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バンドサウンドの軛を解きハーモニーとリズムの冒険へ

前置きが長くなってしまった。今回、『Kid A Mnesia』とセットで新たに名付けられた、かつての双子アルバム『Kid A』と『Amnesiac』にも、詩的な不格好と、音の冒険力はふんだんに込められている。衆知の通り、電子音楽とジャズの影響が、ロックバンドのフォーマットを超え出た二枚だ。時代の気配を色濃く反映した『OK Computer』がレディオヘッドにとっての『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』だとすれば、バンドサウンドの軛を解いたバリエーションのアルバムという点で、『Kid A Mnesia』は彼らにとっての『ホワイト・アルバム』である。

『OK Computer』の時点では『Bitches Brew』のモノマネに留まっていたマイルス・デイヴィスからの薫陶は、『Kid A Mnesia』では、モードジャズの技法をマイルスとは別の形でアウトプットして血肉化するまでになっている。たとえば、“Everything In Its Right Place”と“Pyramid Song”は共にスパニッシュスケールで書かれたマイルス譲りのモーダルな楽曲で、短3度と長3度が同居する不穏さを特徴としている。前者は10拍子の律動に加工された音声が飛び交い、静けさに混ざる歪みや冷たい柔らかさが、『Kid A』というアルバムの印象を決定づけている。後者は、〈3 / 3 / 4 / 3 / 3〉と分割して弾かれるピアノ(音を伸ばして演奏されるため、慣れるまでリズムが非常に取りにくい)に、シャッフルしたドラムと不協和かつ壮大なストリングスが加わる楽曲で、こちらも『Amnesiac』の不穏なイメージを定めている。マイルス由来のモード技法をどちらも使用しながら、両者は全く違う曲に仕上がっている。一つの影響源を多様なスタイルへ変える力を発揮したのが、『Kid A』『Amnesiac』の双子アルバムだ。

『Kid A Mnesia』収録曲“Everything In Its Right Place”“Pyramid Song”

 

不器用な詞が形成する〈不機嫌さ〉

そして、“Everything In Its Right Place”の〈昨日僕はレモンをかじりながら目覚めた〉という失調的な言葉も、後者“Pyramid Song”の〈川に飛び込んで黒い目の天使と泳いだ〉という逆説的なユートピアも、やはりどこか生真面目で、凝縮力や飛躍力に乏しい。“Idioteque”の〈これは本当に起きていることなんだ〉という警告句も、“Life In A Glasshouse”の〈座っておしゃべりしたいけど、だれかが聞いているんだ〉というパラノイアも、一義的な硬さに閉じている。多義性を込めようとしても、一つのイメージだけを強調してしまう不器用さが、トム・ヨークの詞には付きまとう。

『Kid A Mnesia』を聴き返して感じたのは、そうした不器用が、本作の不機嫌なムードを形成しているということだ。感情をフラットにして、多角的な視点を楽曲に持ち込もうとしても、トム・ヨークの言葉と声には狭苦しいエモーションが乗ってしまう。同世代のロックの〈エモさ〉からは離れているものの、本作の参照元であるエイフェックス・ツインやオウテカに比べれば、『Kid A Mnesia』ははるかにエモーショナルだ。想像と実音との乖離が激しい。そしてその乖離が、全体に一つの緊張感をもたらしている。