
社会の変化とプライヴェートの転機に立ち会った2年ぶりのニュー・アルバム――多彩なサウンドと多様な感情が咲き誇った花束のような傑作を語る!
誰かにとっての花になれば
「家にいる時間が増えると毎日同じ部屋にいて同じ風景じゃないですか。そうなったときに何か色が欲しいなって思ったのがきっかけで、お花屋さんに行く機会が増えて、季節のお花を見えるところに飾るようになって。花があるだけで生活に色が出るというか、すごく癒されることに気付いたんですね、この歳になってやっと(笑)。もちろん昔から誕生日とかでお花をいただいたら持ち帰って飾ってたんですけど、その頃は綺麗だなって思うぐらいで。実家を出て生活を始めて、お花があるとこんなに華やぐものなんだって知ったというか。なので、私のアルバムもそういうものになればいいなと思ってflowerっていう単語が使いたかったんです。集まれば色とりどりの花束になるんだけど、1曲でも誰かにとっての花になれば、それが一輪でも花束でも、聴く人が自由に感じてくれればいいよっていう意味を込めて『flower(s)』にしました」。
通算3作目となった2年ぶりのアルバム『flower(s)』について西恵利香はこう語る。ヴォーカリストとしての魅力のみならず、作品を重ねるごとに音像やアレンジ面でも自身の志向/嗜好を反映し、アーティストとして深みを増してきた彼女だが、今作では作詞に加え、ほぼすべての作曲にも関与。2017年の初作『soiree』、2019年の2作目『Love Me』と2年おきにアルバムを届けるサイクルこそ結果的には保たれたものの、新作のキックオフとして〈新生活〉を歌ったMikeneko Homeless制作の“1LDK”を昨年3月に配信して以降、社会状況の変化は創作にも大きく作用した。おかもとえみを招き、馴染みのChocoholicと共作した昨年9月の“Hi-Light”はステイホーム期間中の制作で苦心したという。
「その前の年からえみちゃんと一緒にやる話はしていて、〈初夏に向けて爽やかなラヴソングをやりたいね〉みたいな感じだったんですけど、結局は9月リリースになって。歌詞のイメージは変わってないんですけど、環境が変わりすぎてしまったのもあって凄く時間がかかりました。えみちゃんやChocoちゃんとの打ち合わせもリモートでしかできない状態になってしまって、それに身体が慣れなくて。歌詞ってどうやって書いてたっけっていう状態になってしまって、“Hi-Light”っていう言葉を見つけるまで時間がかかっちゃったっていうのはありますね。いつもはいろんな人に会って、そこで聞いた話に自分の体験も交えて書くことが多かったので、人と会えなかった時期は携帯でマンガを読んだり、小説とか映画からインスピレーションをもらって作った曲も多いですね。アルバムのオープニング“アメリ”も前に観た映画をたまたま観直したのがきっかけで作った曲ですし」。
3曲目の先行曲は今年1月の“STAY”。前作で“5AM”を手掛けたShin Sakiuraと組んでアダルトな風景を描いている。
「ここ数年ハマってる韓国のR&Bに影響をかなり受けて作った曲で、こういう切ないR&Bには大人の恋愛が合うんじゃないかなと思って歌詞を書き進めていきました。メロも自分で付けてるので、燻ってる感じというか、ぐちゃぐちゃした気持ちをメロディーとか言葉の詰め方でも出せたかなと思います。私としては報われない男女の関係を書いたんですけど、“STAY”を配信した後にKick a Showくんに入ってもらったリミックスを作って、彼のパートは相手の男性の目線で好きに書いてもらったら男性側も同じ気持ちだったっていうリリックを返してくれた時に“STAY”の女性が報われたような気がしました。ぜひリミックスも含めて聴いてもらうとひとつの物語が出来上がるんじゃないかなと思ってます」。
さらに5月に配信した2ステップ調の“PINK”は、前作収録の“本音”に続くPARKGOLFとの手合わせ。アルバムにおいても例外的にアッパーなダンス・トラックで光を放っている。
「“PINK”は“本音”と一緒にPARKGOLFさんから提案していただいたので、『Love Me』の時からデモがあったんです。ただ、〈この2ステップ、いまの私にはまだ早くない?〉と思って温めさせてもらってたのをようやく出せた感じですね。5月にえみちゃんとツーマンで“Hi-Light”を初披露するっていう大事な日があったので、久しぶりの有観客でみんなに会えるワクワクとか、ライヴハウスで大きい音を出せる/聴けるっていう昂揚感をお客さんと一緒に楽しみたくてリリースしました。“PINK”みたいなアッパーな曲は『flower(s)』の中にもないし、もしかしたらこれからもないんじゃないかな。それくらいハッピーで楽しい曲になったと思います」。
美しい時間
それら先行カット4曲の彩りを基盤にして束ねられた『flower(s)』は、「今回は音楽が負担になりたくない思いがあって、できるだけ皆さんの傍に置いていただきたいんですけど、生活の邪魔をしないというか、流していたら心地良くて、そこに引っ掛かる音色やワードがあったらいいなっていう思いがありました」という意図を前提にしながら、サウンド志向の面でもリリック面でもこれまで以上に彼女自身の心情をダイレクトに転写した充実作になった。
「どうやって曲を作っていくのか手探りで始めたのがファーストで、より自分のやりたいことを追求したのがセカンド。その2枚を経ての今回なので作り方も大体わかってきて、音にもこだわって口を出すようになったし、自分も制作に携わってる人間なんだっていう責任を持つようになりました。今回はギターやベースをいつも一緒にやってるバンド・メンバーに入れてもらった曲もあって、生の温度感みたいなものも楽しんでもらえるんじゃないかなと思いますし、あとはコーラスワークにかなり力入れてて、前作とは比べ物にならないぐらいどの曲も物凄い数のコーラスを録ってるので、そこも聴いてほしいですね」。
そんなこだわりは、例えばChocoholicと作った華やかなオープニングの“アメリ”にも具体的に表れている。
「“アメリ”では最後に2Aを差し替えたんですけど、星野源さんの“不思議”を今年いちばん聴いていて、この曲のちょっとときめくところって何だろうって調べたらシンセの音だったんですよね。DX7を使ってるって星野さんがインタヴューで仰ってて、それだ!と思ってChocoちゃんに言ってDX7を入れてほしいってお願いして、ミックスを聴いたらグッときて、涙が出てしまうぐらいいい曲に仕上がったなって。そこも耳を澄ませて聴いてほしいなって思ってます」。
抑えた歌唱が前作以上にしっくり馴染んだ印象は、初顔合わせのイケガミキヨシが提供した簡素で麗しいメロウ・ナンバー“美しい時間”にも流れている。先だって結婚も発表した彼女の、先述の“1LDK”にも通じるプライヴェートな表情は、アルバム全体の落ち着いた風情を象徴するかのよう。
「イケガミさんはChocoちゃんと同じ事務所の作家さんで、やり取りはすごくスムースにやらせていただいた感じですね。かなり前にいただいたデモの段階でめちゃめちゃかっこよかったので、この曲をリードにできるようなアルバムを次は作ろうっていう思いがあって、大事に大事にしてやっと完成に至った感じです。歌詞はパートナーとの将来に関する内容に落とし込んではいるんですけど、実家の両親や友達もですし、ライヴでお客さんともまったく会えなくなってしまって、久しぶりに会えた時間の尊さを実感する2年間だったので、それをストレートに言葉にしようと思って“美しい時間”というタイトルから書きはじめました」。
続く“Dress”も初顔合わせで、新進気鋭のポップ・ユニット、CANDYGIRLのDetchが手掛けたトラップ・ソウル風のモダンな一曲。翳りのあるアンビエンスを纏った音像は本作のムードを特徴づけるポイントだが、それと別の角度から彼女の深みを引き出したのがSosuke Oikawaによるインティメイトなスロウ“秘密”だ。
「“秘密”はずっとヴォーカル・ディレクションで入ってくれてるOikawaくんと、インターネットとかUSのちょっとドープな深いほうのR&Bを1曲やってみたいなっていう話をして作りました。〈エリカ・バドゥとかああいう感じで歌わないとだめだよ〉って言われて、エリカ・バドゥはライヴ観たことあるんですけど、あれどうやったら歌えるんだよと思いつつ(笑)、めちゃめちゃ練習して。コーラスを組み立てたり、フェイクの付け方だったりも一緒に作っていったので、かなり聴き応えのある曲になったと思います。歌詞に関してもこの曲だけ具体的じゃないというか情景を重ねて書いていて、アルバムの中でも異質なんじゃないかなと思ってるので、ちょっとドキドキしてます」。
いまの時代にしか作れないもの
そんなアルバムならではの挑戦に続いて、Oikawaとは表題曲“flower(s)”も制作。こちらはもともと「あんまり表題曲の中で長ったらしく説明したくなかった」という考えでインタールード的な尺だったものを小技の効いた楽曲として上品に成立させたアコースティック風味のナンバーだ。そしてOikawaと韓国のトラックメイカーであるbemyfrndのコライトで仕上げられつつバンド感に溢れた“down”がグルーヴィーにアルバムを締め括る。
「bemyfrndくんにお願いした“STAY”のリミックスがかなり好きだったので、〈アルバムを作ってるんだけどよかったら一緒にもう1曲やらない?〉って話してトラックを作ってもらいました。これはコロナ禍での気持ちを書いてるんですけど、自分でも矛盾してるというか、〈いつか夜は明ける〉と信じたいけど〈本当にそうなのかな?〉みたいな思いもあるじゃないですか。いつまでこの生活が続くのか終わりが見えなくて気持ちが落ちていく様を書きたかったし、きっとまた希望が見えるさって日が昇る描写もしたかったし、矛盾した気持ちで“down”って付けたところもあります。アルバム曲の中でいちばん最初に録ったので、いま聴くと懐かしい感じではあるし、〈負けない〉っていう意志の強さみたいなものを歌に出したくて、他の曲では全然やってない歌い方で、私の声の強いところを出しました。歌詞に関してはどの曲も、どう言葉を繋げたら耳触りがいいか、グルーヴ感みたいなものを意識しつつ書いているんですけど、この“down”では言葉の詰め方とサビでちょっと開ける感じがうまく書けたなって思っていて。特にBメロのフロウとかリリックはかなり好きですね」。
闇雲にポジティヴでもなく、時代の気分と個の感情が溶け合った絶妙な温度感のエンディングは、このアルバムに相応しい印象を残す。
「余韻が欲しいっていうのもありますし、1曲目にまた戻って聴いていただきたいなっていう気持ちもあるし。ちょっと切ないのがここ2年の常というか、やっぱりモヤモヤしてる気持ちをずっと抱えているので、それがやっぱり曲にも表れて“down”をラストに持ってくる選択に至ったのかなって思います」。
そうした成果や曲作りのプロセスも含め、ナチュラルに時代性を投影する特別な花束になった『flower(s)』。何よりジャケを飾る彼女の姿も象徴的だ。
「『flower(s)』というタイトルなので、生花を使って撮影したいってアートワークディレクターの2BOYさんにご相談したら、せっかくだからいまの時代にしか作れないものを作ろうよってことで、〈お花でマスクを作るのはどうですか?〉って言っていただいてフラワーアーティストのTATSUKI INOUEさんにお花でマスクを作っていただいたんですけど、目で見てもおもしろいジャケットになってるんじゃないかなと思います。アートワーク含めて、この時代に作ったからこそこういう作品になったし、ホントにどの曲もこの時期じゃなければ出来てなかった曲ばっかりだなと思います。後々に振り返った時に、〈こんな時代があったな〉〈あの頃は大変だったね〉と言えるようになれていればいいなって希望を込めて作ったアルバムという感じですね」。
西恵利香の近作。
左から、2017年作『soiree』、2019年作『Love Me』(共にpara de casa)
左から、Mikeneko Homelessが参加したchelmicoの2020年作『maze』(ワーナー)、おかもとえみの2019年作『gappy』(HITPOP)、Chocoholicが手掛けたPOLYの2021年のシングル『PRIDED』(TYPICAL)、Shin Sakiuraの2020年作『NOTE』(PARK)、PARKGOLFの2021年作『Totem』(DATE SPOT)
