世代と世代を繋ぎ止めるピープルツリー

 アントニオ・サンチェスの存在は、イチジクの樹を思わせます。〈無花果〉と書かれながら本当は些細な花を果実の中に隠す、そんなイチジクの花言葉は〈謙虚〉です。それはまさに彼の演奏そのもの繊細ながら複雑で豪快、調和を最優先する姿勢が見事に結実したのが本作と言えます。〈トリオによる3曲 × 3〉というコンセプトはどんな発想から生まれたのでしょう。

 「尊敬しつつ演奏する機会があまりなかった人たちとやりたかったんだ。人選は簡単だった。それぞれの演奏はよく知っていたからね。メンバーの組み合わせも僕が考えたんだけど、実際に実験できて良かったな」

ANTONIO SANCHEZ 『Three Times Three』 CAM Jazz(2014)

 ブラッド・メルドーら個性的な演奏家を想定して創られた楽曲と共に、それぞれのトリオで1曲ずつジャズメンが作曲した曲も取り上げられています。〈(自身も含め)ジャズメンの曲を演奏する〉というテーマも感じますが、メンバーと共に選曲したのでしょうか。

 「いや、僕だけで選んだ。全部僕のお気に入りの曲なんだ。今回はそれぞれのトリオにあわせて僕がアレンジしてみた。長年演奏してきた曲だけど、アレンジするのは初めてだったんだよ」

 個人的に気になったのが、ジョー・ロヴァーノのこと。巧みながら確固たる個性の持ち主とは言いづらい存在だった彼が、ここでは鬼気迫る演奏を繰り広げていて本当に驚いたのです。ウェイン・ショーターのバンドでも重要な鍵を持つジョン・パティトゥッチを当て込んだことが、他者とは異なるあなたの視点の表れでは…ジョー・ロヴァーノはあなたにとってどんな存在なのでしょう。

 「ジョーとは数回しか共演したことがなかったけど、彼の音やアプローチに心酔してきた。ずっと好きだったんだ。でも彼とショーターは全く別の個性だと思うから、ジョンを組み合わせたことは関係ないよ。よりオープンで自発的な音楽をこのトリオに求めていたから……本当に素晴らしい結果だね」

アントニオ・サンチェス・クァルテットによる2013年のライヴ動画

 マーカス・ギルモア、マーク・ジュリアナ、ジョン・エスクリート、マット・ブリューワーを期待の若手として挙げ、「今日のジャズシーンはとても豊かだ。世代やスタイルの間で多くの交流があって興味深い。ドラマーやバンドリーダーにとって、とても良い時代が来たよね」と語った彼は、ジャズの偉大な世代と若手をしっかりと繋ぐ希有な存在でもあります。演奏面はもちろん、彼の人間性が多くの人々を引き寄せるのでしょう。

 そう、イチジクのもうひとつの花言葉は〈豊かさ〉。果実に魅惑された人々と共に描かれた美しい等辺の三角形こそ、その豊かさの証明ではないでしょうか。