その影響力と拡張性から改めて考える、いま『Kid A Mnesia』を聴く意味
改めて『Kid A』と『Amnesiac』を聴いて興味深いと思えるところは、ジャンルという境界線を意に介さない折衷的音楽が当たり前となった現在のポップ・ミュージックをいち早く予見していた点だ。クラウトロック、エレクトロニック・ミュージック、アンビエント、ジャズ、クラシックなどさまざまな要素をさまざまな観点から解釈/再構築したサウンドは、単一のタグで括ることが困難な音楽で溢れる2021年に聴いても惹かれる側面が少なくない。タンジェリン・ドリームやクラフトワークの電子音に影響されたデヴィッド・ボウイが『Low』(77年)でロックのあり方を拡張したように、レディオヘッドは『Kid A』と『Amnesiac』によってロックという枠組みを飛躍的に広げた。
その功績はロックの文脈のみならず、ポップ・ミュージック全体から見ても無視できないものだ。だからこそ、ジャンルを問わずに多くのアーティストがレディオヘッドの曲をカヴァーし、あるいはサンプリングする。なかでも筆者がよく聴いたカヴァー曲は、ブラッド・メルドー・トリオの“Everything In Its Right Place”(2004年)だ。原曲よりも緊張感が抑えられ、代わりに甘美さが際立つ曲調は、収録アルバムである『Kid A』が持つジャズ要素を抽出し、より明確な形で示したという意味で必聴と言える。ノルウェーのシンガー・ソングライター、アーネ・ブルンによる“How To Disappear Completely”のカヴァー(2017年)も秀逸だ。幽玄な響きのピアノとヴォーカルが中心のシンプルなプロダクションは、アンビエントやドローンとして楽しめる。
サンプリングではフランク・オーシャンの“Bitches Talking(Metal Gear Solid)”(2011年)が有名だろう。『Kid A』収録の“Optimistic”をネタにしたこの曲は、22秒という短い曲でありながら、レディオヘッドが後世に与えた影響を語る際によく言及される。フランク・オーシャンはSpotifyのイベントでも“Fake Plastic Tree”をカヴァーするなど、他のアーティストと比べてもかなりのレディオヘッド好きだ。さらにはマッシュアップという手法を世に知らしめたガール・トーク、現代のジャズ・シーンを牽引しているロバート・グラスパー、2017年に事故で亡くなったラッパーのリル・ピープといった者たちがレディオヘッドの曲をネタ使いしている。
『Kid A』と『Amnesiac』以降のレディオヘッドは、クラブ・カルチャーの畑で活躍するアーティストを積極的にピックアップしてきたことも見逃せない。特にフロントマンを務めるトム・ヨークはモードセレクターの『Happy Birthday!』(2007年)と『Monkeytown』(2011年)に参加し、アンダーグラウンド寄りのダンス・アクトとも深い交流を果たしている。2006年にリリースしたソロ作『The Eraser』のリミックス・アルバム『The Eraser Rmxs』も、ブリアル、バグ、フォー・テットなどをリミキサーに迎え、クラブ・シーンの音楽を幅広く聴いているのがわかる内容だった。
こうしたトムの嗜好はレディオヘッドの活動にも影響を及ぼしている。それが明確な形として表れた作品のひとつが『TKOL RMX 1234567』だ。2011年のアルバム『The King Of Limbs』のリミックスをまとめた作品で、ピアソン・サウンド、ジェイミーXX、ブラワン、マーク・プリチャード、オブジェクトといった幅広い世代のリミキサーが並ぶ。
『Kid A』と『Amnesiac』を生み出したことで、レディオヘッドは〈ロック・バンド〉という軛から解放され、ロックも含めたあらゆる要素で彩られた音楽を鳴らすポップ・バンドに進化した。そのようなバンド像を築いたおかげで、レディオヘッドへの愛情を公言する1975も、ロック・バンドからポップ・バンドへ変わっていくキャリアを歩めているのかもしれない。このような強い影響力を再確認し、レディオヘッドをより深く理解できるだけでも『Kid A Mnesia』は価値ある作品だ。 *近藤真弥
左から、ブラッド・メルドー・トリオの2004年作『Anything Goes』(Warner Bros.)、アーネ・ブルンの2017年作『Leave Me Breathless』(Balloon Ranger)、ロバート・グラスパーの2007年作『In My Element』(Blue Note)、フランク・オーシャンの2012年作『Channel Orange』(Def Jam)、モードセレクターの2007年作『Happy Birthday!』(Bpitch Control)、ブリアルの2007年作『Untrue』(Hyperdub)、レディオヘッドの2011年作『TKOL RMX 1234567』(Ticker Tape Ltd./XL)、ピアソン・サウンドの2015年作『Pearson Sound』(Hessel Audio)、ジェイミーXXの2015年作『In Colour』(Young)、1975の2020年作『Notes On A Conditional Form』(Dirty Hit/Polydor)