H ZETT Mワールドの深みへ

――ディスク2冒頭の“エコロジー思考”(ディスク2、1曲目)や“近代”(ディスク2、2曲目)、“月”(ディスク2、3曲目)は、どこか不穏な空気を漂わせた20世紀のクラシック・ピアノ曲風です。シェーンベルクの“月に憑かれたピエロ”にも通ずるような……。ところで、“エコロジー思考”というのは何でしょう?

「“エコロジー思考”は、アルバム全体のインスピレーション源のひとつである、篠原雅武さんの『複数性のエコロジー 人間ならざるものの環境哲学』(2016年、以文社)という著作に出てくるキーワードです。お気に入りの本で、興味深いことがいっぱい書いてあります。この本にはかなり感化されました」

――なるほど。続く“蠢き”(ディスク2、4曲目)は〈うごめき〉という字のごとく、本当に虫っぽい曲です。

「これも先程と同じくインスピレーション源であった漫画『銃座のウルナ』からのサントラ的な作り方で出来た曲の一つです。同時に何かが動いているグロテスクな、それでいて美しい……というような様子を表現したくて、読んだ人にはきっと分かってもらえるはずです」

――今度、読んでみますね。続く“秩序”(ディスク2、5曲目)や“Cosmos”(ディスク2、7曲目)からは宇宙っぽい響きを感じます。

「これらはレコーディング中の時間がある時に、自分の部屋に持ち込んでいたシンセサイザーを弾いていて出来た曲です。八ヶ岳の自然から生まれた曲ともいえます」

――文字通りフワフワとしたイメージの“雲”(ディスク2、8曲目)に続いて、“Never Ending”(ディスク2、9曲目)はノリノリでサウンドも盛り沢山。今回のアルバムの中では一番の大騒ぎ曲ではないでしょうか。

「この曲はもともとH ZETTRIOの3人で弾いていた曲で、ちょうどアルバムのレコーディングが終わる頃に八ヶ岳で独演会があったので、ピアノ1台でこの曲を演奏してみようかと思い、するからにはいろんな打ち込みを加えたら楽しいだろうなって思って、入れまくりました。もう途中はアドリブで好きなように弾いて、その後に打ち込みの音を合わせています」

――この曲は特に生で聴いてみたいですね。きっとまたCDとは違う演奏になりそうで。

「ぜひご期待ください! ライブも必聴ですので」

――先ほどの“冬支度”のような童謡っぽさも感じさせる“ひらひら”(ディスク2、10曲目)に続いては、“大いなる外”(ディスク2、11曲目)です。どこか泥臭さとか、少し滑稽な雰囲気も感じます。20世紀のロシア音楽家、ショスタコーヴィチのオペラ“鼻”みたいな世界観を感じたりもします。

「これも割と昔から自分の中にあった曲で、曲調的にいつかオーケストラと一緒に演奏できたらいいなと思っています」

――そして“楽園”(ディスク2、12曲目)はどことなくラテン・ジャズっぽさも感じます。

「そうですね。仮タイトルは〈ブラジル〉でした」

 

記憶の至福の中に

――個人的には、先程も言ったように“夢”(ディスク2、13曲目)が大好きで。初めて聴いたのに懐かしさを感じると言いますか。ご本人的にはどれがお気に入りの曲でしょうか?

「(ディスク1)1曲目の“Opening”は、ついこの前のようでいて、でも現在のこんなコロナ禍の状況を知る由もなかった頃に作った曲なので、まだ始まる前という感じがして聴いていて感慨深い曲です」

――あっ! 『記憶の至福の中に漂う音楽』っていうアルバム・タイトルにはそういう意味が込められているのでしょうか?

「そういう解釈もできますが、実は先ほどの『複数性のエコロジー 人間ならざるものの環境哲学』という本から引用した言葉なんです。この本の中には他にもぐっとくる言葉が沢山あって、例えば〈悪循環を反転させる〉という言葉もあって、このアルバムに反映させているつもりです」

――文章を書く仕事をしているライターとしては非常に気になる言葉です。

「ぜひ、読んでみてください」

――本からの影響があったり、漫画のサントラ的に楽曲を作られたりするというお話は意外だったのですが、最近読んで面白かった本は他にありますか?

「作曲家の自伝やインタビュー本なんかを読むのも好きで。最近ではクセナキス(1922年ルーマニア生まれ、ギリシャ系フランス人の現代音楽作曲家で建築家)のインタビュー本を読みました。面白かったけれど、彼はストラヴィンスキーの新古典主義に全く興味がないって断言していたので、ああそうなんだって(笑)」

――先ほど、タワーレコード店頭でCDを試聴されたお話もされていましたけど、ぜひ店舗では今作の売り場に「銃座のウルナ」や「複数性のエコロジー」も一緒に並べて展開したいところですね。

「自分もタワレコの渋谷店によく通っていた時期がありました。フロアごとにハシゴして全部のコーナーで試聴したりして、パラダイスですよね」

――さて、最後に。H ZETT Mさんはプレイヤーとしていくつもの顔をお持ちですが、今回のアルバムは特に素晴らしいので、やはり活動の軸にはソロ・ピアノがあるように感じました。

「ありがとうございます。今後もシンプルに自分がいいなと思える音楽をやっていきたいと思っています。あとは、ピアノのテクニックももっと磨いていきたいですね。それによって今後の可能性もぐっと広げていきたいです」

――音楽ファン、特にいつもクラシックばかり聴いている人にもこのアルバムを聴いていただいて、ぜひ12月18日(土)に行われる独演会に足を運んで欲しいですね。

「そうですね。もちろんクラシックを全然聴かない人もお待ちしています(笑)」

 


LIVE INFORMATION

ピアノ独演会2021 ~秋 稲城若葉台の陣~
2021年10月2日(土)東京・稲城市立iプラザホール(sold out)

ピアノ独演会2021 九月 そぴあの陣(延期公演)
2021年11月21日(土)福岡・そぴあしんぐう 大ホール(sold out)

ピアノ独演会2021 師走 つくばノバの陣
2021年12月18日(土)茨城・つくば ノバホール
料金(前売):5,000円(税込)※未就学児入場不可、全席指定
チケット一般発売日:2021年10月24日(日) 
チケット取扱い
・ノバホール(029-852-5881)
・つくばカピオ(029-851-2886)
・つくば文化振興財団(029-856-7007) https://www.tcf.or.jp/ticket/
※電話、ネット予約のお客様は、セブンイレブンで支払い・受け取り選択可能
問い合わせ先:つくば文化振興財団(026-856-7007) https://www.tcf.or.jp/