、死に対する恐怖がすごくあって〈絶対死にたくない〉と思っていたんですね。〈死ぬとはどういうことなんだ?〉っていろいろ調べていて、その結果、自分が導き出した納得できるような考え方が、〈死んでも死んでない〉っていうことだった。〈いつまでも忘れなければまた会えるかもしれない〉っていう考え方があるのを知れて、そういう人生の指針になった考え方の曲です」
――なぜ当時、死にたくないと強く思っていたんでしょう。
「今はそこまでそんなこと思わないんですけど、当時は死んで消えてしまうことが怖かったんですね。死んじゃったら100年後に覚えてくれてる人なんていないだろうし、だとしたらそれまで生きてた人生にも意味があったんだろうか?って思うだろうし。自分が忘れられるだけじゃなく、自分がいろんな人のことを忘れちゃうのも嫌だし。そういうことを考えていて、死ぬのが怖かったんです」
――それは精神的に落ちていてそう思ったのか、逆に人生が楽しいから死にたくないと思ったのか、それとも何か別の原因があったのか、どうでしょう?
「その時は楽しかったんだと思います。楽しくて素敵な日々が無くなるのが嫌だった。でも、その後には〈どうせ死ぬなら楽しいまま死にたい〉っていう気持ちにもなったんですけどね(笑)」
――例えば誰かを亡くした経験がこの曲を作るきっかけになっているのでしょうか?
「この歌を作る直接のきっかけではないんですけど、死についてずっと考えるようになったのは、中3の時に祖母が亡くなってからだと思います。死というものは身近にもあって、いつか自分にもその順番が回って来るんだろうなって。そういう考えはこの曲にも生きてますね」
――なるほど。〈これを録るために4人は集まった〉というツイートもされてたんですが、これはどういう意味ですか?
「この曲は初めてソロのライブをやった時からある曲で、ずっと歌い続けてきた曲でもあって、初めてバンドで録音しようってなった時も、この曲だったんですね。この曲を録るためにメンバーを集めて、私が宅録で打ち込んだものをみんなに送って録音することにしたんです」
――そういう意味だったんですね。でも、配信シングルとしては4作目ですよね。それはなぜですか?
「EP(『片手に花束を』)に入れる話もあったんですけど、大切な曲なので、もっとじっくり温めて出そうという話になって」
――今がその時だったっていうことですね。
「そうですね。時は来た……っぽいです(笑)」
猫になりたいな
――自分はこの曲を聴いて、死生観や宗教のことを考えたんですね。宗教と言っても胡散臭いものではなく、もともと宗教というのは〈死〉とか〈老い〉、〈病〉といった人の不安を解消するために起こったもので、その中でも絶対誰にでも起こる一番大きな不安というのが〈死〉である。だから〈極楽〉とか〈輪廻転生〉などの考えが生まれた、と。だから、“グッバイ来世でまた会おう”というのも、〈死〉に対して不安だと感じなくするための一種の宗教観なんじゃないかなって思ったんです。こういう点についてはどう考えていますか?
「まさにそうですね。この時は自分が不安で、自分が納得いく答えを出したかったので、自分のための信じるものみたいになっているところはあると思います。自分にとっては、輪廻転生というか、生まれ変わりがあってほしいなっていう考え方が一番納得いくものでした」
――でも、そこで生まれ変わったのが猫、というのがこの曲の面白いところですよね。人ではなくて。
「そうですね。人もいいけど……猫がいいですね(笑)。家で2匹猫を飼っていて、私は人間なんですけど……〈私は人間なんですけど〉だって(笑)。私は人間として生きていて、例えば悩んで家に帰ってくることもあるんですけど、寝ている猫の顔を見ると幸せそうで、けがれもないし、誰にも傷付けられずに平和に生きていて、ああ、猫になりたいなって思っちゃうんですよね」
――猫になりたいと言えば、スピッツの“猫になりたい”という偉大な先輩の猫ソングもありますけど、やっぱり犬とか他の動物ではなくて猫なんですね。
「スピッツの曲は最近Kaitoに教わりました(笑)。人間は喋れるし、いろんなことを考えることもできるし、嬉しい・悲しいって言葉にできるのは素敵なことだなって思う時もあるんですけど、もっと本能のままに、けがれのない、戦争のない世界で生きてられる猫がいいなって思んですよね。人間はちょっともう疲れちゃって(笑)。でも、その時々によって私の考え方も変わるんですけどね(笑)」
――この時はそう思ってた、と。
「この時は、一刻も早く人間を辞めたかったです(笑)」
――(笑)。この曲はどうやって出来たんですか? 詞が先とか、曲が先とかありますけど。
「あ! それは本当に両方同時なんです。どこかからの帰り道、そういうことを考えながら歩いてたら、歌詞とメロディーが一緒に出てきました」
――〈グッバイ来世でまた会おう〉というワンフレーズだけで、綺麗にハマってますもんね。
「え! たしかに! 4・4・5ですね」
――(笑)。そのフレーズにどうやって伴奏を付けたんですか?
「帰って急いでギターを弾きながら録りました。バンド・サウンドにしたいっていう気持ちが元からあったので、ギターとベースは自分で弾いて、ドラムはパソコンに打ち込んで。メンバーに、録ったデモとコードと、〈やりたいアレンジを加えていただければ〉って感じの文を送りました」
――ストイックな人も、変わってる人もいるのに、それだけで出来ちゃうんですね。
「そうです、みんなすごいので(笑)。でもどこかで自分のルーツは入れたいという気持ちはあるみたいで、例えばKaitoはその時ハマってたラウド(・ロック)みたいなフィルを入れたり、激しめにしてみたり、みんなちょっとずつ自分らしさを入れてるみたいです。今回は新たに録り直したんですけど、当時と比べてそういう部分はちょっと柔らかくなったかもしれないですね。バンドとしてどういう音にしたいかを考えるようになったから、以前よりまとまりがあるサウンドになったと思います」
――〈バンドとしてどういう音にしたいか〉というのは具体的にどういう音にしたかったんですか?
「みんな、歌を聴かせたいとは言ってくれてます。でも私はもっとみんなの音を聴かせたいんですけど(笑)」
――やっぱり意見が割れてるじゃないですか(笑)。
「(笑)。でもそれがうまいこと合致するバランスというのがどこかにあって、その結果、うまく丸くなったんじゃないかなと思います」
今後の目標
――ライブ活動の制限がまだまだある中で、インナージャーニーは今後どのような活動をしていきますか?
「音源もいっぱい作りたいですし、ゆくゆくは……どこだろう……デカい会場で、お客さんがぎゅうぎゅうになれる状態でライブをやりたいです」
――リリースの予定は?
「今年の夏とかにはEPを出して、来年にはアルバムを出したいなという気持ちはあります」
――曲のストックはありますか?
「ちょっと増えてきたかな……という感じです。それとフェスに出たいというのはみんなで言っていることですね。〈FUJI ROCK(FESTIVAL)〉とか〈RISING SUN(ROCK FESTIVAL)〉とか〈サマソニ(サマーソニック)〉とか、大きなフェスに出たいです」
――バンドでもそういう目標は共有してますか?
「いや、あんまりしてないです。でもバンドをやり始めた時にKaitoが〈このバンドが(横浜)アリーナにいるのが想像できるんだよね〉みたいなことを言っていたし、デッカい会場でやりたいというのはみんな思ってることだと思います」
――じゃあ、目標に向かってやることはたくさんありそうですね。
「そうなんです。たくさんあります(笑)」
LIVE INFORMATION
インナージャーニー初ワンマン・ライブ「インナージャーニーといっしょ」
2021年5月21日(金)東京・渋谷WWW
開場/開演:18:00/18:30
料金:3,000円(税込)+1ドリンク600円
チケット:https://eplus.jp/sf/detail/3407280002-P0030001?P6=001&P1=0402&P59=1