そして〈川本真琴〉になった

――上京したのはいつなのでしょうか?

「川上さんにびっくりされたんですけど、実はそのオーディションの前に会社を辞めて東京に引っ越してきちゃっていたんですよ、受かるかどうかも分からないのに。親は〈出ていくのはいいけど援助はしない〉と言うので、会社と自分の家でピアノ講師をして、それ以外のバイトもしまくって半年くらいで100万円貯めて、これで何とかなるだろうって。

そして、レコード会社も事務所もマネージャーも同時に決まったんです。その後ソニーで曲作りをしていてしばらくしたときにディレクターさんが変わって、マネージャーさんから〈デビュー曲は誰かに頼んだらどうか〉という話が出て、〈誰がいい?〉と訊かれたので、〈じゃあ、岡村靖幸さんに!〉とお願いしたんです。

それでこれまで作ったデモを岡村さんに聴いてもらったら、〈僕の曲もいいけど、このデモの曲を出すのもいいんじゃないか〉と言われたこともありましたね」

――そうして生まれたのがデビュー曲“愛の才能”(96年)なんですね。

「岡村さんから曲が届いて詞を書き始めたんです。プリプロが始まってからは缶詰状態でしたね。私の歌い方が曲に合っていなくて、ディレクターさんから〈それじゃダメだ、まず“Stand By Me”をマスターしなさい〉と言われて。“Stand By Me”の合格点が出てから何度も練習して歌い方を見つけていったわけです。私の中ではそれが初めてのロックでした。

そしてディレクターから〈これからは新しいプロジェクトでやっていきたいから、これまでに作ったデモのことは忘れて〉と言われて、アルバムのために曲を作っていったんです」

――〈川本真琴〉になる前は〈Lupino〉という名義でデビューする予定だったそうですね。

「〈Lupino〉という名前は私がつけたんです。あと、ソニーのプロデューサーから〈小川ハノン〉がいいんじゃないかと言われて、それに決まりそうになったこともありました。もっと面白いのは、母の知り合いから〈あなたは面白いから芸名を付けてあげる、『朝霧舞子』にしなさい〉と言われたこともありました。それで、事務所のマネージャーが行きつけの神保町の占い師のところに行って、〈今日からあなたは『川本真琴』だから〉となったわけです」

 

私は絶対に歌手になる

――では、今回CD化されるデモ音源集『No.1 Hippie Power』の収録曲について教えてください。

「“G.I.W.”は、東京に越して来てから出来た曲です。電気屋の周りを自転車でぐるぐるしながらメロディーを考えていて、踏み切りの前で遮断機が下りてきたときに思いつきました。〈これだ!〉っていうのが降りてきたんです。この頃作った曲は他に“Will You Are Marry?”と“助けてよwindy”ですかね。

竹達彩奈の2013年作『apple symphony』収録曲“G.I.W.”。川本真琴がデビュー前に制作していた同名曲を竹達に提供したもの。ちなみに〈G.I.W.〉は〈Go! Inspiration! Wow!〉の略

あとは福井の実家で作ったものです。家に居た20歳くらいのときは、体の中がエネルギーで充満していました。やる気というよりは栄養で満たされているというか、体重もかなりあったし、平気で3日寝なかったり1日中走り回ったり、何でもかんでも楽しかったです。

これらの曲を作っていた頃、毎日夜中に家の近くの川の前や公園の空き地やグラウンドの駐車場で歌っていました。ハスキーボイスに憧れていたので声を潰したくて車の中で意味不明な雄叫びを上げていましたね。眠くなったらそのまま寝ちゃっていたんですけど。

あるとき、降ってくるほどの、見たことないくらいに星が沢山出ていたんです。朝は海によく行っていましたけど、空と海と自分が一体化する感覚があって。自然と繋がっているんだって強く思いましたね。次元を超えた満たされ方をしていた時期でした。そのときに〈私は絶対に歌手になる〉と思ったんです」

 


RELEASE INFORMATION

川本和代(川本真琴) 『No.1 Hippie Power』 MY BEST!(2021)

リリース日:2022年1月19日(水)
品番:MYRD146
仕様:CD
価格:2,805円(税込)

TRACKLIST
1. G.I.W.
2. 誕生日
3. No.1 Hippie Pop
4. 少年
5. ギター
6. LOVE YOU
7. 三日月のドア
8. Happy End For You
9. 人形
10. 四次元の風船
11. 夕焼けの丘
12. 悲しい空もよう
13. 恋のリップ
14. さんぞうほうし
15. 助けてよwindy
16. 誕生日(full ver.)
17. Will You Are Marry?

作詞、作曲、編曲、演奏、ボーカル、録音:川本和代 1994年

 


PROFILE: 川本真琴
74年生まれ。96年、ソニーよりシングル“愛の才能”でメジャーデビュー。2000年代初頭にプライベートオフィスを設立し、メジャー/インディーにとらわれない活動を続けている。近年はソロ活動の他、川本真琴 with ゴロニャンずなどのバンドプロジェクト、楽曲提供、絵本の原作、CMの歌唱など多方面で活躍中。2019年8月に9年ぶり、4作目のアルバム『新しい友達』を発表、話題となる。