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泥がついた野菜みたいなバンド

――実際のシュガーさんの作業にAtsuoさんも立ち会ったんですか。

Atsuo「いや、コロナ禍なんで立ち会ってないです。シュガーさんに渡したのは(2020年の)6月ぐらい? 終わったのが8月ぐらいだったと思うんですけど、完全にリモートでした。ミックスも〈リモートミックス〉っていう手法を取り入れたんです。エンジニアが大阪のスタジオでミックスしているんですけど、リモート用のアプリケーションを使ってミックス中の音をそれぞれの自宅で共有できるようにしてもらって。さらにZoomも併用しました」

シュガー「あーだこーだって言いながらね」

Atsuo「自宅で試聴できる、自分の普段の環境で試聴できるのはなかなかいいっすよね」

シュガー「うん。いい」

Atsuo「レコーディングスタジオで確認しても、持ち帰って自宅で聴くと全然違ったりってことが結構あるんで。自分の環境で聴きながらミックスできたのはよかったですね」

――じゃあ作業そのものはシュガーさんが自宅で1人でやって。

Atsuo「出来上がったらそのつど聴かせてもらって。基本的な方向性はお任せですけど、ときどきリクエストもして」

シュガー「〈これいいんですけど、ここはもっとこうしませんか?〉〈ああわかった、じゃあそこもっとやるわ〉みたいな。あのね、Borisはバッファロー以上に超人力なんですよ。だからまずそれを作業しやすい環境にするところから始まった」

Atsuo「人力っていうかグダグダ、グニャグニャで……。録音でクリックを使わないので、ほんとにその場のフィーリングでテンポも早くなるし遅くなるし溜めるしっていう。昨今のデジタル環境で制作される音楽っていうのはコピー&ペーストが可能なグリッド上で作られることが多いと思いますが、うちはかなり極端なんです。バッファローも人力でやってるから、デジタルと人力を融合するノウハウの蓄積があるんですかね」

シュガー「うちも人力だけど、Borisはもっと人力寄りっていうことで」

Atsuo「あはははは。泥がついた野菜みたいなそんな感じですね」

シュガー「そうそうそれ。オーガニックな(笑)」

Atsuo「そういうバンドのフィールとかニュアンス、テンポ感ありきでシュガーさんにポストプロダクションをやっていただいたんですよね。こう、縦のグリッドを合わせたりとか、そういうプロデュースの仕方じゃなくて、まずはフィーリングありきで全部やっていただいたんで」

――渡す前に詳しく説明とかしたんですか?

Atsuo「一応歌詞も送ったんですけど、そんなに細かく説明はしてないですかね。夏だったんで〈夏に聴ける涼しいサイケでいいね〉って言っていただいた記憶が。もう夏じゃなくなっちゃったけど(笑)」

――もろにバッファローの新作の作業と重なっていたわけですよね。

シュガー「そうですね。並行してやってました。でも両方楽しいから。違うものだし」

Atsuo「先にどっちが出るかな~という感じでしたよね」

――相互に影響があったとか?

シュガー「影響がなくはないと思うんだけど、いい方向にしかなかったかな。だって気分転換になるじゃん。同じような要素もあるけど、基本的には違うからそういう意味では、いいバランスだった」

Buffalo Daughterの2021年作『We Are The Times』収録曲“Jazz (featuring Ricardo Dias Gomes)”
 

――両方ともそのつどの自分の興味が反映されていく。

シュガー「今までの積み重ねですよね。今までの自分が聴いてきたものとか好きなものだとか。今回のBorisを聴いたときに、〈あっ、こういうふうに広げよう〉っていうイメージは、そういうとこから引き出してくる。それはバッファローも同じ。ポストプロダクションが大事ってところも」

――シュガーさんの手が加わることによって、ここは自分たちだけじゃできなかったとか、考えもしなかったような感じになったとか、そういうのはありました?

Atsuo「僕らだけのときはアナログっぽい感じだったんですけど、なんて言えばいいのかな……なんて形容したらいいんだろ? 僕らでは全然届いてない、届かないところに行ってますね。それは確かなんですよ。難しいな、これ言葉にするのは本当に難しい」

シュガー「本人たちはなんかわかるんだけどね……なんだろうね」

Atsuo「アングルが増えてますもんね。シュガーさんの視野っていうのが曲に含まれるんで、そっち側からも曲が聴ける。Borisだけだと、〈ある方向〉から聴かないと音楽に聴こえないというものになったりする」

――全然違う方向からスポットライトを当てることによって違って見えるみたいな。

Atsuo「いろんな方向から聴けますよね。ただハイファイになっただけじゃなくてね」

――ああ、ハイファイにもなってるわけですね。

Atsuo「もちろん。めっちゃローなところから、抜けのいいところまで。でも全然そういう数値的な側面だけじゃないんですよ」

『W』収録曲“イセリナの神様は言葉 -Icelina-”
 

――AtsuoさんはもともとBuffalo Daughterのファンで、ご自分の好きなところがあるわけですよね。それが今回のBorisのアルバムに活かされている感じとかはありますか?

Atsuo「シュガーさんとコラボレーションすることによって逆に気づいたんですよね。あっ、こんなに影響を受けてた、みたいな。低い温度感での楽曲の成立のさせ方だとか」

――低い温度感?

Atsuo「はい。うちはわりとテンション高い曲も多いじゃないですか。そういう熱が高い曲ではない、涼しいっていうか平熱ぐらいの温度感で作る楽曲は、バッファローの温度感とか方法論に影響を受けてるなって。それは一緒に作業しながら思いました。Buffalo Daughterは、そういうのって意識されるんですか?」

シュガー「もうこれは意識というよりも私たちの性質ですよね」

Atsuo「(山本)ムーグさんがフリークアウトしたときも、そういう暑苦しいフリークアウトじゃないですしね」

シュガー「ああ、そうね。もう性質でしょうね。そういう意味では、それぞれの違うところが合わさったって感じはする」

Atsuo「今回、僕らの中ではわりと平熱に近い感じの楽曲が揃ったんで、シュガーさんにお願いしやすかったというのもあるんです。これならばやっていただけるかな~って」

 

飽きないために変化する

――これまでプロデューサーとか、そういう外部の人とコラボする機会もあったと思うんですけど、そのときと何が違いました?

Atsuo「成田(忍)さんにしろナッキーさん(NARASAKI)にしろ、まっすぐ投げた球がめちゃめちゃ変化球になったりとか、そういう嬉しい誤算みたいなことを見越してお願いしていたりする。でも今回はバンドが見据えてた方向そのままに飛距離を伸ばしてくれたような、そんな感じですね」

シュガー「もらった音源を聴くと、Borisはめちゃくちゃ考えているんですよ。キックひとつにしても、この曲はこういうふうにしたいんだっていう音色でちゃんと入っているわけ。各曲の音像をあらかじめ全部考えて録ってる。こういう音にする、という意思のままに録っているんです。録音って適当に録ってあとでいじる、みたいなことってあるんですよ、特に今は。でも、この人たちは全然違う。

ギターにしてもなんにしても、出したい音がしっかり決まっていて、そのまんまの音を録る。だからあとでいじれない。いじる必要がない。それがすごい勉強になったんです。あとでエンジニアに〈こういう音にしてくれ〉と注文を出すにしても、伝えるのってやっぱ難しいじゃない? 音像を言葉で伝えるのって。ここはこういうふうにしてねって言っても、伝わらないことって多い。そうじゃないんだよなぁって、やりとりがすごく長くなったりすることもある。でもBorisは意思のはっきりした音で出してくる。その音を出すまでにすごい労力をかけているはずなんだけど……」

――機材とかアレンジとか音色とか全部含めて、自分がやりたいことを、レコーディングの段階でとことんまで突き詰めていく。

Atsuo「そのときの気分で、今日はこのセットでいこうとか、この機材でやろうとか変化をつけながら制作してますね。同じ楽器ばっかりでも飽きるし、同じ手法でも飽きる。レコーディングがすごい多いんで、すぐ飽きがくるんです。同じ楽器ばっかりでも飽きるし、同じ手法ばっかりでも飽きる。今回は『NO』を録り終えた直後だったし、ギターがギャーッと鳴ってるようなのは置いといて、『W』はファズ禁止ぐらいな感じでやろうと(笑)。たまにそういう時期があるんですよ」

『W』収録曲“知 -You Will Know- "Ohayo" Version”
 

――シュガーさんとやったことは今後の制作に活かせそうですか?

Atsuo「いや、もう次の作品も一緒にやっているんで。あはははは。言っちゃった」

――もう次をやってるんですか?

Atsuo「次の次ぐらいまで」

シュガー「この人たち常に次があるもん。3作先ぐらいまであるんじゃない?」

Atsuo「はい。そうですね」

――構想があるっていうだけでなくて、実際にもう作りはじめてるんですか?

Atsuo「そうですね。もうすぐミックスが終わるぐらいですかね」

――マジか(笑)。早すぎる……。

Atsuo「でも『W』の録音が終わったのは1年半以上前ですからね、こんなに納品、入稿からリリースまで期間が空いたケースって過去にないですよ。コロナで流通が遅れたりとか、世界的に(ヴァイナルの)プレス工場がめちゃめちゃ混み合ってたりとかいろいろな要因もあります。こうやって取材を受けていますが、『W』の制作工程とかほぼほぼ忘れていたりする(笑)。制作時は〈バッファローより僕らの方が先でしょうね〉みたいに言ってたのに」

シュガー「結局うちのが先に出たもんね」

Atsuo「『NO』は完成後に自分たちのBandcampですぐに出せて、すぐ反応もあった。それと比べたらすごく対照的なリリースになりましたね」

――Bandcampで完成したら即出せるっていうのを覚えちゃったから、他のリリース方法ってまどろっこしくてしょうがない。

Atsuo「ほんとそう」

シュガー「うん、ねえ」