©Jónatan Grétarsson
〈文学、映像、音楽の美しくも壮大なる融合を劇場で体験せよ〉
20億年後の未来から伝えられる長大なる人類史
「最後にして最初の人類」は、2018年に急逝した音楽家ヨハン・ヨハンソンが、生前に制作を開始した、最初で最後の長編映画であり、2020年に、制作スタッフにより没後2年を経て完成された。ヨハンは、アート・フィルムやヴィデオ・アートのような実験的映像作品から、ドキュメンタリー、商業映画まで多くのサウンドトラックを手がけてきた。自身の楽曲もきわめて映像的であり、描き出されるその音風景は、モノトーンからカラフルなものまで、さまざまなヴァリエーションを持っている。それは、ヨハンが非常に表現力豊かな稀有な作曲家であることを確信させるものである。そして、自身もまた、映画制作を手掛け、初の短編映画「End Of Summer」を2015年に監督している。
この映画「最後にして最初の人類」は、1930年に出版された、英国の哲学者であり小説家のオラフ・ステープルドンによる同名の小説を原作としている。多くのSF作家にもインスピレーションを与えたというこの小説は、20億年にわたる長大な人類史を描いた大作であり、また人類の終焉から現在に伝えられるメッセージでもある。20億年という想像することすらむずかしい途方もない時間の中で、人類は現在の私たちとは異なる種の人類へと進化している。また、20億年後の人類は、地球を離れ、海王星に移住し、テレパシーで交信し、その姿は現在の人類とはかけ離れた容貌となっているという。
©Brigitte Lacombe
この映画には、語り部としてのナレーター(ティルダ・スウィントン)以外、いわゆる登場人物は存在しない。それは、天文的カタストロフのために滅亡の危機に直面した、最後の人類であるという18期目の人類が、過去の人類に憑依し、経験を共有することによって語られるモノローグである。原作がそうであるように、全編が20億年を統べる、超越的な存在(20億年後の人類)によって、人類の進化の過程が語られているのである。それは、アーサー・C・クラークが「2001年宇宙の旅」で描いた、外宇宙の何者か、あるいは神のような存在に導かれて、人類が新たな次なる人類へと進化するという物語をどこか彷彿とさせる(「2001年~」はそれを映像だけで語ろうとした)。
映画は全編が、異世界の遺跡のような建築物をとらえたモノクロームの映像(と場面の切り替わりにオシロスコープのカラー映像がわずかに使用される)のみで構成されている。登場する多くの建築物は、旧ユーゴスラビアに点在する〈スポメニック〉と呼ばれる戦争記念碑であり、1960年代から80年代にかけて多数建造された、新しい社会主義国家のイデオロギーを象徴する巨大な幾何学的モニュメントだ。しかし、実在する建築が未来を舞台にしたSF映画に登場する例があるように、ここでは、それらのモニュメントは、未来の神話の世界として、どこか荘厳な、しかし、打ち捨てられた、人間不在の風景を描き出す。それはこれらのモニュメントが本来持っていた象徴性と重なりながら、新たな神話的世界を仮構している。
これは、20億年におよぶ人類史が無に帰して、そしてもう一度始まりへと円環を描くという壮大なスケールの物語である。宇宙にどれだけ地球と同じような惑星があるのか、知的生命体が存在するのか、といった問いが、宇宙の広大さや時間的スケールの文字通り天文学的な大きさによって、検証不可能でありながら、可能性を保持し続けているように、20億年という途方も無い時間とその移り変わりは、それすらも星々の始まりと終わりの、そのわずかなひとときの間に、ごく一部の星に生じた出来事であるという。それは、ある人類史であり、ある宇宙史でもある。ある宇宙の終わりの到来によって、ある人類が滅亡する。そして、そこから宇宙の一生よりもさらに長い無の時間が続く。その前に、人類は、別の宇宙の(銀河系の最も有望な星域)星々へと新しい人類の種をまき、そうして、人類が継承されて行く。
この語り部である20億年後の人類は、ひとりであるのか、それとも集合意識のようなものなのか、それはわからない。ただ、その語り部は、現在の私たちを助けると言い、そしてそれが自分たちを助けることになるのだと言う。その一方で、「過去の出来事は未来から影響を受けているかもしれない」とも語られる。過去を最善の状態に導くことが、未来を変えることになる(ゆえに未来から過去を変える)という、錯綜した因果関係。未来を救うことができるのは過去(現在)である、という考え方は、どこかタイムトラベルもののSFのようだ。しかし、現在の気候変動や環境問題など、現在を考えているだけでは解決し得ない問題に直面している現在の私たちには、とても切実なものにも感じられる。
1930年に発表された20億年後の世界の物語を現在に召喚しようとしたヨハンの意図がいかなるものであったのかを知るすべは、もはや私たちには残されていない。しかし、それはどこかヨハンが到達した境地からのメッセージのようにも感じられるのだ。
CINEMA INFORMATION
映画「最後にして最初の人類」(原題:Last And First Men)
第70回ベルリン国際映画祭ベルリナーレ・スペシャル部門正式出品
監督:ヨハン・ヨハンソン
ナレーション:ティルダ・スウィントン
原作:オラフ・ステープルドン著「最後にして最初の人類」
プロデューサー:ヨハン・ヨハンソン/ソール・シグルヨンソン/シュトゥルラ・ブラント・グロヴレン
撮影:シュトゥルラ・ブラント・グロヴレン
音楽:ヨハン・ヨハンソン/ヤイール・エラザール・グロットマン
©️2020 Zik Zak Filmworks / Johann Johannsson ©Sturla Brandth Grøvlen
2020/アイスランド/英語/70分/ヨーロッパビスタ 1.66:1/5.1ch
配給:シンカ
2021年7月23日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ他順次公開
ヒューマントラストシネマ渋谷は音響システムodessaでの上映となります。ぜひ〈映画館で観るべき音響体験〉をご堪能下さい。