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『Terror Twilight』こそ最高傑作?

小熊「そういった変化をどう捉えるかが、ポイントなのかもしれないです。ペイヴメントには、〈ちょっと捻くれた、良い曲を書くバンド〉という側面もあるはずで。その魅力がわかりやすい形で表れたのが、この『Terror Twilight』なのかなって。ペイヴメントらしさが失われたという意見が根強くある一方で、このアルバムがいちばん好きという人も少なくないですよね」

――Homecomingsの福富優樹さんは、『Terror Twilight』がフェイバリットだと言っていますね。

小熊「スカートの澤部渡さんも、他の作品はよくわからなかったけど、『Terror Twilight』で初めて良さがわかったとOTOTOYのインタビューで話していました。岡村さんはどうですか?」

岡村「当時もいまも、悪いアルバムだとは思っていないんです。最初に聴いたときは、ポール・マッカートニーの初期作品みたいだと思いました。スティーヴンのソングライティングが洗練されていて、ポップソングをちゃんと書ける人なんだと思ったし、その魅力が出ているアルバムだなと。

ただ、実は、そのときにやったインタビューって、私自身あまり記憶にないんです(笑)。でも、初来日時に『DOLL』でやったインタビューはすごく面白い内容で、いまでも印象に残っています。気の赴くまま演奏することについて、〈何かに従ってしまうことはロックでもなんでもない〉と言っていて、すごくかっこよかったんですね。

それが、『Brighten The Corners』(97年)の辺りから整然としたサウンドになってきて、物足りなく感じたファンは多いと思います。私も、やっぱり『Slanted & Enchanted』が大好きですからね」

92年作『Slanted & Enchanted』収録曲“Here”

 

バンドの苦悩が生んだ傑作

岡村「ただ、90年代後半って、ペイヴメントと比較されることが多いセバドーを含めて、多くのバンドがメロディックなアプローチをした時代でした。好き放題に感情の赴くまま自由にやっていたバンドが、産業化されたオルタナティブロックのフォーミュラに従わざるをえなくなって、窮屈になった時代ですよね。ペイヴメントにはスティーヴン、セバドーにはルー・バーロウという優れたソングライターがいたので作品性の高いものを残せましたが、一方でそれ以前のガレージバンド的な面白さはどんどん失われていった。90年代後半は、そうしたインディーバンドにとって、大概が悩ましい時期だったんじゃないかなと思います」

セバドーの99年作『The Sebadoh』収録曲“Flame”

小熊「スラッカー(無気力)世代などと呼ばれたアーティストが、成熟していくか、もしくは第一線からフェードアウトしていった時期でもありますよね。たとえば、ベックが『Mutations』でタッグを組んだナイジェルとともに『Sea Change』(2002年)で円熟期を迎えたのは象徴的だし、ドキュメンタリー(『ビースティ・ボーイズ・ストーリー』)でも描かれていたように、ビースティ・ボーイズが悪ガキから大人になっていったのも無関係な話ではない気がします。

ベックの98年作『Mutations』収録曲“Cold Brains”

ただ、そこから音楽的に面白くなったかどうかは、人によってさまざまですよね。ペイヴメントの場合、はたしてどうだったのか」

――今回のリイシューのライナーノーツに収録されたメンバーのボブ・ナスタノビッチ、マーク・イボルド、スティーヴ・ウエストによる鼎談を読むと、バンドとしてあまりうまくいっていなかったことを感じます。

小熊「しかも、マルクマスは『Terror Twilight』を気に入ってなくて、〈10万ドルを費やしたオーバープロデュースのレコード〉とまで言っている(笑)。なぜか『Terror Twilight』だけリリースから10周年のタイミングではリイシューされなかったことも、バンド内の評価を物語っていますよね。岡村さんが先ほど指摘した〈窮屈さ〉は、この時期のペイヴメントに思いっきり反映されている。

ただ、僕としては、その窮屈さが逆に心地よかったりもするんですよ。悶々としていて煮え切らない、不思議なフィーリングがありますから」

――スパイラル・ステアーズことスコット・カンバーグがこのアルバムだけ曲を書いていない、というメンバーの対立を感じさせるエピソードもありますね。

岡村「スコットにとって、いちばんつまらなかったアルバムでしょうね。

多くのアーティストを商業的に成功させてきたナイジェル・ゴドリッチという外部プロデューサーを呼んで、お金をかけて、ちゃんとしたものを作らなきゃいけない、という制約のなかでバンドはもがいていたわけです。メンバーにとっては思い出したくもない作品かもしれないけれども、ただダメなアルバムなのかと言ったらまったくそんなことはない。本人たちの思惑とはちがうけど、出来上がったものが非常に良いというのはありがちですよね。すべてがうまくいっている状態で良いものが作れた試しはない、とも言われるじゃないですか」