©ERIN PATRICE O'BRIEN

 「これまで私はいろんなジャンルのアーティストの音楽のために演奏を提供してきた。ただ、自分のアルバムに関してはわりと安全なところでやっていて、あまり冒険はしていなかったかもしれないと思っていた。でも、今回は自分が彼らのためにやってきたいろんなスタイルを自分のアルバムに取り込んだものを作ろうと思った。そのこと自体が大胆だとは思われないかもしれないけど、自分にとってこれはすごく大胆な主張だと思ってる。そもそもハープ自体がクラシック音楽に使われている楽器だし、伝統的で保守的な楽器だと捉えられがちなものだから。そんな楽器を使って、ロックやヒップホップ、ジャズなどをやるっていうだけでもすごく大胆だと思う。だからタイトルは『Somewhere Different』になっている」。

BRANDEE YOUNGER 『Somewhere Different』 Impluse!/ユニバーサル(2021)

 神秘的で古典的なイメージもあるハープという楽器を選び、主にジャズのフィールドで活動するブランディー・ヤンガー。前ソロ作にあたる『Soul Awakening』(2019年)から2年ぶりとなる新作『Somewhere Different』は、同じジャズ・ハープ奏者の先達でもあるアリス・コルトレーンとも縁深いインパルスからのメジャー・デビュー作となった。ケイシー・ベンジャミンとタリク・カーンの手掛けたソロ初作『Wax & Wane』(2016年)の頃から日本でも注目されてきた彼女は、もともとコモンやジョン・レジェンド、ラヴィ・コルトレーン、ローリン・ヒル、マカヤ・マクレイヴン、ピート・ロック、モーゼズ・サムニーらと音源/ライヴで共演するフィーリングの持ち主で、近年はビヨンセのドキュメンタリー「Homecoming」に楽曲が使用されていたのも記憶に新しい。昨年末にはコロナ禍の副産物として盟友デズロン・ダグラスとのライヴ配信を『Force Majeure』として音盤化しており、今回の『Somewhere Different』はそれ以来のリリースとなる。

 アルバムのプロデュースにあたったのは、長らく活動を共にする先述のデズロンで、 エンジニアは初作からの縁となるタリク・カーンが担当。過去のリリースでもファンク/ソウルのフレイヴァーは漂っていたが、今回はさらにアレンジの振り幅を広げ、より多様なスタイルのサウンドとハープの音色を融合させている。

 「私にとってはすべてがチャレンジだった。ハープっていう楽器の仕組みや構造そのものが理由なんだけど、ハープを演奏すること自体が常にチャレンジの連続だと思っている。ハープの音ってわざとらしい音になりやすいし、ダサくなっちゃうこともあるのが難しいところで、そうならないようにすべての音に意味が宿っているような音を奏でられるように意識していた」。

 アルバムでは前半/後半にエレクトリック/アコースティックな意匠が振り分けられているが、この構成については「エレクトリックなサウンドでも演奏するし、伝統的なアコースティック・ジャズも演奏できるし、その両方ができるってことを示しているつもり」と説明する。なかでもマーカス・ギルモアがビートを提供した表題曲は、アルバムの挑戦的なアプローチを明快に体現する出来だろう。

 「ラテンのフィーリングだけど、トラックのビートも同時に鳴ってるみたいな曲を作りたいって思っていた。そしたらデズロンが〈じゃ、とりあえず音数の多いハープの演奏をたくさん録るところから始めよう〉ってアイデアをくれて、たくさん録った演奏を彼がエディットしてストラクチャーを組み立てて、そこにラテン・フィーリングなドラムを入れていった。その上にマーカス・ギルモアがプログラミングのビートを重ねてくれた後、デズロンがラテンのドラムを取り除いたからラテンの要素はかなり少なくなって、こんな感じになった(笑)。最終的にはクラシカルな要素もあるし、ヒップホップの仕事もやる自分の中の若手っぽい部分も入ってるし、少しだけラテンの要素もあるような曲になって満足している」。

 他にも“Pretend”では客演のタリオナ“タンク”ボール(タンク・アンド・ザ・バンガズ)がソウルフルな歌声を響かせ、「まさか引き受けてくれると思わなかった」というレジェンドのロン・カーターが“Beautiful Is Black”と“Olivia Benson”でベースを弾いているのも注目だろう。なお、直截的なメッセージはないものの、2012年にトレイヴォン・マーティンの銃殺に反応して“He Has A Name (Awareness)”を発表したこともある彼女だけに、近年のBLM運動以降のコンシャスな眼差しはもちろんある。

 「そういう感じで書いた曲があったんだけど、演奏時間が長すぎて今回のアルバムには入れられなかった。でも、“Beautiful Is Black”は今回のアルバムの中ではステイトメントと言えるかもしれないかな。政治的な意味ではないんだけど、カルチャー的な意味での〈Black Is Beautiful〉みたいなことを表現している曲だから」。

 


ブランディー・ヤンガー
86年生まれ、NYはヘンプステッド出身のハープ奏者。ハートフォード大学やニューヨーク大学で学び、アリス・コルトレーンやドロシー・アシュビーに影響を受けて、2006年頃から演奏活動を開始する。コモン、ラヴィ・コルトレーン、ローリン・ヒル、ジョン・レジェンド、 マカヤ・マクレイヴンらとレコーディングやライヴで共演する傍ら、自身のアンサンブルで活動。2014年にブランディー・ヤンガー・フォーテット名義の『Live At The Breeding Ground』を発表し、2016年に初のソロ名義作『Wax & Wine』をリリース。デズロン・ダグラスとのデュオ作品などを経てインパルスと契約し、このたびニュー・アルバム『Somewhere Different』(Impluse!/ユニバーサル)をリリースしたばかり。