2023年4月28日、ザ・ナショナルの4年ぶりの新作にして9作目のアルバム『First Two Pages Of Frankenstein』がリリースされた。名実ともに北米インディロックの最高峰バンドである彼らの新作には、スフィアン・スティーヴンス、フィービー・ブリジャーズ、そしてテイラー・スウィフトという新旧の〈家族〉が参加。華々しい帰還だが、このアルバムには、フロントマンであるマット・バーニンガーのメンタルヘルスの問題やコロナ禍での苦闘が刻まれてもいる。
今回は、そんなザ・ナショナルの新作を中心に、彼らを取り巻く音楽家たちや北米インディシーンについて、音楽評論家/ライターの岡村詩野と木津毅に語り合ってもらった。ザ・ナショナルの初期3作がリイシューされた2021年の対談の続編として読んでもらえたら幸いだ。
コロナ禍での苦闘とマット・バーニンガーのスランプ
――今回は、2021年の対談の後の2年間の動向、ザ・ナショナルから広がる人脈や音楽地図、さらに新作『First Two Pages Of Frankenstein』について、という3軸でお話しいただきたいです。
木津毅「2021年以前にさかのぼりますが、この3年間はパンデミックの期間だったことが重要ですよね。ザ・ナショナルは、予定されていた来日公演が飛んでしまったわけですし」
――2020年3月に開催される予定でしたね。
木津「フィービー・ブリジャーズがサポートアクトをやる予定で、あのタイミングでザ・ナショナルがフィービーを連れてライブをやっていたら完璧でした。それが吹っ飛んでしまい、その間にフィービーが非常に大きな存在になった。ある意味、オルタナティブなストーリーになってしまったけど、この3年があったからこそ新作は彼らの現在地が見えるアルバムで、参加アーティストにもそれが表れているかなと」
岡村詩野「フィービーは、この3年で引っ張りだこになりましたよね。ザ・ナショナルやアーロンとブライス・デスナー兄弟がバックアップしたりプロデュースしたりしたアーティストには、女性が圧倒的に多いんです。その典型が、アーロンが『folklore』『evermore』という2作を2020年にプロデュースしたテイラー・スウィフト。アーロンが一躍時の人になったことは、前作『I Am Easy To Find』(2019年)と新作で決定的にちがう点です」
――それと、バンドのフロントマンであるマット・バーニンガーのソロアルバム『Serpentine Prison』が2020年10月にリリースされました。同作がセールス面で伸び悩んだことでマットが抑鬱状態やライターズブロックになってしまい、それがザ・ナショナルの新作に直接繋がっています。
木津「『Serpentine Prison』は、ブッカー・T・ジョーンズがプロデュースしたことがポイントですよね。ブレント・ノプフとのデュオ、エル・ヴァイ(EL VY)の音楽性はわりと素朴なインディロックでしたが、マット個人の音楽性があまりイメージできなかった中、ブッカー・Tの起用は意外でした。インディロック小僧というアイデンティティだけでなく、ルーツミュージックにアクセスできることも見せたかったのかなと。渋めの内容だったので目立つ作品ではなかったかもしれませんが、手堅くていいアルバムだと思います」
岡村「マットらしいヒューマンなアルバムでよかったのですが、出た時期が悪かったんじゃないかな。コロナ禍1年目でしたから。
ザ・ナショナルはコロナ禍で、ツアークルーが食べていけるようにアーカイブや映像の販売などをいち早く、意識的にやっていました。マットは早く動いていて、ザ・ウォークメンのウォルター・マーティンと“Quarantine Boogie (Loco)”というユーモラスな曲を4月に発表しています。でも、その後にアーロンが大ブレイク。マットもその勢いでソロアルバムを出したのに、あまり話題にならなかった。落胆はかなりあったでしょうね……」
木津「アーロンの働きぶりがすごすぎて、音楽業界全体に影響力を持つ存在に成長していった中、マットは自分の声や自分のあり方をザ・ナショナルとちがう場所でうまく見つけられなかったように感じてしまったのかもしれませんね」
岡村「バンドのボーカリストですから、しかたない面はありますけどね。マットって、バンドのフロントマンという看板を背負っていることもあり、すごくナイーブで繊細ですから、メンタルの問題に大きく表れちゃったのはかわいそうでした。
あと、『Serpentine Prison』には、マットの弟で映像作家のトムがミュージックビデオの制作や写真などで関わっていましたよね」
――トムは、ザ・ナショナルの新作では“Your Mind Is Not Your Friend”のMVに出演しています。
木津「トムが監督した『Mistaken For Strangers』(2013年)というドキュメンタリー映画があって、お兄ちゃんのマットは常に優等生だったけどトムは落ちこぼれだったと語ったり、生々しい家族喧嘩を映したり、おもしろい作品でした」